第六十二話
遅れて他のみんなもぞろぞろとついてくる。玄関から回っていくと少し遠いが、保健室は一階で外からでも上がれるよう縁台が設けられていたはずだ。誰かしらいて鍵が開いていればいいのだが。
「大丈夫ですかー?!」
校庭と校舎の間にある道路に差しかかったところで、一人の少女が駆け寄ってきた。一秒でも早く保健室へ行きたいのに、進行方向に立たれてしまい仕方なく足を止める。
紫のおさげ髪を揺らし、軽く息を切らしていた。丸めがねの奥にあるこげ茶の瞳が心配そうに見つめてきている。制服をきちっと着こなしていることから、真面目な性格なのだろうということが窺えたが、急いでいるので邪魔をしないでほしいという本音が喉元までせり上がる。
「あの、これから保健室へ行くところなので」
「失礼します」
「おわっ」
目の前にいた女学生はアマネを素通りしてヒイロの頭に手を伸ばした。ぐいっと顔を近づけて目を凝らしている。女学生の方が背は低いので、自然とヒイロはうつむいた体勢になっていた。
「軽く切ってしまったみたいですね。頭は血管が密集しているので出血すると予想以上の量に驚いてしまうんですよね……すぐ手当てしますから」
そういうと女学生は肩に提げているカバンから応急セットを取り出し、てきぱきと手当てをしはじめた。その手際のよさは学生とは思えないほどで、止める間もなくあっという間に止血され薬を塗られ、包帯まで巻かれてしまった。
「ひとまずはこれで大丈夫です。今日は保険の先生いないので、私の師匠に診てもらった方がいいですね」
「は……あ、どうも……」
勢いに押されてされるがままだったヒイロは、状況に追いつけていないのか言葉の歯切れが悪い。それにどことなく顔が赤い気がする。
「…………あ、し、失礼しました! 私ったらまた……いきなりこんなことして」
我に返ったらしい女学生が今度は両手を頬に当てて慌てはじめたので、冷静さを取り戻してきたアマネがそっと声をかける。
「あの、ヒイロの手当てをしてくれてありがとう。まぁ、びっくりはしたけれど……魔女騎士科一年のアマネです」
声をかけられてぴしっと姿勢を正した女学生は、ずれたメガネを直して軽く会釈をする。
「少しでもお力になれたのならよかったです。私、薬剤師専攻二年のユカリと申します」
ユカリと名乗った学生は、一つ学年が上にも関わらず、敬語で話してきた。もしかしたら敬語が素のかもしれない。
言われて初めてスカートの色が濃い緑色だということに気がついた。スカートまたはズボンは学科ごとに違い、見分けられるようになっている。ちなみに魔女騎士科は薄灰色だ。
薬剤師専攻の校舎は魔女騎士科よりも奥にあり、塔のような円柱の形をしている。そこでは更に細かな分野があり、教師と生徒の合同で実験をしているのだとか。
アマネに続きそれぞれ簡単に名乗ったところで、ユカリがじっとヒイロを見つめる。
「……やはり、師匠に診てもらいましょう。消毒と止血は大丈夫だとは思いますが、あくまで応急手当だし、まだ学生なので。では、ご案内しますね」
来た道を戻りはじめたユカリに対し、ヒイロは申し訳なさそうにしている。
「いや、大丈夫だと思うんだけどなぁ……」
「どうせ病院に行くのだから、ユカリさんの師匠に診てもらっても構わないでしょう。まさか、このままトレーニング再開するつもりじゃないわよね?」
睨みつけると唸ったまま沈黙したので図星だったようだ。大きく溜息をついて腕を引っ張り、渋るヒイロを引きずりながらユカリを追いかける。
「俺たちは、どうするさね」
「もちろん、心配なのだからついていくに決まってますわ!」
「そうだね、私の魔導書のせいでもあるし……」
遅れてラキたちも歩き出し、校庭を後にする。
誰もいなくなった校庭では、風に吹かれた魔導書が灰となって少しずつ空へと散っていった。




