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第1話 最悪の未来

 レムラ共和国のとある孤児院。

 そこにユースティティアという少女がいた。


 彼女は生まれながらの魔法使いだった。

 それもただの魔法使いではない、幼いながらにして強力な魔法力を持って生まれた天才だった。


 レムラ共和国では魔法使いは特権階級として、一定の地位を占めている。

 本来ならば寂れた孤児院にいるべき子ではないが……

 

 複雑な諸事情からユースティティアは寂れた、貧しい孤児院で育った。


 魔法使いの生まれはその孤児院ではユースティティアだけだった。

 故にユースティティアはいつもいじめられ、孤立していた。


 孤児院の養母たちもユースティティアのことを(その複雑な出生を理由に)気味悪がり、構ってくれなかった。

 それどころかいじめっ子たちと一緒になって、ユースティティアに酷い体罰をすることすらあった。


 ユースティティアはいつも孤独を感じていて、愛に飢えていた。


 

 そのためユースティティアはいつも不機嫌そうな仏頂面を浮かべていたのだが……

 その日は機嫌が良さそうだった。


 「~♪~♬」


 というのもここ連日、気分の良い夢を見続けていたからだ。

 それは数か月後の六歳の誕生日の日に、優しい貴族が自分を引き取りに来てくれるという夢だった。

 それだけではない。

 その後、ユースティティアはその優しい貴族から愛情をいっぱい受け、そして魔法使いの学校に通い、魔法の勉強をするのだ。

 そこではいつも良い成績を採り続け、多くの先生に褒められていた。


 最初は孤立していたが、徐々に友達が増え……常に自分の周りに人がいるような状態になった。

 そして昨晩、夢の最後に……恋人ができたのだ。

 

 その夢の中でユースティティアは愛を知ったのだ。


 ただの夢では無いか、と思うかもしれない。

 しかしユースティティアは生まれながらにして予知夢の能力があった。

 夢で起きたことが現実に起こったことは多々あり、そして夢の中での行動とは違う行動をすることで危機を回避したこともあった。


 無論、さすがに自分が十八歳ほどになるまでの――断片的にとはいえ――長い夢は初めてだが、ユースティティアには夢が現実になるだろうという確信があった。


 「私は、幸せになれるんだ!」


 その日の夜、ユースティティアは気分良くベッドに潜り込んだ。

 もしかすると、夢の続きを見れるかもしれないからだ。

 

 自分はその恋人と、ちゃんと長続きするのだろうか?

 結婚もできるのだろうか?

 結婚式は? どんな家に住み、家庭を築くのだろうか?

 子供は生まれる? だとしたら何人?

 孫は? 曾孫は?


 ユースティティアはとても幸福な夢を夢見て、瞳を閉じた。

 そして……











 「はぁ、はぁ、はぁ……」


 翌朝、ユースティティアはベッドから跳び起きた。

 ボロボロのお古の寝間着は、寝汗を吸って、ぐしゃぐしゃになっていた。

 ユースティティアは目から溢れる涙を、強引に拭った。


 「……何で、よ」


 昨晩の夢は……最悪だった。

 夢の中でユースティティアは裏切りにあったのだ。

 

 夢の中で……何かは断片的過ぎて分からないが、無実の罪を着せられた。

 婚約も破棄され、恋人も奪われた。

 友達も失った。

 

 そして自分は投獄され、処刑された。

 

 「……夢だ、これは、ただの夢。今までの夢とは、違う!」


 ユースティティアは弱弱しく首を横に振った。

 否定したかった……否定したかったが、それが予知夢であることは間違いなかった。

 それはユースティティアの、生まれながらの魔法使いとしての勘だった。


 「嫌だ、嫌だ、嫌だ……こんなの嫌だ……何で、何で私だけ、私だけが……」


 こんなに孤独な思いをしなければならないのか。

 自分は特別な人間なのに。

 特別な力を持った、魔法使いなのに。

 選ばれた人間なのに。


 こんなに惨めな思いをしなければいけないのか。


 「……やっぱり、そうだ」


 ユースティティアは酷く淀んだ、暗い目で呟いた。


 「弱いから、奪われるんだ」


 愛は、幸福は、運命は……

 他者から奪うものだ。


 その時、ユースティティアは確信を抱いた。








 「ユースティティアです」


 数か月後、六歳の日。

 ユースティティアは自分を引き取りに来てくれた、二人の男女に対して笑顔を浮かべた。

 何度も練習した、とびきりの作り笑顔だった。


 もっとも……ユースティティアは二人に対して好印象を抱いていた。

 夢の中で二人が自分に対して、親切にしてくれていたころを知っていたからだ。


 「ああ、始めまして。ユースティティア。私の名前は……」

 「ルキウス・ルクレティウス・ルルテリアさん、そちらは奥さんのルーナ・ルクレティウス・ルルテリアさん、ですね? 私を、養子に迎えに来てくださった、そうですね?」


 ユースティティアがそう言うと二人は目を見開いた。

 そして……ユースティティアの予想通り、何故知っているのかと尋ねた。


 ユースティティアは笑みを浮かべて言った。


 「はい、視ましたから。未来を、少しだけ」


 ユースティティアの言葉に二人は目を見開いた。

 ユースティティアの、想像していた通りの反応だった。


 予言の力を持つ魔法使いはそう多くないことを、ユースティティアは知っていた。

 そして魔法使いの間でも、奇人・変人扱いされることがあることも。


 故にこれはユースティティアのテストだった。

 自分の力を知った二人がどのような反応を示すのかと。


 「それは凄いな、ユースティティア!」

 「それは自由に使えるの? 私の未来も、視て貰える?」


 二人の反応はユースティティアにとっては、少しだけ意外なものだった。

 もっと気味悪がるかと思っていたからだ。

 

 (……この二人は、良い人だ)


 ユースティティアは理性的にそう判断した。

 もっとも……人間不信に陥っていたユースティティアは、心の底からは信じることができなかったが。


 「すみません、私の力はそんなに万能でもないんです……ところで、その、えっと、私を……」

 「ああ、そうだった。君の言う通り、引き取りにきた」

 「もし良かったらだけど、私たちの子にならない? ユースティティア」


 ルキウス・ルルテリアとルーナ・ルルテリアはそう言った。

 ユースティティアは素直に頷いた。


 「よろしくお願いします!」









 「ああ……一人部屋、か」


 ユースティティアは自分に与えられた部屋を見渡す。

 孤児院では部屋は常に共同のものだった。

 部屋だけではない、何もかもが共同だった。


 しかし今は違う。


 孤児院のごわごわのベッドではなく、柔らかいふかふかのベッドが。

 共同で使用しなくてはならない小さな家具ではなく、自分用の大きな家具が。

 クローゼットの中には、お古で、しかも年下の子供に譲渡しなければならない、ボロボロの汚い服ではなく……自分専用の真新しい、可愛らしい服がある。

 

 これからは他の子供たちの唐突な夜泣きや、真夜中の悪戯、意地悪に悩まされることなく、ぐっすりと眠ることができるのだ。


 ユースティティアにとっての、初めての私物と言える。


 「……いや、私の物はあったね。一つだけ」


 ユースティティアは自分の眼鏡に触れた。

 その眼鏡は、ユースティティアが生まれながらに持っている魔力を可視することができる、という魔眼の効力を抑え込むためのものであり、ユースティティアが唯一実の父親から相続した遺産だった。


 この眼鏡がないと、ユースティティアは生活を送ることができない。

 魔眼を使えば魔力を可視化できるが、しかし副作用も強く、たちまち目が痛くなってしまう。


 自分の唯一の私物、そして自分の体調を管理するためのもの。

 そういう意味で、ユースティティアにとっては宝物だった。


 「宝物と言えば……ふふ、持ち出せた」


 ユースティティアはベッドの下から薄汚れた木箱を取り出した。

 そして中を開ける。

 そこには玩具や石ころなど、ガラクタが大量に詰め込まれていた。


 これも宝物である。

 もっとも……ユースティティアの宝物ではない。

 

 他人の宝物だ。


 孤児院でユースティティアはいつも虐められていた。

 掃除を押し付けられることもあったし、物を壊した罪を押し付けられることもあった。 

 食べ物やたまに食べることができるお菓子は、常に体の大きい自分よりも年上の子供たちに奪われてしまい、ユースティティアはろくに食べることもできていなかった。

 服をビリビリに引き裂かれ、真冬に破れた服で過ごしたこともあった。

 よってたかって、殴られたことも一度や二度ではない。

 

 そして……誰もユースティティアを助けてくれなかった。


 だからユースティティアはその仕返しに子供たちの宝物を奪っていた。

 必死に自分の宝物を探す子供を見ると、胸がすくような気持ちになれたし、何よりユースティティア自身の物欲を満たすこともできた。(もっとも宝物そのものには興味はなかったが)


 「今は……幸福、かもしれない。ここまでは夢の通り」


 これから更なる幸福がユースティティアを待っている。

 そして……それを上回る不幸が大きく口を開けて、ユースティティアが来るのを今か今かと待ち構えている。


 「私は、絶対に……絶対に、幸せになるんだ」


 ユースティティアは淀んだ目で呟いた。

 そして自分の眼鏡に触れる。


 「……私の幸せは、奪わせない」


 それから木箱を撫でる。


 「そして……奪ってやる。何もかもを」


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