狼とお花畑の歌
おばあちゃんの家まであと半分、と行ったところで、赤ずきんは大きな木の下で休憩をすることにしました。
「あら、この匂いは何かしら…?」
何処かで嗅いだことがあるような気がする匂いの方向に、赤ずきんはそっと近付きます。
「こっちからだわ」
匂いを辿り、おばあちゃんの家に行く道から外れ、普段は通らない草むらに赤ずきんはふらふらと歩き出します。
一歩一歩、匂いを頼りに歩く赤ずきん。徐々に自分とは違う音が彼女の耳に入ってきました。
ぼきぼきと枝を折るような音が、がりがりと林檎をかじるような音が…。
その音を確かめようと、赤ずきんはそっと草むらから顔を出します。そして、彼女ははっと息を飲みました。
「あ、あ………」
声にならない声を呻き、赤ずきんは目を見開きました。
その瞳には、赤ずきんの頭巾よりも真っ赤な誰かと、その少女に覆いかぶさる茶色い毛皮の塊…。
「…お、…かみ……」
赤ずきんは恐怖しました。
もし狼が自分に気付けば、私も食べられてしまう。
赤ずきんはその場から逃げようとしますが、恐怖から足がすくみ思うように動かず、瞳は尚も食べられ続けている誰かに…いや、今はもう人の形ではない何か、からそらせませんでした。
「(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう…!)」
瞳いっぱいに涙をため、今にも叫び出してしまいたい恐怖を赤ずきんはぐっとこらえ、自分の足に力を入れる。
逃げないと、じゃないと…
ぱきり
嫌味なほど大きく、やけに仰々しく響いた枝の折れる音。
赤ずきんはそっと自分の足元の折れた枝を絶望したように見、そして視線を狼に戻しました。
「………ぇ?」
しかし、そこに狼の姿はなく…
「これはこれは、お嬢さん」
「ひぃっ…!?」
背後から感じる熱い息、強く香る血の香り…。
赤ずきんは怖くて振り返ることが出来ません。
「あぁあぁ、ワインにパン…。誰かのお見舞いかい、お嬢さん?」
「や。…た、食べっ……な、でっ……!」
「大丈夫大丈夫、食べないよ。安心していい、私は良い狼なんだお嬢さん。」
良い狼ならば、目の前に見える赤いものは何だというのか。あぁ、お母さんの言うとおり寄り道なんてするんじゃなかった。
そう思いながら、赤ずきんはカタカタと震える。
「お見舞いお見舞い…。そうだ、見たところお花がないようだけれどお嬢さん?」
「お、花…?」
「そうそう。良いお花畑を知っているんだが…教えてあげようかお嬢さん?」
きっと食べるつもりだ、と赤ずきんは左右に激しく首を振ります。
狼は低く唸ったかと思えば「そうだ」、と良いことを思いついたかのように口にしました。
「でもでもワインとパンだけじゃ味気ない。場所を今から言うからお見舞いの途中で寄っていきなさいお嬢さん。」
そう言うと、狼は赤ずきんの背後で歌うように花畑への道を教えます。
大きな大きな道を歩きましょ♪
青い青い看板を見つけましょ♪
そこにはそこには書いてある。ここには入っちゃ駄目だと書いてある♪
けれどもけれど進みましょ♪
綺麗な綺麗なお花が欲しいの♪
甘い甘いお花香りがするでしょ♪
見えるよ見えるよ花畑♪
沢山沢山のお花がいっぱい見えるでしょ♪
さぁさぁお花をつんでいこう、お花が好きな人につんでいこう♪
「どうだいどうだい、覚えたかなお嬢さん?」
耳元で歌われたその歌は、不思議と赤ずきんの頭の中に入っていきましたが、赤ずきんは返答が出来ませんでした。
カタカタと震える赤ずきんの後ろで狼は微かに笑い声をもらします。
「それじゃそれじゃ、赤ずきん。おばあちゃんの御見舞に行くと良い」
すると、赤ずきんは後ろから狼が消えたことに気付きました。
そっと息を吐き、赤ずきんは後ろを見ます。思ったとおりそこには誰もいません。ただ少し、赤い雫があるだけです。
赤ずきんはそっと、自分の赤い頭巾よりも赤い何かを再び見ます。
「………っ、」
今まで見たことがない光景に、息がつまります。
そして赤ずきんはもう見たくないというように、その場から走り去ります。
何故狼が ” 自分の名を知っていた ” のか、 ” おばあちゃんのお見舞に行くと知っていた ” のかと気付くこともないまま…。