第八十話
「言葉通り手伝ってはくれるようだな」
「そうね。まずはこの灰をユカリさんに見てもらいましょうか」
片手で包み込めてしまうほどの僅かな灰を見ただけで、なにか分かればいいのだが。
「で、ユカリがどこにいるのか知ってんのか?」
「いいえ、恐らく今日も学校へ来てるんじゃないかと思うのだけれど」
「おいおい。それってまさか……」
語尾が小さくなっていくクオンによろしくと口にすると、じと目で見据えられ盛大に溜息をつかれた。
ユカリを尋ねると言い出したのはアマネなので、もちろんクオンに任せっぱなしにするつもりはない。クオンは薬剤師科の校舎を外から様子を見つつ捜してもらい、アマネは校舎の外回りを中心に手分けして捜しはじめた。
薬剤師科の校舎の周囲には丁寧に耕された畑や、半透明な壁で覆われた温室などさまざまな環境で植物が育てられていた。遠めにそっと覗いてみても残念ながらユカリの姿は見えない。
「見かけない顔だね。どうしたの?」
声をかけられて振り向くと、一人の男子が首を傾げていた。麦藁帽子に作業着に長靴といった、いかにも畑仕事してますと体現しているような格好をしている。
「あの、ユカリさんに用があって来たのですが、どこにいるか知りませんか」
「ユカリくん? 今日も来ているはずだけど、なんだったかな。どこかに寄ると言ってたから……師匠のところにいるんじゃないかな。場所分かるかい?」
「行ったことあるので大丈夫です。ありがとうございました」
一礼して踵を返す。ユカリの師弟関係はかなり知られているようだ。
《クオン、ユカリさんはカヴァイにいるかもしれないって》
《おーう、じゃあ一度合流すっか》
校外へ出るならそのことをミラに伝えなければならない。
《そうね。今呼ぶか……ら…………》
足は校舎内へ戻るべく動かしていると、にぎやかな声が聞こえてきた。聞き間違えることのない声を辿って顔を向けたアマネは、一瞬その状況が飲み込めなかった。
今日も鍛錬していたのだろう。運動場で大剣を片手にヒイロが立っていた。そして捜していたユカリと楽しそうになにかを話している。
「…………な……や……」
セミの合唱のせいもあって会話の内容は聞き取れないが、笑いあっているということは話が盛り上がっているのだろう。
ヒイロの笑顔を見るのは随分久しぶりだ。最後に見たのはいつだったか。第二実技試験を受けることになってからは、笑顔どころか一度も会っていなかったということを思い出した。
(なんの話をしているのかしら……私が行ったら、邪魔になる?)
中断させてしまうのはなんだか気が引けた。話のきりがつくまで待っていた方がいいのだろう。しかし待つとなるとこれから気温が上がっていくため、あまり長居はしたくない。
(ヒイロは勘が鋭いところがあるから、私が持ってきたものを見て手を貸そうとしてくれるかもしれない)
今回ばかりは巻き込めない。試験だからといえば引き下がってくれるだろうが、ユカリだけに見せた方が手っ取り早い。
結局待つのか話しかけるのか決められずに立ち尽くし、ヒイロたちの様子をただ遠くから見つめていた。
一歩踏み出そうとしては引っ込めを繰り返し、決心がつかない。
迷っている間も二人の会話は続いていた。笑いあい、ときに真剣な顔をしてヒイロたちの表情がころころと変わる。
そしてふいにユカリが提げているポーチからハンカチを取り出し、手を伸ばした。
「…………っ」
その光景を理解することを脳が拒み、呼吸を忘れた。
二人の距離がぐっと近づき、ハンカチがヒイロの頬を拭う。彼は嫌がるそぶりもなく、苦笑を浮かべた。
いつの間に、そんなに仲がよくなっていたのか。
(あ、会わない間に、店の手伝いを頼まれてカヴァイに行っていたのかもしれないわ)
アイカやラキも手伝いに行って、親交を深めたのかもしれない。二人も力になるからと言ってくれたきり、顔を見ていない。
朝食で居合わせたときに特訓の約束があるからと言われたのも、避けられていたのではと今更だが思えてきてしまった。
真夏だというのに、手足の先から血の気が引いていく感覚がする。足元は急に不安定になって、今にも崩れてしまいそう。
「……ネ…………アマネ! おいこら!」
ゴッという鈍い音が頭に響き、アマネは後頭部を抱えてうずくまった。
「いっ…………!」
「なにボーっと突っ立ってんだ! いつまで経っても呼んでくれねぇから、カヴァイ行くんだったらと思って先に校門で待ってたのに来ないしよぉ!」
クオンが怒り心頭といった様子で両翼をばたつかせながら飛び跳ねている。その硬いくちばしで後頭部を強襲したのだろう。
「……ごめんなさい」
「ったく……なんだ、あんなところにいるじゃねぇか」
「ま、待ってクオン邪魔しちゃ」
「あ? 邪魔しちゃ悪いってか。……まぁ確かにヒイロを巻き込むわけにはいかない、か」
うーんと考えはじめたのも一瞬で、どうするのだろうとぼんやり見守っていたアマネは反応が遅れた。
「おーい、ユカリ!」




