第八話
念話もそれなりに魔力を使うので、クオンとはいったん打ち切ることにした。
午後はただ机上の授業でつまらなく終わった。そこから特になにもなく過ごしていき、気づけば日は傾き、教室内は夕暮れが染まりつつあった。
アイカが休憩時間の度に絡んでくるだろうと思っていたが、当人は使い魔ができたことが嬉しかったのか、集まってくるクラスメイトに自慢し続けていた。そのせいで帰りのホームルームがはじまるころにはかなりの魔力を消耗し、現在はぐったりと机に伏している。人望はあるようで、常に女子生徒の誰かが側にいて気づかっていた。
「子供か、あいつ」
男子生徒の中から呆れる声が呟かれる。
「アイカくん、使い魔の実体化を解いてください。無理をしすぎては成長できませんよ」
キシナにたしなめられ、意地を張って召喚し続けていたアイカは観念したようだった。横を向き、傍らで見下ろしているヒナタを見上げる。
「ヒ、ヒナタ……ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう、アイカ」
別れのあいさつをすると、ヒナタの姿は尻尾のひと振りと同時に消えていった。魔力を分け続ける必要がなくなり、アイカは息をつく。
「では明日の連絡事項についてお話しますね。アイカくんは無理せずそのまま聞いてください」
淡々と流れ作業のように進み、あいさつも終わるとそれぞれ仲のいいもの同士で教室を後にしていった。だいぶ回復したもののまだ本調子ではないアイカも女子生徒と共に帰っていく。混雑を避けようと教室で少し待てば、帰路につく生徒でごった返していた廊下がすいてきた。
(私もそろそろ帰ろう)
カバンを肩にかけて教室後方の出入り口に向かうと、走ってきた人影に目の前をふさがれた。
「よかった、ここにいた!」
人混みを嫌って少なくなるのを待っていたのが仇になった。駆け込んできたウタの勢いに押し戻される形で後退し、席まで戻される。
「名前聞き忘れてたから、聞き込みが難しくて焦ったよ。ほら、これ」
にこやかに差し出されたのは杖だった。先端に空色の石がはめられており、杖の本体である棒には細かな彫り込みがされていた。初心者用の杖によく似たシンプルなデザインだ。
(半日も経っていないのに、よくここまでのものを作れたわね)
「どう? 急に魔導書とかに変えると慣れないだろうから、持ってたのと同じ杖にしてみたんだけど」
人の目もあり、好意を向けられて無下にすることもできない。しかたなく受け取ると、丁寧に作られているのがよく分かった。初心者用の杖よりも軽く、振りやすいよう重心が調整されている。
しかし。
「ねぇねぇ、ちょっと魔法使ってみてよ」
「無理よ。こんなところで魔法は使うのは」
「じゃあ実戦室で試せばいいんじゃないか。なんなら俺がキーちゃん先生に許可もらってきてやるよ」
横から入ってきた声にアマネの表情がこわばる。会話に加わってきたヒイロは、目を丸くするウタに名乗り、話を続けた。
「制御装置をはずさないことを条件に許可さえもらえれば、その場に教師がいなくてもいい。部屋があいていればすぐに使えるぞ」
「わぁ、ありがとう。じゃあお願いしてもいいかな?」
「おう、じゃあすぐに」
アマネは急いで職員室に向かおうとするヒイロの腕をつかみ、睨みつける。
「待って。なぜあなたがしゃしゃり出てくるの? 関係ないでしょう」
「関係ないわけないだろ。同じクラスだし、魔女と騎士はペアを組むんだ。アマネとなるとは限らないかもしれないけど、可能性はあるだろ?」
「絶対にない。ペアだったらもっと優秀な人がいるでしょう」
このクラスだったらアイカがいる。ペアになりたがっていたし、魔力も申し分ない。学年を問わなければ二年や三年の先輩だっている。
「まぁ優秀なのも大事かもしれないけどよ、相性も重要なことだろ? そのためにはもっと知り合わないと」
「あなたと知り合う必要なんてない」
「お前なぁ、なんでそう冷たいこと言うんだよ」
(じゃあヒイロはなぜまだこんな私に関わろうとするの)
屋上で怒らせてから一度も会話なんてなかった。近くに行かないよう避けたのだって、気づいているはずなのに。必要以上に傷つけたくないという想いに対して心が冷えていく。
「言ったでしょう。あなたには関係ないって。興味本位の暇つぶしならなおさらよ」
「お前、言っていいことと悪いことが」
「あのぅ、修羅場なとこ申し訳ないんだけど」
いつの間にか険悪になっていた二人に向かって手を挙げたウタに、これ以上騒ぐと先生が来ちゃうよ、とたしなめられて口を閉ざした。
ヒイロは不機嫌そうに顔をしかめているのに、許可を取ってくると言って背を向ける。騒ぎに引き寄せられてきた野次馬たちがさっと道をあけ、通り過ぎていくヒイロの瀬を見送った。
「なんか、ごめんね。私のせいでケンカになっちゃって」
「いいの。近づいてくるあいつが悪いのだから」
「でもそう言ってるアマネちゃんも辛そうな顔してるよ?」
一瞬、なにを言われたのか分からずに思考が停止する。理解できていないことを察したウタが胸ポケットから鏡を取り出してアマネの顔を映す。
そこには暴言であしらった冷酷な顔ではなく、今にも泣き出しそうな頼りない顔のアマネが映っていた。
「……私、ヒイロと言い合ってるときもこんな顔で?」
「え、いや、そのときは冷静というか、不機嫌そうだったというか」
言いにくそうにする様子から、かなり怖い顔をしていたのだろう。少なくともこの情けない顔を見られていたわけではないようだ。
「なら、いいの。そういえばまだ、名乗っていなかったと思うのだけれど」
名を知っていることを訊ねると、見た目の特徴を元に聞き込みしていたときに聞いたのだという。野次馬がいなくなった廊下を振り向き、怒っていたヒイロを思い出してかウタの表情が曇る。
「彼となにか、あったの? いい人そうだけど」
「なんでもないの。許可が取れたら魔法を使ってみるけれど……先に謝っておくわ」
先に謝られる理由が分からず、ウタは目をしばたたかせて首を傾げた。
許可は問題なくおりた。普段は上級生で貸しきり状態なのだが、運がいいのか悪いのか、一部屋あいていた。
三階から地下にある実戦室にやってきた三人は、三つの部屋の中で一番奥の扉のカギを開けて中に入る。一面白い外壁にクリーム色の床はシンプルで広々としていた。床をよく見ると白線で長方形のコートが引かれている。
部屋の片隅に荷物を置き、作ってもらった銀の杖を片手に部屋の中央へ移動したアマネは、ウタの隣にいるヒイロを一瞥する。
「なぜついてきたの」
「は? 許可を取ってきた俺がいないと意味ないだろうが」
「ま、まぁまぁ。私は初めて来たけど、ここなら魔法を使っても大丈夫なのね」
「ああ。魔法や物理攻撃に強い特殊な外壁で造られてるらしくて、制御装置付きならまず傷ひとつつけられないんだと」
防音対策もしっかりしていて、いくら隣で派手な魔法を使おうが聞こえないらしい。
「じゃあアマネちゃん、試し撃ちお願いします!」
深々と頭を下げられ、苦笑して深呼吸する。そして目を閉じ、杖に意識を集中させた。
壁に寄りかかって集中しているアマネを眺めながら、いまだ眉根を寄せていたヒイロがぽつりと呟く。
「だいたい、あいつ魔法なんて使えるのかよ」
「え、それどういうこと?」
驚くウタに今日、転入してきたことを伝える。少なくとも今日の授業の中で魔法についての授業はなく、知っていてもそこらの書店で買える簡単な魔法くらいだろうと思われた。
そして魔法具は技量にあった魔法以外となると、発動できる確率がぐんと下がる。行使したい魔法が高レベルすぎても低レベルすぎても同じこと。下手をすれば自身に跳ね返ってくる可能性だってあった。
「ど、どうしよう。簡単なのだとしても、系統によっては大怪我しちゃう」
系統以前に魔力が逆流すれば、最悪意識を失って倒れてしまう。水ならずぶ濡れになるだけですむだろうが、火や雷だったら大変だ。暴発すればただではすまない。
「そのために、俺がいる」
ヒイロの傍らにはいつの間にか大剣が立てかけられていた。すぐ鞘から抜けるよう、留め金がはずされている。
ヒイロが不機嫌そうな顔をしていたのは、怒りが収まらないからではなく暴発が起こりそうだったら止められるように集中していたのだと知って目を見開いた。