第七十六話
パタンと扉が閉まり、気配が遠のいていく。
見送っていたミラが振り返ると、理事長は机上で手を組んでうつむいていた。剣呑な光をはらんだ眼差しが虚空を見据えている。
「あらあら、物騒な目はいったい誰を標的にしているのかしらね」
無茶難題を寄越してきた試験管か、人を平気で使い捨てにする七つの大罪というネズミか、それとも。
指摘されて目を閉じた理事長は微笑を浮かべ、次に目を開けたときには普段のにこやかで食えない男に戻っていた。
「今は、七つの大罪といったところか。その先にいてくれるのなら、分かりやすいんだが」
長年の付き合いになるミラと二人きりになったときは、理事長の口から敬語が消える。他者に対しては飄々としているが、昔の彼は荒々しい性格だったのだ。
そしてその先に誰がと口にする必要はない。
それは二人の関係を繋ぐ重要な内容でもあるのだが、今はそれ以上に文句を言わずにいられなかった。
「で、いつの間に私が付き添うことになっていたのかしら」
ミラが理事長室に来ていたのは、急ピッチでまとめあげた調査資料を届けるため。ついでにアマネを呼んできてほしいと言われたので、ちょっかいがてら微かに残っていた軌跡を辿り、クオンを軽く引っ張ってやったのだった。
実は第二次試験の内容は、第一次試験を採点していた試験官によって帰り際に伝えられていた。理事長はすぐ抗議したものの、試験内容は緩和される余地もなく、試験官はさっさと帰られてしまった。本部にも連絡したらしいが対応は同じで、このときに現場を離れた云々をそれはもう迷惑そうに言われていたのだという。
理事長は時をかけ様々な経験を得た立派な大人なので、嫌そうにされても終始にこやかに丁寧な言葉を返していた。そして通信を切った直後に呟かれた物騒な言葉を耳にしてしまい、漏れ出た魔力に思わず飛び上がってしまった、という報告を使い魔から聞き、見つかったついでにミラは理事長室に呼ばれた。
そして明日の夕方までに調査してほしいと無茶を言われ、久々に魔力を総動員させる羽目になったのだった。
「彼女に試験内容を伝えている間に決めた」
「でしょうね。学校の仕事の片手間に徹夜作業で資料を作っていたから、事前に一言すら聞けるわけないものね」
嫌みったらしく返すと苦笑された。
「私が動くと目立ってよくないからな。なにより授業での様子も知っているミラの方がサポートに適していると判断したまで」
「はいはい、合理的な判断ですこと。向こうがなにか言ってきたら貴方に丸投げするわ」
試験の合否は情報であれば報告書を送れということだったので、試験官が随時付きまとうというわけではない。そう見越しての付き添いなのだろうが、素直に協力するとでも思っているのだろうか。
なにしろアマネに対して人殺し、などと声には出していないが伝えている。ことあるごとに聞き出そうとしてきていたので、正しく伝わっているのは間違いない。
そして明日、問いただされることは避けられないだろう。
なんて答えようか、と考えると少しだけ楽しみになってくる。
「……魔が差して足を引っ張る、なんて真似するなよ?」
「ふふ、善処するわ。調査についてだけれど、回収したものを見てもらうことからはじめても?」
ナギナミへ行っていたらとてもじゃないが時間が足りない。回収したものもほとんど手をつけられていないので、なにかが得られる可能性がある。
「ああ。だが無理はしない、させないように。彼女を失うわけにはいかないから、よろしく頼んだ」
「はーい。じゃあそういうことで。徹夜分の寝不足でも補ってくるわ」
片手をひらりと振って踵を返す。白衣をなびかせながら、ミラは理事長室を後にした。




