第七十一話
アマネと別れたウタは誰にも見つからないように気をつけつつ、足早に部屋へと駆け込むことができた。
音を立てないように扉を閉め、寄りかかってふぅと息をつく。
(びっくりしたなぁ。なんでこんな格好で廊下にいたんだろ)
こんなことは初めてだった。声をかけてくれるまでどこかふわふわとしていて、使命感に駆られていたような気がする。最初に見つけてくれたのがアマネで助かったが、寮長だったら怒られた上に反省文を書かされることになっていただろう。
アマネとクオンに余計な心配をかけさせてしまった分、早く直して驚かせようと顔を上げたウタは、顔を強張らせた。
(なんで……ここにあるの……?)
作業台の上に昨日はなかったものが増えている。恐る恐る近づいて手に取ったが、間違いない。それは昨日、どう用意しようか悩んでいた素材そのものだった。
自室がある階へ来たアマネは、部屋の前に誰かがいることに気づいた。
「あ、おはようさー」
背が高く一番に気づいたラキが片手を上げ、それに合わせて二人の女学生もこちらを振り返った。
「おはようラキ、アイカ、ユカリさん」
「おーおー、朝から賑やかだなぁ」
ラキとアイカが来るのは分からないでもなかったが、ユカリもいるとは思わなかったので疑問が首をもたげる。
「みんな朝からどうしたの?」
「アイたちは貴女の元へ案内したってところかしら。ユカリさんがアマネに会いたいといってらしたので」
アイカの説明で一歩前に出たユカリは真剣な顔をしたかと思ったら、唐突に頭を下げた。
「昨日は師匠が失礼なことをして、申し訳ありませんでした!」
「えっ…………え?」
いきなり謝罪されても心当たりがなかったアマネは困惑する。
(師匠がってことはカヴァイでのこと、よね? えっと……)
「普段は急に帰れだなんて酷いことを言うような人じゃないんです。きつーく言っておいたのでもうないとは思いますが」
「ああ、そのこと。私は気にしてないから大丈夫よ」
「そういえば昨日合流したとき、ヒイロくんは平然としてたけれど、いなくなってるって気づいたときかなり血相変えてましたのよ」
「ごめんなさい。次からは一言残すようにするわ。ヒイロとは少し前に食堂で会ったけど、特には……」
普段と変わらないように見えていたのだが、そんなに心配させてしまっていたとは。改めて謝りに行った方がいいだろうか。
「ラキ、これから特訓よね? ついていってもいいかしら」
「いいけど……一人で走りこんだり剣を振るったりするだけだからつまらないかもしれないさ?」
「あれ、ヒイロと一緒じゃないの?」
「いや?」
ヒイロは特訓の約束をしているといっていたので、てっきりラキとやるんだと思い込んでいた。しかしラキとやるならば仲間という表現はしないと、今更思い当たる。
「誰かと特訓の約束をしているらしいんだけれど、知らない?」
「うーん、俺以外で相手してた奴ら、みんな帰省してたはずさ。まぁ俺が知らないだけかもしれないけどさ」
「そう……」
ラキも知らないのなら仕方がない。時間を置きたくないが、謝るのは次に会えたときにしよう。
ヒイロが誰と特訓しているのかは気になるが、あまり詮索したくないのと時間を費やして第二実技がおろそかになってしまっては協力してくれているみんなに申し訳ない。
ふいにクオンが肩の上で跳ねた。
「アマネも試験に向けて復習しないとな。アイカたちはこれからどうするんだ」
「アイは薬剤師専攻へ見学に行こうと思ってますの。昨日見せてもらった薬が興味深くて」
知識を幅広く貪欲に増やしていこうとするアイカの姿勢はすごいと感心するばかりだ。夏休み中でも一緒にいないときは、図書館で復習したり置かれている本を読んだりと勉強しているのだという。
「はー、魔女の勉強も大変そうなのに薬の勉強までとか、頭がどうにかならないんさ?」
「あなたと違ってより賢くなれますわね」
「なにさ、俺が筋肉バカとでも言いたいんさ?」
いつものようにラキとアイカが急に火花を散らしはじめ、ユカリがうろたえはじめる。
二人がちょっとしたことですぐ睨み合うのは日常茶飯事のようになってきているが、知り合ったばかりのユカリはそんなこと知らないのでかわいそうになってくる。
「二人とも、ユカリさんが困ってるわ。それにこんなところで睨み合ってていいの?」
「……よくはありませんわね。行きましょうユカリさん。アマネもなにか困ったことがあったら言うんですのよ」
「そうさね。いつでも駆けつけられるようにしておくさ」
「ええ、ありがとう」
安堵の表情を浮かべたユカリがそれでは、と会釈したのを最後に、一同は解散した。




