第八十六話
「先日、保管庫から鍵付きの棚に保管している希少な材料がひとつ、盗まれていると報告があったの」
「……………………それが、この杖に使われているとでも言うんですか」
「私は加工技師ではないから断言はできないわね。でも長年の経験と、杖の資質からして、おそらくは。ちょうど明日加工技師科の先生が戻ってくるから、見てもらえれば白黒はっきりするわ」
「本当に盗まれたんですか? たまたま数え間違えてしまったとか」
なんとかウタが犯人ではない可能性を探ろうとするが、ミラは小さく首を振る。
「いいえ、なくなった材料は保管庫にひとつしかなくて、常に定位置にあったそうよ。鍵も三重くらいしていて、日々の在庫確認のとき以外は開けないんですって」
「だったら、ウタがその材料のことを知ってるとも盗んだとも限らないですよね?」
もしかしたらウワサ程度には聞いたことがあるかもしれないが、知っていても盗むなんてことはせず、どうしてもという場合は教師に相談するか別の材料を探すはずだ。
(いくら魔道具のためだからって、ウタは盗みなんてしない!)
向けられている疑いを晴らさせたい。加工技師だって信用第一だ。勝手に巻き込んだ上に夢への道を壊してしまうなんてことだけはあってはならない。
必死に食い下がるアマネに対して、ミラはわざとらしく目を丸くしてみせた。
「あら、私はただその杖の修復に盗まれた材料が使われているかもとは言ったけれど、ウタさんが盗んだとは一言も口にしてないわよ?」
「……っ、あなたの言い回しが、そう言っているも同然でしょう!?」
ウタを疑っているわけではないのに、そうせざるを得なくさせられていて腹立たしい。
「それに三重もの鍵だってただの鍵じゃないはず。職員室のもののように魔法が込められているのなら魔ほ」
「魔法が使えないウタさんが持ち出すのは不可能。そう言いたいの? 魔法は使えないと本人がそう言ったのかしら」
「ウタ本人が魔法が使えるかどうかなんて口にしていたことはないわ。それに……」
魔力の量で魔女になれるかうんぬんなんて知らない幼少時、孤児院にいた女の子たちも一度は魔女にあこがれを持っていた。あんな風にきれいですごい魔法を使える魔女になりたいと。同様に男の子たちも魔女を守る強くてかっこいい騎士の話でよく盛り上がっていては、騎士ごっこと称して遊んでいた。
しかしそんな小さいころの夢も、生まれ持った魔力の量が多いか少ないかで魔女や騎士の道を閉ざされてしまう。それでも諦められず、近い仕事がしたいと普通科や薬剤師科で努力を重ねている人たちもいる。
そのことを知ったのは魔女科以外の女子生徒からも向けられる視線について疑問を持ったときだ。アイカがこっそりと教えてくれたのだ。たびたび向けられるまなざしには羨望も込められていて、魔女を目指すことができる自分たちは彼女たちの分まで努力し、それに応えられるようにならなければいけないのだと。
加工技師科を希望した理由の詳細は、知らない。ウタが話さないだけで、本当は魔女になりたかったという思いが奥底にある可能性もある。
「そんな傷つけてしまうかもしれないようなこと、聞けるわけないわ」
口にした言葉で。ウタに悲しい思いをさせたくはない。
悲しむ顔を想像しただけで胸が痛み、無意識にうつむいて腕を抱える。
対してミラがふぅと呆れたかのような息をつくと、こつこつと音を立てて移動した。
「そう。一応アマネさんの試験なのだけれどこのままだとなにも進展しないから、私が代わりに確認してきてあげるわ」
アマネが顔をあげると、ミラは資料室の出口に向かっていた。そして注目されるのを待っていたかのように肩越しに振り替えると、口の端を吊り上げた。
「ついでに雨を降らせて孤児院の火事を消したアマネさんのことを教えてあげたら、ウタさんはどんな反応をするでしょうね」
「………………なんで、そのことを知って」
突然のことで喉に力が入らない。言葉を詰まらせていると、ミラはふふっと笑みを深くする。
「あなたを見つけて理事長に知らせたのは私よ。今朝方向音痴なチウが貴女を迎えに行けたように、雨に込められた魔力を辿って、ね」
頭の奥で、ざあざあと叩きつけるような雨音が響いている。ありったけの魔力で呼んだ雨は、こうなる未来も呼び寄せていたというのか。そして専門学校に通える年齢になるまで、監視されていたとでもいうのか。
なぜ気づかなかったのだろう。子供だったからか。前世のことを知る他者がいるなんて思いもしていなかったからか。
「…………は…………せに」
目を泳がせ思考を巡らせていたアマネは、通常ならほとんど聞き取れないような小さな呟きを聞き取った。




