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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第三章「薬剤師編」
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第七十七話

 翌朝、食堂で朝食を済ませたアマネは、ウタの部屋を訪ねるべく廊下を歩いていた。起床した頃は静かだったが、今では外で蝉が元気に合唱している。これでは会話がまともにできない。肉声での会話では聞き取りづらくなるので、こういうときに念話はとても便利だ。

《急に行って大丈夫かしら。起きてるとは思うけれど……》

《まぁ作業に集中してる可能性もあるわな。そしたらまた後にするか、手紙でも書いて置いておけばいつか気づくだろ》

 そうねと頷きながら階段を上がっていく。廊下に出たところでゴーグルを頭につけた女子生徒と鉢合わせした。目を丸くした女子生徒は軽くお辞儀をして、アマネたちが上がってきた階段を下りていく。両腕で抱えていた荷物から小道具が顔を覗かせていたので、ウタと同じ加工技師科の生徒のようだ。これから学校で練習するのだろう。

 なんとなしに見送ったアマネは再び歩き出した。ウタの部屋は訪ねたことがあるので、誰かに訊ねる必要はない。

 間違えることなくウタがいる部屋の扉の前に立ったのだが、気後れして棒立ちしてしまう。

《おいおい、なにやってんだよ。オレっちがノックしようか?》

《い、いいわ。今ノックするから》

 第二次試験を受けるために遠出することになったと言えばいい。修理をお願いした杖を調整確認のために持ってきてもらったのに留守だった、では申し訳ない。

 訪問の用件を固めたアマネはノックするべく軽く拳を作った。

 がちゃりと、触れる前に扉が開かれる。

 固まるアマネの目の前にはウタがいて、部屋を出ようとしていた彼女は目が合うと同時に素早く身を引いた。

「び、っくりしたぁ……おはようアマネちゃん、クオンくん」

「ごっごめんなさい。タイミングが悪かったみたいで……えと、おはよう」

 不意を突かれて心臓が早鐘を打ち、思考が乱れる。最近はこんなのばかりだ。

「えへへ、ちょうどよかった。アマネちゃんのところに行こうと思ってたの」

 そういって笑みを浮かべるウタは寝起きなのか、どこか寝たそうに見える。しかしその僅かな違和感のようなものも、差し出されたものを認識した瞬間に吹き飛んでしまった。

 目の前の杖は貸し出されたときの古ぼけた感じは一掃され、古い皮を脱ぎ捨てたかのようにツヤがかっていた。ひび割れ欠けてしまっていた部分も新しいパーツで補われており、欠けていたことを知らなければ一見しただけでは気づかないほどに色も素材も馴染んでいる。

「具合を確認してもらっていいかな?」

 両手で受け取ったアマネは、試しに少量の魔力を流し込んでみた。実技試験のときのように違和感なく浸透していく。実戦ですぐ使えそうなまでに修復されている。

「問題なさそうね。これを、たった二日で?」

 相談したときは完璧に治せる保証はないと、本人も実力を踏まえて真剣に答えてくれた。馴染み深い杖だったのでこの杖さえあれば、試験は合格するだろうと考えていた。しかしどうしてもこの杖でなくてはいけない、と固執していたわけではない。最悪終盤にさえ間に合えば、と修理をお願いしていた。やる気に満ちていたので、貸し出し期間ぎりぎりまで諦めることはないとは思っていたが、まさか二日間で修復してしまうとは想定外だった。

「あー、そうなるよね。奇跡的にぴったりな素材が手に入ってね。あとはヒビを塞いだり磨いたりしたくらいかな」

「こんなに早いとは思ってなかったから嬉しい。ありがとう。でもそのせいでちゃんと眠れてないんじゃない?」

「明らかに眠そうだしな。目元に隈もできてるぞ」

 クオンの指摘にえっ、とウタは頬に触れる。そしてアマネたちから視線をはずし、何かに気づいたようで乾いた笑みを浮かべた。

「あー、そういえば外明るいね。朝、なのかな」

「徹夜してたのね……」

 思わず片手で目元を覆う。アマネも集中しすぎて時間を忘れるということがないわけではないが、クオンがいるので適度なところでストップをかけてくれていた。しかしウタは自室にこもってしまえば一人きりとなる。誰にも邪魔されず集中できるのはいいが、無理をしても限界を超えて倒れても気づいてもらいにくい。

 もっと頻繁にクオンに様子を見に行ってもらえばよかったと、アマネは気が回らなかった自分を責める。

「他にもやることがあるかもしれないけれど、今は休んで。とにかく休んで。お願いだから」

「わ、分かった。つい張り切っちゃっただけだから。だからそんな辛そうな顔しないで」

「ええ……本当にありがとう。もう壊さないように使わせてもらうわ」

「うん。じゃあ……朝だけど、おやすみ」

 軽く手を振りあって、静かに扉が閉じられる。

「ま、あいつもタフだからな。一睡したらすぐ元気になるだろ」

「そうね……」

 扉に背を向けるが、ウタになにかできることがあるんじゃないかとつい肩越しに振り返ってしまう。

「ほら、気になるのは分かるけどよ。一度部屋に戻って布かなにかでそれ包もうぜ。ウタの努力に見合う活躍して、報告してやんないとな」

 廊下にまだ人はいないが、ここへ来たときのようにいつ鉢合わせするか分からない。ウタと同じ加工技師科の生徒に杖を見られたら、面倒なことになるのは明らかだ。

 今度、お礼においしいお菓子でもプレゼントしようと決め、歩き出す。

「……ん?」

「どうしたの、クオン」

 唐突に肩の上で跳ね回って周囲を見渡しはじめたので、アマネは足を止める。

「気のせいか? 誰かの笑い声……みたいのが、聞こえたような」

 軽く眉根を寄せたアマネも耳を済ませてみるが、窓越しに聞こえるセミの鳴き声以外の音はしてこない。

「セミの声が変に反響してそう聞こえたとかじゃないかしら」

「うーん、そうかなぁ。セミじゃないと思うんだけどなぁ」

 首をひねったところで、笑い声らしきものの正体は分からない。準備や集合時間があるため、アマネたちは足早に階段を下りていく。

 誰もいなくなった廊下に再び、扉の向こうから漏れた少女の笑い声がセミの合唱に混ざってかき消された。

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