プロローグ
僕の頬の痣は日に日に増えているらしい。らしいっていうのは僕が実際に見ていっているわけじゃなくて、そう聞いているっていうことだ。鏡も何もないこの部屋じゃ、それも当然だけれど。この部屋にきてから何日、何か月経ったのかわからない。もしかしたら何年も過ぎたのかもしれない。今、僕が感じているのは冷たくてピンと張りつめた嫌な空気と、石のタイルで敷き詰められた固い床の不気味さだけ。少し見た限りだけど僕の身体はもう筋肉とか脂肪とか、そういう健康的な要素が一つもなくて、そのうえ血みどろ。自分の身体じゃなきゃ見るに堪えないもののようだ。少し前になくなったはずの右腕がとても痛い。おなかもすいた。食べ物は欲しいけど、食べ物がもらえるってことはまたあの人が来るってことだから、それならやっぱり要らないかな。また殴られるんだろうし。もしかしたら今度は右腕、右足、右目に続いて左側のどこかもとられちゃうかもしれない。いやだな。この部屋にいすぎたせいなのかわからないけど、あの人が部屋に入ってくるときの光がすごく怖い。怖いけどその中に飛び込みたいってすごく思う。あの光の中に行けたらもう痛いことはなくなるかもしれない。けどあの人はもう僕の身体は大層気持ち悪くて、他の人が見たら吐いちゃうかもしれないって言ってた。家族でも、友達でも前みたいに一緒にはいてくれないだろうって。あの人は大丈夫って言ってたけど、きっとほんとは気持ち悪いんだろうなあ。あの人は今の僕でも生き物として見てくれてるけど、外の人たちはどうだろう。生ごみと間違えられちゃうかもなあ。そしたらきっと焼却炉で焼かれるか、他のごみと一緒にほったらかされて腐って無くなるまでこの身体の痛みと醜さに一人で耐えなきゃいけないんだろうなあ。考えてるだけなのに寂しくなってきちゃうよ。でも、そういえばなんで僕の身体はこんなになったんだっけ。あの人がぐちゃぐちゃになるまで殴り続けたからだっけ。それとも指のほうから順番にへし折って、だんだん切り落としていったからだっけ。それともものすごく大きいおもりですりつぶされたからだっけ。どうだったかな。もうわかんないや。全部、痛かったなあ。...なんで、痛かったっておぼえてるんだろ。...そういえば喉乾いたな。水もしばらくもらってないや。
身体にこびりついた血はもう頑固なしみみたいになってて擦ったら痛いし、取れる気配もない。そもそももう身体を動かすのもつらくて、億劫だよ。痛い。なんでこんな風になったのかなあ。僕、何か間違えたのかなあ。覚えてないや。考えるのもつらいけど、ぼーっとしてたらそのうち寝ちゃって、また怒鳴られて、殴られて、痛い思いするんだろうな。それはやだな。怖いよ。もう痛いのはいや。でも、どうせきっとこのままなんだろうな。もうやだな。もうやだ。
重たいドアがまたいつもみたいにぎぎっと嫌な音を立てる。怖い。またあの人が来たんだろう。
今度は何をされるのかな。殴られる?蹴られる?考えても考えなくてもどうせ痛いことされるんだろうな。もう、楽になりたいな。
あ、近づいてきた。今日は一人じゃないみたい。やだな。いつもよりもっと痛いんだろうな。
なんかふわふわする。体が浮いてるみたい。光が大きくなってきたみたい。まぶしくて目がちかちかする。なんだろ。まあ、なんでもいいかな。どうせこのあとはいつもどおり、痛いだけだし。




