第八十八話
扉から空気が流れ込み、甘い香りがかき混ぜられる。
「もう、すっごく探したんだよ。今さっき向こうで」
「鍵が、かかっていたでしょう。どうやって開けたの?」
信じられなかった。多少の魔法が使えるくらいならば、魔女科の生徒でなくともやろうと思えばできてしまうだろう。
しかしミラの魔法を強制解除できるほどとなれば、疑わざるを得なくなってしまう。
焦りと動揺から遮ってまでした質問に、ウタは怒ることなく首を傾げた。
「ん? 確かにかかってたけど、開けてく」
「――スイケツ」
「えっ」
ミラが呟くと同時に発生した紐状の水が、ウタの両手足首に巻きついた。手首同士を合わせられて手錠のようになり、足首も同様にまとめられたウタはバランスを崩して倒れこむ。
「いった……なに、これ……っ」
「ミラ先生、なにを!」
一度は隠した杖をウタに向けるミラは、振り返ることなくウタを見下ろしていた。
「私の魔法を解除したのなら当然、保管されている資材の鍵も解錠できる。この甘い香りもそう。彼女が犯人よ」
「待って、話も聞かずに決めつけるなんて」
「あら、正直に話すと思う? それに灰の件でもなにかしら関わっているのだから、これ以上なにかされる前に動きを封じるのは基本でしょう」
「アマネ、ちゃ……たす、けて……」
「ああ、唱えられないよう口も塞がないとね」
ミラが杖の先端で小さく円を描くと新たに生じた水の輪がウタの口を覆った。鼻までは塞がれていないようなので呼吸はできるだろうが、ウタの表情は歪み青ざめている。
「ウタを離してください。仮に資材を盗んでしまったとしたら、私のせいでもある。灰についてもウタは正直に話してくれます。だから」
「あらあら、こんな疑わしい状況でもまだ友達ごっこを続けるの? 前世で失っておいて、なにも学習していないのね」
「……っ」
狂ってしまった親友を説得している間に、何人死んだのか。すぐに止めていれば、使い魔の対処を手際よくやれていたなら、被害はもっと抑えられていたのではないか。
《おい、こいつの話をいちいち真に受けてんじゃねぇ! アマネの大事なもんはなんだ!》
大事なもの。優先すべきこと。それが目の前で危機に瀕しているというのに、いつまでためらっているのか。
「さて、資材の件もついでにあれこれ吐いてもらうわよ」
「――フウバク!」
唱えるとともにアマネの髪を揺らした風たちが、一瞬でミラの動きを封じた。
「うおらっ、このっ、せいっ」
資料棚の向こうから飛び出したクオンが勢いをつけてウタにとびかかり、口と手足の枷を破壊していった。四散した水はそのまま蒸発するかのように消えていく。
「大丈夫か? 立てるか」
「う、うん。ありがとう」
ふらつきながらも立ち上がる様子を見て、大丈夫そうだと安堵する。
「クオンと逃げてて。すぐに追いつくから」
こくりと頷いたウタはちらりとミラを一瞥し、クオンの後を追っていった。
《近くの公園に誘導する。学校や寮じゃ、ミラや理事長になにされるか分かったもんじゃねぇ。アマネもそんな奴にかまってないでさっさと来いよ!》
《了解。それまでウタをお願いね》
「アマネさん、どうして邪魔をするの……? どうして!」
身動きを封じられたミラが肩越しに振り返り、怒りと殺意のこもった目で睨みつけてくる。風の拘束を振りほどこうとしているが、伝説級の杖で魔法を操っているのだ。そうそうに破れはしない。
「あの子から情報を引き出せれば、少しでもあいつらに迫れる。アマネさんだって功績をたたえられて、試験に合格できるというのに!」
「試験なんて合格しなくたって、魔法は使えるわ。そんな見知らぬ誰かから渡される資格なんかより、友達の方が大切よ。……それに」
もうミラを教師として見ることはないだろう。本当に親友の娘だったとしても他人であり、またウタを、他のみんなを傷つけるかもしれない。敵対する可能性がある魔女だ。
「誘導するだけだと貴女は言った。なら合格しようがしまいが、協力しなかろうが、敵対しようが、私の自由。人質を取ろうものなら全力で後悔させるわ」
(もう呼び出されようが知ったこっちゃないわ。私は私で七つの大罪を追いかけて、なにをしようとしているのか、黒幕は誰なのか突き止めてみせる)
唇を噛むミラから視線を外したアマネは横を通り抜け、そのまま資料室を後にした。




