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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第三章「薬剤師編」
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第六十五話

「な、なんさ?!」

「ああ、昼食の時間だからだよ。ちょうどいい、あんたたち手伝っておくれよ」

 ゼンは棚の一番上から深みのある皿の山を下ろし、カウンターに並べていく。枚数からして一匹につき一枚あるようだ。鳴き声は止まず、早く早くと急かされている気がする。

「これもなかなか大仕事なんだ。あ、他の子が自分の皿以外から食べようとしたら止めてくれよ?」

「そう言われても、どれがどの子の皿なのか……」

 手際よくキャットフードをよそわれた皿を渡されたヒイロたちだったが、猫たちの名前なんて知るわけもなく、足元に群がられて困惑する。下手に動いたら転んでしまいそうだ。

 大変そうだと他人事のように傍観していたアマネは、視線を感じて首を巡らせた。

 耳と目の周囲と尻尾が茶色く、他は真っ白な毛並みの一匹の猫が、エサを求めるわけでもなくただじっと見つめてきている。アマネと目が合っても微動だにしない猫の瞳は青空の色をしていたが、どこか無機質のように感じられた。

 観察し値踏みされているような気さえしてきて、目が離せなくなる。

「…………ン……ミン。あんたもちゃんと食べな」

 ゼンがミンと呼んだ白猫を隠すように割り込んだため、はっとして肩の力が抜けた。

《どうしたアマネ》

《……ううん、なんでもない》

 改めてミンの様子を窺うが、盛られたエサを口にしている姿は他の猫と変わらない。目が合って離せなくなったのも偶然だろうと思われた。

「あんた、他に用事があるんだろう?」

「え」

 不意に話しかけられて言葉に詰まる。ミンが食べている様子を見下ろしながら、ゼンは口を開いた。

「さっきから他所事を考えてるだろう。そんな奴に手伝ってもらっても、余計に手間がかかるだけさ」

 ぎくりとしたものの、本当のことなので否定はしない。ヒイロたちは相変わらず猫を相手に苦戦しているようだ。

「猫ちゃんたち、落ち着いてください! ちゃんとみんなの分はありますので。あ、違う子の分は食べちゃ駄目ですよ! っきゃぁ!」

 牽制しようとしゃがんだユカリに、一匹の猫が片手に持っているエサ皿を狙って飛びついた。不意打ちされたユカリは驚いてのけぞり、そのまま仰向けに転倒してしまう。

 同時にこぼれたエサをかぶってしまい、そこへまだもらっていない猫たちが群がる。

「大丈夫ですの?!」

 目を丸くしたアイカが助けに入る。

 後方での事態に気づいているはずのゼンは、ミンの背中をひと撫でするとアマネを一瞥した。

「帰りな。猫の世話に人数は要らないし、すぐに終わる。ユカリにはきつく言っておくから、二度と関わることもないだろうしね」

 言葉の端々に嫌悪感がにじみ出ているのを感じた。やはりこの人数で押しかけてきたのはかなり迷惑だったようだ。

「そうですね、帰ることにします。お邪魔しました」

 軽く一礼し、出入り口に向かう。猫たちの相手で忙しいヒイロたちには、先に学校へ戻ったと、クオン経由で伝えておけばいい。

 後で文句をいわれるかもしれないが、邪険にされているのに居座る必要はどこにもない。

(この時間ならミラ先生も学校にいるんじゃないかしら)

 ドアノブを押し下げて引き、外に出ると熱気に包まれた。日が高く昇ったことで気温もだいぶ上がってきていたらしい。日傘を差す人も増えている。肩越しに店を振り返るが、誰かが出てくる気配はない。

 アマネは来た道を遡り、学校へと足を向けた。

(なにがなんでも、あの言葉の真意を聞かなければ)

 ミラと白の魔女に繋がりがあるのか否か。それ以前に、なぜアマネがソウランの悲劇の当事者だと知っているのか。

(理事長が話したのかしら。でもキシナ先生は知らない様子だったし……)

 編入して数ヶ月しか経っていないが、目元に隈がはっきり浮かんでいても疲れていることはばれてないと思っているほどに、ごまかしや嘘をつくのが苦手なタイプだ。ばれて困ることを理事長は話しはしないだろう。

 学校からそう遠くない距離にカヴァイがあったので、考え事をしながら歩いていれば、すぐに白亜の校舎が見えてきた。本日二回目の学校だ。職員室へ向かうために昇降口をくぐると、前方から風が吹き抜けた。

「あら、アマネさん。ちょうどいいところに」

 正面に広がる中庭からミラが歩いてきたところだった。さっそく接触できたどころか、避けられていたはずの向こうから話しかけられるとは。

 片手に四角い包みを持っていたことから、昼食でも取っていたのだろうか。

 チャンスだとアマネも歩み寄り、口を開く。

「ミラ先生。私も少し聞きたいことがあるんです」

「そうなの? でもごめんなさいね。私があなたを探していたのは、理事長が呼んでいたからよ」

「……理事長が?」

 ようやく話が聞けると思ったのに、タイミングが悪い。本当に呼ばれているのか、それともこの場をごまかすための嘘なのかは分からないが、理事長を無視すると後で厄介なことになるのは目に見えている。

 ため息をつきたくなる気持ちを抑え、理事長の居場所を尋ねた。

「ええ、今なら理事長室にいると思うわ。さ、いってらっしゃい」

「………………分かりました。失礼します」

 渋々頭を下げたアマネは、にこやかに手を振られながら理事長室へと身を翻す。

「ふふ、いつでも平静に装えないうちはまだまだね」

 皮肉交じりの呟きは誰の耳にも届くことなく消えていく。そしてぱたぱたとかけてくる足音を耳にしたミラは、昇降口を見やって笑みを浮かべた。

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