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「何かあったのかしら?」

 正面玄関から消防士たちが閉め出された。それを雲の上から見ていたイツミとティタニアが、状況を確かめようと近づいていく。

「なんでわたしまで閉め出すんですかぁ? 入れてくださぁ〜い!」

 ナヴィアが閉められたドアをたたいていた。

 中では数人の司書たちが、これからどうすればいいのかとオロついている。

 その中に新人司書のターナの姿もあった。

「ターナ。何が起きてるの?」

 すぐにナヴィアが、名指しで理由を尋ねる。

『それは……』

『ターナくん。余計なことを言うんじゃありません』

 答えようとしたターナを、館長が止めた。

「館長。これは何の騒ぎですか? 教えてください!」

 ドアをたたきながら、ナヴィアが事情説明を求める。

 そこへイツミとティタニアが、雲に乗ったまま近づいてきた。

 それに気づいた館長が、目を見開いてナヴィアの後ろを見ている。

「あなた、あの煙は中で何が燃えているのかしら?」

 ティタニアが雲から降りて、ナヴィアに問いかけた。それで振り返ったナヴィアが、

「あ、それは……。えっ? 妖精王妃(ティタニア)……さま?」

 思わぬ相手から声をかけられて、驚きのあまりすぐに答えられないでいる。

 だが、手に持ったカメラは、しっかりとティタニアに向けられていた。

「えっと、それが……ですね……」

 大きく深呼吸したナヴィアが、質問に答えようとする。その時、

 ──ピコピコピコッ

 ナヴィアの持つ端末手帳が鳴り出し、空中に通信画面が飛び出してきた。

『あの煙は気のせいです。何も起きてません』

 空中に大きな画面が投じられ、そこに大きな文字が映し出された。

 これを送ってきたのは館長だ。ドアの内側で、何やらゴソゴソやっている。

 その館長がドアの(すき)()から、用意した書類をそうっと渡してきた。

「か、館長……」

 受け取ったナヴィアが、文面を見ていきなり動かなくなった。

 イツミとティタニアが、その文面をナヴィアの肩越しに(のぞ)き込む。

()(ごん)()(よう)念書(ねんしょ)?」

 ティタニアの目がジトーッとしたものになった。

「『最初に知ったことを他人に()らさないと同意し、署名(しょめい)して返してください。説明はそのあとです』……ねぇ」

 イツミも文面を声に出して、館長に冷たい視線を送った。

 それを耳にした消防隊の班長も、書類を見ようと近づいてくる。

妖精王妃(ティタニア)さま。このままでは(らち)が明きませんので、強行突入した方が……」

 書類を見て、消防班長は中の館長たちが話せる心理状態にないと(さと)った。それで放水ノズルを構え、消火のためにドアの破壊を提案してくる。

 だが、ティタニアはそれを手で制して、ドアの前まで進んだ。そして、

「館長殿。何を隠しているのか、ご説明願いませんか?」

 と中に呼びかける。

 それに館長がビクッとした。その館長が、そろそろと奥へ逃げていく。

 ──ピコピコピコッ

 またナヴィアの持つ端末手帳が鳴って、空中に通信画面が投じられた。

『ただいま多忙でございますので、説明はのちほど時間のできた時に(いた)したく存じます』

 ティタニア()ての返事だった。通信画面はナヴィアの前にも、

『くれぐれも余計なことを言わないように。もしもの場合はナヴィアくんにとって不都合なことがあるかもしれませんよ』

 と書かれた小さな通知が浮かんでいる。

「これは一種の(きょう)(はく)(じょう)ね」

「そのようですわ。まったく……」

 あきれるイツミの一言に、ティタニアが軽く上を見て(なげ)いた。

「あなた。館長さんへの伝言をお願いしますわ」

 ティタニアが笑顔で怒りながら、ナヴィアに(ちゅう)(かい)役を任せる。そのナヴィアがティタニアから出る気迫を浴びて「恐い」と感じていた。

「どのように伝えましょうか?」

「そうね。館長職を解任(かいにん)するので、対応は副館長に任せて説明に来なさいと」

 ティタニアが笑顔で伝える文章を口にした。それを通信書類に書き込むナヴィアは、「やっぱり恐い」と感じている。

 ──ピコピコピコッ

「返事が来ました。説明には代理人を立てるので、解任はご勘弁(かんべん)を……と」

 空中に投じられた文面を、ナヴィアが読み上げる。その時、

「ええ〜? なんで、あたしを閉め出すんですかぁ?」

 開いたドアから、ターナが放り出された。そして、そのドアには、すぐに鍵が掛けられる。

「あなたが説明してくださるのですか?」

「いえ、それは……」

 ターナは何も知らされないまま放り出されていた。

 このやり取りの間に、消防士たちは広場に規制線を張っていた。逃げ出した図書館利用者たちは、その外まで退避させられている。

 その避難客と野次馬たちの視線が、いっせいにターナに集まっていた。

「いったい中で何が起きてますの?」

 ティタニアが妙に落ち着いた声で尋ねた。それにターナが上ずった声で、

「え〜っと……。書庫の奥で、火事がぁ〜……」

 と、言いにくそうに答える。

 ──ピコピコピコッ

 今度はターナの端末手帳だ。そこから小さな通信画面が飛び出し、

『余計なことを言うんじゃありません!』

 館長からの注意指導が入った。

「まさか、火事がバレてないと思ってるんじゃ……」とはイツミの感想。

「学園の職員にそこまでの(おろ)か者がいるとは……思いたくありませんわね」

 ティタニアは学園の理事長として、その可能性は否定したかった。

「図書館で火事が起きてるのはわかってます。どうして消防隊を入れようとしないのですか? その事情を説明してください」

「ええ〜。そんなの、わかりませんよぉ〜」

 ターナが目に涙を浮かべて、何も知らないことを答える。

「もしかして出火の原因を隠したいのではありませんか?」

「出火の原因……ですか? それは書庫の奥にミニチュアファイアードラゴンが巣を作ってまして、そこで生まれた()(りゅう)たちが火を吐いていたので……」

「ええ〜? その話、わたしは聞いてませんよぉ〜!」

 ターナの答えを聞いて、ナヴィアが非難めいた声を上げた。カメラをターナに向けて、映像に収めたかった気持ちを態度で訴えている。

「それで、ドラゴンが火を吹いていたのに、追い払いませんでしたの?」

「あ、はい。追い出すのは可哀想でしたので、周りにある本を片づけて……」

 ターナは気持ちがあせっているのだろう。ティタニアの質問には素直に答えている。

 ──ピコピコピコッ

 またターナの端末手帳が鳴った。そこから飛び出した画面に、

『どうして答えるのですか。言うなと注意したでしょう!』

 と書かれている。

 だが、ターナがそれを目にする前に、イツミが端末手帳を取って画面の向きを変えた。そして、ドアの奥にいる館長をジロッと(にら)む。

「いろいろ問いただす必要がありますわね」

 ティタニアも、怒りから理性が吹き飛びそうになっていた。

 その横でイツミが、ターナの端末手帳を使って館長を問いただしている。それで返ってきた亜空間メールには、イツミの『何か言われては困るの?』という質問に対して『間違った証言をされては困る』と回答していた。

妖精王妃(ティタニア)さま。火事場で(ゆう)(ちょう)なことは……」

「そうですわね」

 消防隊の班長の言葉に、ティタニアが気持ちを立て直す。そして、

「とにかく図書館に立てこもっている全員、このままでは消火できませんから、ただちに出てきなさい」

 と呼びかけた。だが、気持ちが収まってなかったのだろう。

「今なら謹慎(きんしん)(てい)(しょく)処分(しょぶん)程度で済ませますわ!」

 ()(けい)一言(ひとこと)を加えてしまった。

横暴(おうぼう)だ!』

『不当処分だ! 我々は立てこもって、労働争(ろうどうそう)()を起こす』

 火に油を(そそ)いでしまった。更に意固地(いこじ)になった館長や職員たちが、ロビーからソファや背の低い棚を持ってきて、ドアの前にバリケードを(きず)き始める。

 頭に血が昇って、自分たちが何をやってるのかわからないのだろう。

「えっと、後ろに火が見えてるんですが……」

 とは中を見ていたナヴィアだ。

 火の手は図書館中に広がり、館長たちのいるロビーにも迫ってきている。

「そんなに立てこもりたいのなら……」

 あきれたイツミが、ドアに結界を張った。

 ──ピコピコピコッ

 その時、イツミの持つ端末手帳に、また通信が届いた。

『ターナくん。君は今、どこにいるのかね?』

 空中に通信画面が投じられ、そこに男性司書が現れる。

『おっと、失礼。(あわ)ててたので、間違え……てはいないか……』

 相手の男性が、イツミを見てそんなことを言ってくる。

『失礼ながら、あなたが持っているのは、ターナくんの端末ではないのか?』

「あの子、ターナって名前なのね。すぐ本人に返すわ」

『いや、部下の無事を確認したかっただけだ。ターナくんは無事なのかね?』

「無事よ。ケガもしてないわ。それより、そちらはどこから通信してるのかしら? 図書館の中……ではないわね」

 イツミが通話画面を見ながら、男性にそういうことを尋ねた。その男性を映した通信画面の背景には、どこかの()(だち)が映っている。

『この図書館の北通用玄関(きたつうようげんかん)だ。火事は南側で起きたので、司書や利用者の多くはこちらから避難している』

「北通用玄関? あ、そういえば他にも出入り口はあったわね」

 中央図書館は学園の南側にある。そのため学園の奥にある修行場から来る利用者が、わざわざ正面玄関へまわらなくても済むように、反対側にも大きな玄関が設けられていたのだ。

「北にも入り口があったのか!」

 それを聞いた消防士の班長が、北通用玄関へ向かおうとする。

「北口まで三()(じゅん)はあるわ。ホースは届くの?」

「亜空間ホースに距離も障害物も関係ない。ただ遠いと水圧が弱くなるだけだ」

 イツミの疑問にそう答えて、消防隊の班長が岩山のような建物の裏へまわっていく。

 残る二人の隊員は、ここで突入できるまで待ちの構えだ。

『しまった。後ろからまわってくるぞ!』

 館内に立てこもる職員の中から、そんな声が上がった。

 だが、それで後ろを振り返った別の司書が、

『きゃあ! 火が、そこまで来てるぅ〜〜〜〜〜っ!』

 ようやく今が火事の最中だということを思い出した。

 たちまち立てこもっていた職員たちがバリケードにしたソファなどを退()かして、ドアの前に殺到する。

『鍵を開けたのに、ドアが開かねー!』

『きゃあ! 火が! 火がぁ〜!』

 中は大騒ぎになった。

 ドアが動かないのは、イツミが結界を張ったためだ。

 それに気づかない館長が、ドアをたたいて必死に開けようとしている。

「何を騒いでいるのですか? 何も起きていないのでしょう? あの火も気のせいではないのかしら?」

 館長の前に立って、ティタニアがドア越しに言った。

「いったい、何でこうなったのかしら?」

 再び笑顔で声を震わせるティタニアが、館長に事情を問いただす。

『ほ、本が燃えやすい紙なのがいけないんです!』

 答えになってなかった。

 隣で聞いていたイツミのこめかみに、ぷくっと青筋(あおすじ)が浮かんでくる。そのイツミが、

「そういえば館長は、図書館(ふね)と運命を共にするものだったわね」

 と言って、ロープ状にした結界を出した。それが館長に巻きつき、近くに転がっていたソファに縛りつける。

 それで館長を動けなくしたところで、イツミが結界を()いた。

「待ってくれ〜。私を置いてかないでくれないかぁ〜……」

 ドアが開き、立てこもっていた職員たちが逃げ出そうとする。ところが、

「きゃあ! 風が……」

 開いたドアから、図書館内に向かって強い風が吹き込んできた。その風に呑まれて、数人がロビーへ飛ばされていく。直後、

 ──ドッゴォォォ〜〜〜〜〜ン……

 館内で爆発が起き、ロビーが炎に包まれた。ドアから新鮮な空気が入ってきたため、炎が急激に強まるバックドラフト現象が発生したのだ。

 ──ゴォォォォォ〜〜〜……

 更に可燃性ガスが奥の書庫へも広がり、そこで放射熱で燃え上がるフラッシュオーバー現象まで起こった。

「まずい。完全に()(おく)れだ……」

「こんな火、どーやって消せばいいんだよ?」

 ようやく再突入できた消防士たちが、手の(ほどこ)しようのない事態にやるせない気持ちを吐露(とろ)している。

「あ、熱い……」

「早く逃げなきゃ……」

 天井から火の()が降りかかる中、ロビーに飛ばされた職員たちが()()うの(てい)で逃げようとしている。その横で、

「わ、わたしを置いてかないで……」

 転がるソファに縛られた館長が、情けない声で助けを求めていた。

 そこにイツミが近づいてきた。

「何を言っているの? 館長は全員が出ていくまで図書館(ふね)(とど)まって、最後を見届けるものでしょう?」

 イツミの目は怒りで()わっていた。

「それは艦長が違う!」

「あら、一番の責任者という意味では同じでしょ」

「待て待て待て。そもそも、わたしは先ほど妖精王妃(ティタニア)さまから解任されて……」

「それはおかしいわね。あなた、解任はご勘弁をと言ってなかったかしら?」

 炎に()らされて、イツミの表情が赤鬼のようになっている。それも大炎熱(だいえんねつ)()(ごく)にいる獄卒(ごくそつ)のような雰囲気だ。

「さて、どのように責任を取ってもらおうかしら……」

「ひぃぃ〜。わたしが何をしたんですかぁ〜……」

「まだ何もやってないわねぇ……。責任者として……」

 あまりの恐怖に、館長の髪の毛が半分ぐらい抜け落ちていた。

 それを外で見ているティタニアは、

「また、イツミ殿の怒りを買った犠牲者が一人……ですか。絶対にイツミ殿は、怒らせてはいけませんわね」

 怒りの感情はイツミに任せて、冷静な状態に戻っていた。

 そのティタニアが、

「あ、王立西(にし)(みやこ)図書館ですか? 急な話で悪いのですが、今日からそちらを妖精界の()(かん)図書館として利用させてもらえないかしら。……ええ、学園にある中央図書館が火事で燃えてますの」

 早くも代わりとなる旗艦図書館の準備を始めていた。

 王立西の都図書館は、王都西の都にあるもう一つの大型図書館だ。

「そこで大至急そちらを中央図書館を超える規模に拡張整備してもらえないかしら。書架の増設と書籍の購入や収集にかかる費用は、すべて王立学園側で負担します。職員の確保も必要ですが、当面は各地の図書館からの応援を頼みとしましょう。今後の予算につきましては、また(のち)ほど……」

 避難した司書たちが、ティタニアの話に聞き耳を立てていた。このままお払い箱にされないか不安なのだ。

 それに気づいたティタニアが、

「……え? 死蔵している書籍の扱い? でしたら、それはすべて中央図書館に送ってくださいな。こちらに引き取らせますわ」

 西の都図書館からの質問に、司書たちを見ながら答えた。

「あ、妖精界中にある図書館から、ここに不要になった本を集めるのもいいですわね。奥には化石化した書庫がありますもの。ここにある貴重な書籍はすべてあちらに移して、ここはお払い箱になった本の図書館に……。うふふ……」

 ティタニアが自分のアイデアに、怪しい笑みを漏らした。

 無責任の染みついた職員たちを解雇したら、他の場所で迷惑をかけるだけ。ならば過疎(かそ)化した図書館に囲い込んで、徹底的に飼い殺してやろうと考えたのだ。

 そんな思惑を察したのか、聞いてしまった司書たちは戦慄(せんりつ)を覚えている。

 そして図書館の中から、

「うぎゃぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜……」

 この原因を作った館長の、断末(だんまつ)()の叫びが聞こえてきた。

 

 結局、この火災は消火が(おく)れたため、推定で一五兆冊もの貴重な蔵書(ぞうしょ)を失うことになった。ほぼ半分が焼失したことになる。

 とはいえ建物自体は熱に強い岩山そのものであったため、火災で焼け落ちることはなかった。むしろ熱でガラス化し、より(かた)い素材へと変わっている。

 

 

 

 それから三か月の時が流れた。

 大火事になった中央図書館であるが、早くも火災の翌日には無事だった書庫を使って再開していた。

 一五兆冊という損失があったとはいえ、元からの数は多い。一つの分野が丸々焼失した書籍でも、それはあくまで外に出されていた(かい)()書庫に限った話。(へい)()書庫に仕舞われていた本を出すことで、一週間以内には利用者に不便を感じさせないまでになっていた。

 一か月後には焼けた内装(ないそう)を入れ替えて、また以前のような大きな書庫を持つ図書館に戻っていた。

 そこに妖精界中の図書館から、不要になった書籍が送られてきた。それらが分類し直され、新しい本棚に差し込まれていく。

 それとは別の棚では、

「ターナ。今日はこのあたりの棚を管理しますよ」

「ひぃ〜ん。いつまで()っても終わりませんよぉ〜」

 ナヴィアとターナは焼け残った本を一冊ずつ管理データとして再登録する作業を続けていた。本の背表紙を一冊ずつ読み取り装置で取り込むだけだが、さすがに蔵書が多すぎる。そのため火災から三か月がすぎたのに、いまだ焼失した書籍を洗い出せてなかった。

 その図書館に、

「あ、妖精王妃(ティタニア)さま。わざわざご視察くださるとは、痛み入ります」

 ティタニアがお(とも)を連れてやってきた。

 応対に出てきた館長が、()み手をしながら近づいてくる。

 ティタニアは無責任な職員たちを囲い込んで、ここで飼い殺しすることを考えていた。だが、その真意を知らない館長は、解雇も降格もされなかったという部分だけが頭に残っている。そのため、

「再開した中央図書館。(せい)(きょう)のようですわね」

「はい。妖精王妃(ティタニア)さまに手配いただいた本のおかげで、特に歴史の研究者たちに(こう)(ひょう)のようでございますよ」

 ティタニアに対する()びへつらう態度が、前以上に()(こつ)になっていた。

 そこへ、

「ティタニア。先に来てたのね」

 と言いながら、イツミが入ってきた。場所が図書館だけに、やや抑えた口調だ。

「イツミ殿。お待ちしてましたわ」

 ティタニアが振り返って、入り口に目を向けた。

 それと同時に、館長がすすっとどこかへ消えていく。

「すっかりイツミ殿に恐怖を(いだ)いてますわね」

 逃げた館長をチラッと見て、ティタニアがボソッと(こぼ)す。

「何も反省せず、ただあたしを『恐い女』とだけ認識してるからでしょ。ちゃんと問題を理解して反省してたら、あたしを恐がる理由なんてないもの」

「ですわね。たぶん、ここまで図書館が盛況になってしまうと、あの時の無責任ぶりを反省しそうもありませんわ」

 と言ったティタニアが、(ほお)に手を当てて大きな()め息を()いた。

「いったい何が間違っていたのかしら? ここに不要になった本を集めて、大きな物置きにしたかっただけですのに……」

「送ってきた図書館にとっては価値がなく死蔵していた本でしょうけど、一か所に集めれば価値が出てくるってことね。まさに情報資源だわ」

「はぁ……。わたしは情報精霊ですのに、その可能性には気づきませんでしたわ」

 そう言ったティタニアが、また重い溜め息を吐く。

『やはり、この期間の観測データが改竄(かいざん)されていたようだな』

『うむ。昔から「失政を隠蔽(いんぺい)するために不都(ふつ)(ごう)な図書の(はい)()命令を出していた」というウワサはあったが、まさか動かぬ証拠が出てくるとは』

『改竄ではなく、これらの本が間違っているから処分しようとした可能性は?』

『それは、これからの調査次第だ。訂正のあった場所の数、期間、それらが統計的に有り得るか、有り得ないか……』

『数百か所ものデータが同じ期間の分だけ、そろって書き換わってるんだ。オレはウワサ通り、改竄があった可能性が高いと思うぞ』

 近くのテーブルで、学者たちが本を積み上げて調べている。

 ここに死蔵されていた図書を集めたことで、過去の悪事まで()(けん)していた。

「毎度、ご利用ありがとうございます。歴史資料のことでしたら、中央図書館にお任せください」

 司書カウンターの奥にいる館長が、どこかと上機嫌に通話していた。

 火災の時に見せた無責任な言動をどこまで反省しているのか。その態度からはまったく推し量ることができない。

 その様子を見たティタニアは、また似たような事件を起こさないかと頭を痛めるのだった。

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