第九十一話
日が落ちかけているせいで、外は赤に近い橙の光で満たされていた。沈む方向と向かっている方向がほぼ同じなため、眩しくて仕方がない。それでもアマネは急ぐ足を緩めることはしなかった。
クオンたちが向かった公園は遊具はもちろん、植えられている木々たちの景観を楽しむ散歩コースもあって子供から大人まで気ままに過ごせる広いところだ。日射しが弱まって多少涼しくはなってきたが、時間的には遅いので人は少なくなっているだろう。
木陰に身を隠していれば、仮に追手の方が先に到着していたとしても時間稼ぎにはなるだろう。アマネの場合はクオンと念話で居場所を聞けばいいので、彼女たちの元へまっすぐ向かえばいい。
捜す必要はない、はずだった。
(なんで応答してくれないの、クオン)
学校を出てから何度も念話で呼びかけているのに、一向に返事が返ってこない。気配を探ると公園の方にいることは間違いないのだが。
なにかあったのだろうかという不安から公園の方向を見上げていたため、曲がり角から歩いてきた通行人に気づくのが遅れた。
避けきれず、アマネの肩が男性の腕に当たってしまう。
「あっ、すみません」
「いってぇな! 気をつけろガキ! ったく、なんでこんなくそ暑い日も外で……」
突然怒鳴り、そのままぶつぶつと不満げに歩き去っていった男性を、アマネは茫然と見送った。間近で怒鳴られて少し驚いたものの、つい目で追ってしまったのはぶつかった一瞬、男性から甘い香りがしたからだ。
(どうして、あの人からも甘い香りが……?)
「……っとに、信じられない!」
「だったら、最初からそうしてくれればよかっただろ!?」
続いて前方から言い争う声が聞こえてきた。見やるとカップルらしき男女が睨み合っている。
詳細は分からないが、互いにかなり荒れているようだ。しかも気づいていないだろうが道を塞いでしまっていて、このままでは公園に向かえない。回り道してもよかったが、ウタたちの安否が気になり、今はとにかく急ぎたい気持ちが強かった。
「気づいてほしいからしなかったんじゃない!」
「はぁ?! そんなの言われなきゃ気づくわけねーだろ、バカか?」
(な、なんとか隙間から通れないかしら。もう少し寄ってくれれば……今ね)
話しかけていらぬ火の粉を浴びる必要もない。近づいてみても互いしか見えてないようなので、そそくさと通り過ぎれば大丈夫だろう。
「ばっ、バカってなによ! なんにでもすぐにビビるへっぽこのくせに!」
「のっ……言ったな!」
男性が怒りに任せて女性の胸ぐらをつかみ、拳を振りかぶった。
さすがに止めなければと焦ったそのとき、突き出された拳は横から割って入ってきた手のひらに受け止められた。
「お兄さん、ちょっと落ち着くんさ」
「ラキ……!」
拳を止めたのは口元を布で覆っているラキだった。軽くすごまれた男性は怯み、そろそろと腕を下ろして後ずさる。
ラキのおかげで解放された女性は、恐怖からか唇をわななかせ男性に向かって指さした。
「い、今なぐっ、殴ろうと……!」
「貴女もカリカリしていてはお肌に悪くってよ」
ラキの後ろからやってきたアイカも、なぜか口元を布で隠している。そしてラキはともかく寮暮らしではないアイカまで制服姿なことに違和感を覚えた。
手を出されないよう男性に睨みを利かせているラキも興奮している女性に声をかけているアイカも、落ち着いていて対応に慣れている様子だ。
「アイカも……どうしてこんなところに」
「あちこちでこうした喧嘩が勃発してるから、大ごとになる前に止めて回ってるんさ」
「あちこちって……街中いたるところでってこと?」
一斉に喧嘩がはじまるなんてことはありえない。さっき肩がぶつかった男の人も、絡まれはしなかったがかなり機嫌が悪そうだった。
(そういえば、この人たちからも甘い香りがしていたような)
暴挙に驚き注意が向かってしまっていたが、横を通り過ぎようとしたときに嗅ぎ取っていた気がする。
座り込んでしまった女性に近づいて匂いに集中してみると、確かに甘い香りがした。
(同じ香りだわ。いったい何が起きて……っ?!)
突然ぐいっと肩を引かれよろめきながらも後退する。なんだと振り向くと目をこれでもかと吊り上げたアイカと目が合った。
「なにやってるんですの! 貴女まで暴れられては困りますわよ!」
「え、いや、だって、確認を……」
「おい、彼女になにする気だ!」
戸惑っていると今度は男性が声を荒げて近づいてきた。しかしすぐにラキによって阻まれる。
「何もしないさー。頼むから落ち着いてくれよ……」
先ほどまで女性と言い合っていたのに、いつのまにか怒りの矛先がこちらに向いている。なにか、というか肩を引っ張られたのはアマネであって、女性になにかしたわけではない。
(どれに関しても怒りに繋がってしまっているみたいな……あの甘い香りのせいで、他の人たちも……どうやって広範囲を? 目的は何?)
状況を整理しようと頭を回転させていると、アイカに溜息をつかれた。




