第七十二話
自室に入り、椅子に腰かけたところで机上に上半身を投げ出し息をつく。
「朝からしゃべりまくったなー。お疲れのところ悪いが、少し休憩したら占いの練習するぞー」
机に降りたクオンが、教科書と生徒に支給されている練習用の占いカードセットを引っ張り出してくるのが視界の端に見える。よりによって得意ではない占いからはじめるのかと、溜息をついて顔を伏せた。
「鬼……」
「なんだぁ? 休憩したらって言ったろ? それともすぐにはじめるか?」
「休ませてくださいクオン様―」
瞑目したアマネは肩の力を抜いた。誰の声もなく、外からセミの鳴き声が響いてくる。
ヒイロたちと知り合ってまだ半年も経っていないのだと唐突に思い当たった。
(最初は関わりたくないからそっけない態度をとってたんだっけ……。さっさと卒業すればいいと思ってたのよね)
強制的に入学させられて、当初はかなり刺々しい態度をしていた。前世の影響もあって膨大な魔力もあったから余計に目をつけられて、アイカにしつこく絡まれた。断ってもめげないウタと知り合って、冷たくしてもヒイロはなにかと関わってきて、放っておいてと何度も思っていた。
それが今、短い期間に色んな事が起こって、ラキとも再会して、みんな互いに切磋琢磨し合う仲になっている。
(この学校に入学していなかったら、今頃私は何をしていたのかしら)
どこかの学校に行くにしろ、孤児院は中学卒業と同時に出なくてはいけなかったので、生きていくために働いていただろう。理事長に呼び止められるまでは、どこかで働くのだろうと漠然と考えていた気がする。
「おーい、そろそろやるぞー」
「……ええ」
身を起こし、傍らに用意してくれたことに礼を言って教科書を開く。該当ページにはカードの絵柄と意味、そしていくつもの占い方法がイラスト付きで解説されている。
「どれからやるんだ?」
「最初から順番に、かな。まずは基本であり一番簡単なスリーカードから」
カードをシャッフルして三つの山札に分け、過去と現在、未来を占う。入院中にやってもらったことがあるが、試験では占う側として捌かなければいけない。
雑念を混ぜてしまわないよう、手を動かすことだけに集中する。本番では少量の魔力を込めるのだが、占う相手もいないし練習なので省略する。
(大きくざっくり混ぜて、ひとつにまとめてから三つの山に分けて配置する、っと)
接客業なので、相手の緊張をほぐしながら占いの説明をし、カードを引くよう誘導しなければならない。手順こそほぼ暗記できているが、あまり知らない相手と話すことが苦手なアマネは、この会話ができるかが問題だった。
目の前にいるクオンをお客さんに見立てて、片手で山札をひとつずつ指し示していく。
「こ、この占いは過去、現在、未来の手がかりを示してくれます。あくまで手がかり、アドバイスなので、鵜呑みはしないよーに」
「うーん、手順は完璧なんだがなぁ。緊張してる上に棒読み気味だし、最後が先生っぽくなってるぞ」
「う……」
分身でもあるクオンの言葉には容赦が一切なく、その通りなので言葉に詰まる。治したいのは山々なのだが、どうしてものどが振るえてしまい、しっかり発音しようと力を込めると淡々とした口調になってしまうのだ。
「ま、練習あるのみだな。数こなせばそのうち口が勝手にしゃべり出すさ」
「そうなると、いいけど……」
文言は多少違えど相手に伝える点は同じなので、他の占い方法を捌きながら会話の練習をしていくしかない。
溜息がこぼれそうになるのをこらえ、再びカードをシャッフルしようと手を伸ばす。
「いっ」
最後の山に手を伸ばした瞬間鋭い痛みを感じ、反射的に引っ込めた。その拍子に一枚のカードが手前に滑り落ちる。
「大丈夫か。手でも切ったか」
「手は……大丈夫。切れたような気がしたけど、なんともないわ」
不思議に思いながらも改めてカードを集めようとしたアマネは、占ってもらったときのことを思い出した。
「ねぇ、クオン。前に占ってもらったときにね、一枚だけ、ルールを無視して出てきたカードがあったの」
「ああ、アマネが入院中でオレっちが寝てたときか……って、ちょっと待て、これもそうだってのか? 考えすぎだろ」
「そ、そうよね。今は占う側だし、魔力は込めていないもの。偶然、よね」
これは練習で、実際に魔女が本番で使っているカードではない。
とはいえ病院で占ってもらったときにわざわざ出てきたカードは、死の予言というインパクトが強すぎたため、もしかしてという思いが拭いきれない。
「ま、まぁそんなに気になるなら、めくってみればいいんじゃねぇの?」
「う、ん……」
恐る恐るカードの端をつまんでひっくり返す。描かれていたのは死を意味する暗器を携えし男ではなく、馬に乗って立ち向かう騎士の逆位置だった。




