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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第三章「薬剤師編」
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第八十五話

 日が傾いたことで、余計に薄暗くなった資料室。回収品たちを前にして、アマネは何度目かの溜息をついていた。

 あれからミラの許可を得て、植物の灰について薬剤師科の校舎にいる生徒たちに聞いて回ったのだが、徒労に終わっていた。

 他の回収品についても思いつく限りの方法で調べてみたが、手ごたえはなく完全に行き詰ってしまっている。

(このままじゃ試験合格どころか、七つの大罪の手がかりすら得られないわ)

 試験を合格するには良い調査結果を報告できることが一番だろうが、アイカたちを苦しめ、前世と関わりがあるかもしれない七つの大罪に手が届かないことの方が悔しかった。

「うーん、今日のところは一旦解散しましょうか」

 腕を組み壁にもたれていたミラに声をかけられる。肩越しに振り返ると、少し残念そうな顔をしたミラと目が合った。

「杖を借りていられる間に成果が上げられればいいんだもの。焦って今日中に終わらせる必要はないわ」

「でも時間が経てば経つほど、あいつらに手が届かなくなってしまいます」

「あら、そのときは分からなくても、時間が経ってから思い出したり、結果が得られたりすることもあるのよ。そういえば…………」

 突然眉根を寄せたミラに見つめられて、アマネは居心地が悪そうに身じろぐ。更に目を細めたミラは、確信が得られない様子で首を傾げた。

「アマネさんとこの灰の匂い……今思えば似てた、ような」

「えっ」

「おいそれは聞き捨てならねぇぞ!」

 回収品のある机上で、クオンがぶわっと体を膨らませ目を吊り上げる。今にも食って掛かりそうなクオンを、アマネは手のひらでなでるようにして軽く押さえる。

「落ち着いてクオン」

 なんだか最近クオンが怒りやすくなっている気がしている。普段ならこれくらいで声を荒げはしないのだが。

(私の焦りが、クオンにも影響しているのかしら)

 クオンを撫で続けながら、ミラに顔を向ける。

「匂いが似てるというのは、調査のために持ち歩いていたからじゃないんですか?」

「いいえ、似てると思ったのは朝、資料室に来る前よ」

「…………そういえば、香水かなにかをつけていないかと聞かれましたっけ」

 ふいに立ち止まられてぶつかりそうになったあのときだ。聞かれたときは疑問が残ったがいつしか忘れていた。

(部屋には香りの元となるものはないわ。ミラ先生の言っていたことが本当だとして、灰によく似た香りはいつ私に移ったのかしら)

 夏でも花は咲くとはいえ春のように多くはないし、香りが強い植物が学校や寮の中庭に植えられていた記憶はない。

「今朝、普段と違うことしなかったかしら? 中庭を散歩したとか」

「散歩はしていないですね。朝は食堂で朝食をとって、ウタの部屋を訪ねたくらいで……」

「それは、どうして?」

「ウタの様子と杖の具合が気になって……」

「あら、杖がどうかしたのかしら」

 あっと思ったときには手遅れだった。聞かれるがままに記憶を思い起こしてそのまま口にしていたので、質問の意図を気にかけなかった。ちらりとミラを見やると、目を細めて微笑を浮かべている。

 あれは獲物の尻尾をつかんだと確信を得ている目だ。

「アマネさんの持つ杖といえば今は市販品と、貸し出し中の杖しかないわよね? それも加工技師を目指すウタさんにわざわざ診てもらっているということは、前のあなたの杖の方。そうよね?」

 適当な言い訳を並べたところでミラは誤魔化されはしないだろう。嘘にしろ本当のことを言ったにしろ、理事長の耳に入るのは間違いない。そして最終的に返却の際にチェックされてバレる。弱みとされてしまう前に正直に話した方がいいと判断したアマネは、浅く息を吐いてまっすぐミラを見据えた。

「………………黙っていたのは申し訳ありませんでした。第一実技試験で魔法を操った際、ひびが入って一部が欠けてしまったんです。それをなんとか修復できないかと、相談していました」

 杖を取り出して巻かれている布をほどき、修復部分をミラに見せる。

 確認するためにアマネの前まで来たミラは、見えやすいようにと杖を掲げているにもかかわらずその場でしゃがんだ。

(ま、まだ見えづらいくらいに低かったっていうの? わざとやってるんじゃないかしら)

 腕の位置を止めておくのも結構大変なのだがと、少し苛立つ。

 そんな心情を知ってか知らずか、目線を杖に合わせて触れることなく観察していたミラはふむ、とわずかに眉根を寄せた。

「完璧と言っていいほどに修復されているわね。ここまでの状態に治す技術を得るために相当努力しているようね」

 立ち上がったミラの表情はより険しくなり、杖に注がれている。

「そして、杖本体に見合った材料が必要不可欠。ウタさんはいったい、どうやって材料を手に入れたのかしらね」

「それはどういう意味ですか」

 単に杖の破損を黙っていたことだけが原因ではない雰囲気に、アマネの声音も強張る。

「魔道具の修復にしろ製作にしろ、その辺の木の枝なんかでは魔法を扱える杖は作れないの。それはアマネさんも知ってるわよね」

「……はい」

 そこらのもので知識さえあれば魔道具が作れてしまうなんて現実だったら、七つの大罪どころじゃなく、どこから手を付ければいいか分からなくなるほどの混沌とした世界になっているだろう。

 魔道具を製作するのに適した樹木や石は各地に存在し、それは魔女と騎士のように管理されている。

「この学校でももちろん、材料の管理は毎日しているわ。そして教師の許可の元、いつ誰がなにをなんの目的で持ち出したのかも記録されている」

 アマネは冷や汗が滲んできているのを自覚していた。ミラがなにを言わんとしているのか、薄々察してしまっているからだ。

 前世の杖は博物館にて展示、保管されるほどに古く、ソウランの悲劇を防いだほどの力を持つ。そして一般生徒であるアマネが持っているのは不自然で、周囲の目に触れるのは避けたい。そんな訳ありの杖の修復に必要な材料をどうやって手に入れるのか。

 そしてこんなことを、ミラはわざわざ深刻めいた顔をして告げていく。

 嘘だ、ありえないと頭で否定していても、今のところはまだ推測にすぎない。そうであってほしくないと願いながら、ミラの話の続きに耳を傾けていることしかできなかった。

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