第六十一話
「……っ」
無意識に助けを求めてはいけないのだと決めつけていたことに気づき、言葉が詰まってなにも言えなくなる。ソウランの悲劇のときは守らなくてはいけない側で、自分でなんとかしなければいけなかったから。
「早く、来い!」
手を差し出されてはっとし、慌てて手を伸ばす。つかみかけたそのとき、砂とともに巻き上げられた小石がヒイロのこめかみ辺りに直撃した。怯んだ一瞬で押さえ込んでいた大剣が持ち上げられ、ヒイロの姿が竜巻の向こうに消える。
「ヒイロ!」
《俺は大丈夫だ。それより早くなんとかしないと》
《……そうね。クオン》
《おう、やーっと呼んだか。大丈夫って言っておいてこれだもんな。で、どうすんだ?》
待ってましたと言わんばかりだ。いや実際待っていたのだろう。嫌味を口にしながらも心配してくれるクオンの声音に落ち着きを取り戻す。
分身であるクオンが冷静でいるのだから、なんとかできないわけがない。
《ごめんなさい。大剣になってヒイロと待機していて。竜巻が乱れたら叩き斬ってほしい》
《おい、中にアマネがいたんじゃ、俺は》
焦って声を上げるヒイロは、怪我をさせてしまうんじゃないかとか、暴走した魔法でアマネがどうなるのかと不安なのだ。
アマネは一度深呼吸をし、口元に笑みを浮かべた。
《大丈夫よヒイロ。だってこれは私が発動させた魔法だもの。暴走させてしまったけれど、それでも御しきるのが魔女ってものよ。信じて》
《…………分かった》
渋々だが了承してくれたことに感謝する。視界はとうに砂嵐の壁しか見えなくなってしまっていた。唸る風の中、少し息苦しいが、やるしかない。
足元で燃え盛る魔導書を見下ろす。
「……さっさと押さえ込んで、ウタやみんなに謝らないと、ね」
両膝を着き、魔導書に両手をかざして魔力を集中させる。
(魔導書の中の魔力がリューカンの影響で円を描き続けさせられ、途絶えなくなっているのね。それがまた、リューカンの力を増大させている)
アマネは逆回転になるように魔力を流し込んでみた。押し返されそうになるのをこらえていると、魔力の流れに乱れが生じはじめる。燃え盛る炎も少し弱まったようだ。
(いける。このまま魔導書を止められれば、自然に魔力が尽きてリューカンも消えるはず)
手のひらに集中させた魔力をぶつける。
「止まれ!」
容赦のない魔力の塊により、炎が霧散する。アマネを閉じ込めている竜巻が左右に大きくぶれた。
《ヒイロ、クオン! お願い!》
《おう、伏せてろよ!》
一拍置いて風が荒れ狂い、光が射し込んだ。見上げると切り離され勢いを失って消えていくリューカンと、青い空が目に映った。
魔力の供給を絶たれたリューカンは、最後にそよ風となってアマネから離れていった。眩しさに目を細めて手をかざすと同時に、リューカンの中心部は随分と薄暗かったのだと自覚する。
「アマネ! 大丈夫か!」
振り返るとヒイロを筆頭にみんなが駆け寄ってくるところだった。アマネは足を向けながら頷く。武器化を解いていち早く合流したクオンが、肩の上に飛び乗る。
「ええ、大丈夫。こんなことになってしまって、ごめんなさい」
「アマネが無事なら気にしないさ。試合ならいつでもできるさね。それにしてもあれはやりすぎさ」
怒られるどころか苦笑されてしまった。幼少時に発生した火事を止めるため、魔法で雨を降らせて倒れたことを思い出させてしまったのかもしれない。
「みんな怪我はしてない?」
「ラキくんが守ってくれてたから、私たちは大丈夫だよ」
「まったく、大きな魔法を使えるのはすごいことだけれど、暴走させてしまうなんてまだまだですわね!」
何度も頷くウタも腕を組み悪態をつくアイカも、言動は異なるが端々から心配していることが伝わってくる。
「少し調子に乗ってたのかもしれないわ、ごめんなさい。せっかく作ってくれた魔導書も……」
地面を見やると、真っ黒焦げになってしまった魔導書がかろうじて形を保っている状態だった。手を伸ばし拾ってみるものの、灰と化した部分から崩れて風に飛ばされていく。
「これまた見事に燃えたねぇ。でもアマネちゃんが使ってたのは風系統魔法だったよね?」
「ええ。おそらくだけれど、暴走していたときに、魔法の影響なのか魔導書の中の魔力が回転し続けていたの。それで消費しきることなく増え続けたから、魔導書が抱えられる魔力量を超えてしまったんじゃないかしら」
「ふむふむ、なるほど。課題は容量か。あとは魔法の影響下を視野に入れつつ……」
ウタは黒焦げになった魔導書を眺めながらノートを開き、ペンを走らせはじめた。ただ使えなくなったでは済ませない、ウタのぶれない姿に感服する。
「ヒ、ヒイロくん! 血が出てますわ!」
悲鳴に近いアイカの声に驚いて振り返ると、目を丸くするヒイロのこめかみ辺りから血が伝っていた。怪我の場所から、最初リューカンに割り入って手を伸ばしてくれたときのことがフラッシュバックする。
「……ほんとだ。でもそう深くないみたいだ」
触れた指先が赤く濡れたことに驚いているようだが、どこか他人事のような冷静さにアマネは顔をしかめた。
「だからってそのままにするわけには行かないでしょ。手当てしないと!」
「分かったって。そう引っ張るなよ」
気づけばヒイロの手を引き、校舎を目指して足早に歩きはじめていた。痛がるそぶりはないのでたいした怪我ではなさそうだが、自覚がないだけかもしれない。
(手遅れになる前に……!)
「落ち着けアマネ。心配しすぎだって」
クオンに諭されても気が逸ってしまい、速度を緩める気にはなれなかった。




