第12話 大人のイジメ
「『吹き飛べ!』」
ユースティティアが詠唱省略で呪文を唱える。
魔力反応光がアウルス・アルゲントゥムの胸へと真っ直ぐ向かう。
これに対し、アウルス・アルゲントゥムは緊張した面持ちで呪文を唱える。
「『害意を 防げ!』」
詠唱省略で唱えた盾魔法。
薄い膜がアウルス・アルゲントゥムを包み込む。
魔力反応光は膜に阻まれ、空中で散って消えてしまった。
「成功確率、上がりましたね。できれば、『防げ』の一小節だけで完成させられるようになると良いんですけど」
「無茶言うな……四小節を二小節に省略するだけでも大変なんだぞ」
アウルス・アルゲントゥムは額の汗を服の袖で拭った。
それからユースティティアはアウローラ・フラーウムとプロセルピナ・ウィオラケウムの方へと視線を向ける。
「二人とも、呪文を唱えますよ? 『吹き飛べ!』」
「「『『敵意 害意を 防げ』』」」
ユースティティアの放った吹き飛ばし魔法は、魔力反応光を放ちながら途中まで直進し、その後二つに分裂してアウローラ・フラーウムとプロセルピナ・ウィオラケウムを襲った。
二人は三小節で盾魔法を唱え、これを防ぐ。
「もう一度、行きます。『吹き飛べ!』」
「「『『敵意 害意を 防げ』』」」
再び魔法と魔法が衝突する。
連続だったためか、アウローラ・フラーウムとプロセルピナ・ウィオラケウムの作った盾魔法の耐久度が足りなかったようで、完全に防ぎきることは叶わなかった。
尻餅をつく二人。
慌ててユースティティアは二人のところに掛けよる。
「すみません、力の調節を誤りました。立てますか?」
「大丈夫、よ。それにしても、あんた、こんなのをよく咄嗟に放てるわね」
「それも一小節で。凄いよ、ユースティティア」
ユースティティアが魔法を使うところは幾度か、二人は見たことがあるが……
実際にやってみると、それがどれほど高度なことなのかがよく分かる。
ユースティティアと三人がいるのは小さな空き教室で、そこで四人は魔法戦闘の個人練習を行っていた。
以前のアウローラ・フラーウムと平民の女子生徒の集団との喧嘩の後、ユースティティアはいろいろと考えた結果、二人に空きコマ時間を使って戦い方を教えることにしたのだ。
相手に喧嘩を吹っ掛けられても、自衛はできる程度の実力を身に着けさせようということだ。
二人とも嫌がるのでは? と思ったユースティティアだが、アウローラ・フラーウムとプロセルピナ・ウィオラケウムはむしろ喜んだ。
というのも国立大学には最低限の自衛を学ぶ魔法戦闘の授業があり、ユースティティアからこれを教われば良い成績を取ることができるようになる。
加えて魔法戦闘に不可欠な、攻撃・防御呪文の習得や詠唱省略などは他の分野にも応用できる。
二人はそもそもユースティティアに勉強を教わっていて、そのおかげでそれなりに良い成績を取ることができていた。
つまりユースティティアには実績と信頼があったのだ。
これに、以前からユースティティアに戦い方を学びたいと思っていたアウルス・アルゲントゥムが加わった。彼曰く、「女子より弱いのは男子として沽券に係わる」とのことである。
「慣れの問題ですよ。それに二人も筋が良いと思います。やっぱり、純血の魔法使いなだけあって才能がありますね」
ユースティティアはそう言って二人を称えた。
魔法・魔術というこの科学技術は、扱う人間の才能に大きく左右される。
といっても、分野や使い方によって必要とされる才能もまた変わるため、大概の魔法使いはどこかの分野に「得意」を持っていたりする。
一般的に魔法使いに求められる才能は以下の通りである。
・魔法の使用量を決める、「魔力総量」。
・一度の呪文に込めることができる魔力量を左右する、「魔力放出量」。
・魔力の連続使用の限度を左右する、「魔法体力」。
・呪いなどを受けた時にそれを耐え抜くための、「耐魔力」。
・各呪文への適正である、魔力の「波長」や「形質」。
これらは魔法力と呼ばれ、遺伝する傾向が強い。
そのため生まれながらの魔法使い、特に先祖代々、古くから続く家系はそれだけ多くの強力な魔法使いを輩出しており、その血を受け継いでいることもあり、優秀な魔法使いが多い。
タルクィニウス・アートルムなどを代表的な指導者とする、純血・純粋な魔法使いによって政治を運営し、非魔法使いや非魔法使い出身者の政治活動は制限するべきであるという政治派閥、通称『伝統派』の理論の拠り所がこの魔法の才能の遺伝である。
もっとも……非魔法使いから魔法使いが生まれることがあるように、突然変異も当然あり得る。
また、魔法の才能は決して魔法力だけではない。
例えば魔法式を構築するのに必要な『演算能力』や、『柔軟な発想力』、呪文を覚えるのに必要な『暗記力』、魔法の成功確率を左右することがある『想像力』なども重要視される。
そして……何より才能を磨く努力が必要だ。
「それでも、ユースティティアには敵わないがな」
アウルス・アルゲントゥムは言った。
ご存じの通り、ユースティティアはレムラ共和国史上最強最悪と名高い、タルクィニウス・アートルムの娘である。
しかしこの言いようには、少しユースティティアは反感を抱いたようで、眉を顰めた。
「私に才能があるのは事実ですが……私は六歳の頃から、殆どを魔法の訓練に費やしていたんですよ? 一朝一夕で追いつかれたら、私の立つ瀬がない」
「おっと……すまないな。いや、別に悪意を込めて言ったわけじゃない。お前の言う通り、大事なのは努力だな」
「……まあ天才の私が努力しているのですから、私に追いつける人などそうはいないと思いますけどね」
ユースティティアの言葉にアウルス・アルゲントゥムは苦笑いを浮かべた。
「そろそろお開きにしましょう、私、次の授業があるので」
「ユースティティアって、次は何の授業?」
プロセルピナ・ウィオラケウムが尋ねる。
「『魔法戦闘』です」
「あー、確か『最上級』の授業でしょ? 六、七年生以上を推奨にしているやつ。やっぱり、一つでも跳びぬけて得意な教科があるといろいろと楽そうね。もう来年以降は『魔法戦闘』を取らなくても良いんでしょ?」
アウローラ・フラーウムの言葉に、ユースティティアは頷いた。
授業の多くは、『初級』『中級』『上級』『最上級』の四段階に分かれているが、基本『上級』で合格が出れば、卒業要件を満たす。
「次の次は確か、錬成術ですね。この授業はプロセルピナとアウローラと一緒です。後でまた、会いましょう。アウルスとは、これで今日はお別れですね。また、今度」
「ああ、じゃあ明日」
アウルス・アルゲントゥムは一足先に教室から立ち去った。
それからプロセルピナ・ウィオラケウムとアウローラ・フラーウムが立ち去る。
一人残されたユースティティアは溜息をついた。
「まあ、得意では、あるんですけどね」
魔法戦闘はユースティティアにとって、一番得意な授業だった。
だが……同時にもっとも嫌いな授業だった。
「憂鬱、ですね」
ユースティティアは再び、大きな溜息をついた。
「失神魔法は大変、便利な魔法です。何しろ、相手を殺さず、傷つけず、それでいて当たれば確実に敵を倒せます」
魔法戦闘の授業で、ピウス教授が杖を手に持ちながら語る。
それについては、ユースティティアも同意する。
事実、ユースティティアがよく使う攻撃魔法の一つが失神魔法だ。
「私はこの失神魔法を使い、何度もあのアートルムを追い詰めました! アートルムは最後まで、私を恐れていたのです!!」
やはり始まったか、とユースティティアは内心で毒づく。
ピウス教授の自慢話、アートルムの悪口添えである。
「あの邪悪な独裁者は私のことを恐れていたが故に、私を卑怯な手口で倒し、捕まえました。あの時、私が捕まらなければ……きっとアートルムはもっと早い段階で倒されたでしょう」
ドヤ顔で語るピウス教授。
チラチラとユースティティアの方を見て、ニヤニヤと笑う。
ユースティティアは心の奥に、どす黒いモノが溜まっていくのを感じた。
「この授業は魔法戦闘、つまり戦い方を学ぶ授業ですが……決してこの授業で身に着けた力を悪用してはなりません! 良いですか、アートルム君」
「……私の家族名はルルテリアです、教授」
「おや、失礼。ルルテリア君」
くすくす……
という笑い声が響く。
この授業に出ているのは、その殆どが六年生以上である。
そして六、七、八年生は出身身分に関わらず、ユースティティアのことを嫌っている。
十歳の少女が自分たちと同じ教室で同じレベルの授業を受けていることと、そしてユースティティアが大学内で派閥を(不可抗力にも)作っていることが気に入らないのだろう。
もっとも貴族階級出身の六、七、八年生の中にはユースティティアに同情してくれる者も、ある程度はいて、今もピウス教授を白い目で見ていた。
「では、ルルテリア君。この力は何のために使うべきだと、思いますか?」
「……自分の身を守るためでは、ありませんか?」
少なくともシラバスにはそう書いてあった。
ユースティティアの回答を聞いたピウス教授は、チッチッチッと指を振った。
「半分正解ですな」
だったら早く言え。
ユースティティアは内心でピウス教授を罵倒する。
「この力は、独裁者が出た時に、この国の王になろうとする者が現れた時に、我らの誇り高き共和政体を守るためです! そしてまた、差別主義者を打倒するための力でもあります! 何より……弱き者たちを、非魔法使いたちを。邪悪な魔法使いから守るためにあるのです!!」
あー、はいはい、そうですね。
独裁者も、差別主義者も、邪悪な魔法使いも。
全部、アートルムのことでしょう?
私は悪者ですよ。
ユースティティアは心の内で、自暴自棄に叫んだ。
「おや、ルルテリア君。何か、不満があるのですか?」
「いえ、素晴らしい考えだと、思いますよ。私も独裁者や、差別主義者を打倒し、非魔法使いを守るために杖を使いたいものです」
彼の言っていることは決して間違ってはいない。
ユースティティアもそこは否定しない。
もっとも、言葉の裏に隠れた悪意が見え見えではあるが。
「ほう……それは心からの言葉ですか?」
ユースティティアは頭の中で何かが切れるのを感じた。
「いい加減にしてください!」
思わず口から声が漏れた。
ニヤっと、ピウス教授が笑った。
ユースティティアは自分が失言を口にしたことを自覚した。
「それはどういうことかね、ルルテリア君」
「………………もう、何度も私は、アートルムのような思想は持っていないと言っています。私は、確かに彼と血の繋がりがありますが、それだけです。無関係です……私を誹謗するようなことを、言わないでください」
もう吐いた言葉は戻せない。
仕方がないので、今まで思っていたことを正直に言う。
声は震え、目頭が熱くなる。
悲しみ薬を使ってもいないのに、ユースティティアは泣きそうになった。
授業中、ずっとねちねちとイビられ続けるのは十歳の少女には少し辛い。
「ふむ、その割には平民階級出身の生徒に暴力を振るったと聞いたが?」
「あれは……あちらが先に杖を抜いてきたからです。正当防衛です!」
ユースティティアは口を出したことはありとて、自分から暴力を振るったことも、魔法を放ったこともない。
決闘の時は無論、その後の私闘も……
確かに挑発したのはユースティティアだが、先に杖を抜いたのはあちらだった。
無論、ユースティティアも自分が全く悪くないとは思わないが、しかし自分ばかり一方的に責められるのはおかしいと感じていた。
「では取り巻きを連れているのは?」
「取り巻きって……あれは彼らが勝手にやっていることです! 私は関与していません!!」
実際、連中の活動などユースティティアにお菓子をプレゼントする程度である。
だからこそ、ユースティティアも容認しているのだ。
「ふむ、しかし火のない所に煙は立たない。疑われるような行動を君がしているのは、間違いないだろう」
「……勝手に疑っているのは、そっちじゃないですか」
「ほら、そのように反抗的な態度を取られると、私も疑わざるを得ないのだよ」
自分は好きで疑っているわけじゃない。
とでも言いたげに、ピウス教授は言った。
(アートルムにやられたことを根に持って、それを娘である私に返しているだけのくせに)
ユースティティアは暗く淀み、僅かに涙が溜まった瞳でピウス教授を睨む。
「分かったかね?」
「……はい」
ユースティティアが頷くのを見て、満足気な表情を浮かべるピウス教授。
「ではピウス教授も、疑われるような真似はなさらないでください」
自然と、ユースティティアの口が動いた。
ピウス教授の笑みが固まる。
一方、ユースティティアは笑みを浮かべていた。
それはまるで……
丸々と太ったネズミを見つけた、毒蛇のようだった。