第六十話
ヒイロを守るクーヘキが貫かれた瞬間、心臓が止まる思いをした。体が勝手にカザタマを作り出していて、打ち出したことに気づいたときは、その加減のなさにラキに怪我をさせてしまうのではと蒼白になった。
そんな恐れはいとも簡単に切り伏せられてしまったが。
《……ヒイロ、怪我は?》
《大丈夫だ。援護ありがとな》
《おい、俺も教えてやっただろ!》
《ああそうだったな。助かった》
ヒイロたちの無事に安堵したアマネは、今起きたことを落ち着いて思い返す。
ブレスレットはウタの試作品のようだ。授業の課題とアマネの試作品の他にも作っていたとは、ウタの加工技師としての熱には恐れ入る。
ちらりと魔導書を見下ろすと、表紙はヒナタの爪で少し傷がついていた。無意識に放ったカザタマは魔力の制御なんてしてないわけで、足元では魔導書から抜け落ちたページが魔力に耐えられず半分以上焦げている。
(…………この試合で、使い物にならなくなってしまいそうね)
後でウタに謝らなければと、アマネはこっそり息をついた。
ヒイロを追い込んだタマヒはラキの背後に迫っていた。ラキがまた避けるだろうと思っていて、そこまでは予想通りだったことと不仲なことから、連携という可能性に至らなかった。
(いえ、単なる言い訳に過ぎないわね。常にあらゆる可能性を考慮しながら戦わなくては)
後衛であることが主な魔女は、状況を把握し最良のサポートをしなければならない。
再び鍔迫り合いをしはじめた騎士二人とアイカの様子を窺いながら、アマネは魔導書に魔力を込めた。
(カザタマも撃てたし、せっかく外で試合しているんだもの。室内じゃ使えないような魔法をやってみようかしら)
加減なしのカザタマを防がれたのだから、大丈夫だろう。これは真剣な試合であり、遊びではない。強くなるための研鑽。
防御に徹し続けるつもりもない。
(戦況を変える魔法……ちまちまじゃダメ。もっとこう、どわっと……)
何気なく仰いだアマネは、視界いっぱいに広がる青を見つめて目を細めた。
(そう、果てしない空のように……高く圧倒的な)
詠唱をするまでもなく呼応した風たちがアマネの周囲に集い、円を描くように砂塵を舞い上げる。
《お、おい、アマネ? 久々に暴れたい気持ちは分かるけどよ》
《大丈夫よクオン。それに、これくらいしないと二人の動きを止められない!》
「舞い集い、天の御柱をここへ示せ――リューカン!」
魔導書を天に掲げると同時に、ゴォッという音とともに集っていた風が舞い上がった。小さな風の渦は周囲の空気をも巻き込み、アマネを中心にどんどんと巨大化していく。
「なっ、なんですのあれは!」
声を上げたアイカのタマヒが止んだ。金属音もしなくなる。みんなアマネの作り出した竜巻に注意がいっている。
《離れてヒイロ。でかいのが行くわよ!》
《お、おお!》
いち早く距離を取ったのを確認したアマネは、掲げている魔導書を振り下ろして魔法が向かう先を差し示す。
しかし竜巻はその場から微動だにしなかった。
「え、どうして……向こうよ! 向こうへ進みなさい!」
再度腕を振り下ろすが、動き出す気配が一向にない。
《どうしたアマネ。やめるのか? アイカたちがいつ動き出すか分からないぞ》
待機しているヒイロが声をかけてくる。
《やめるつもりはない。けど魔法が、従ってくれないの。それどころか……》
思った以上にゴウゴウと音と勢いは増していき、手を伸ばすと勢いよく弾かれてしまう。
これでは竜巻の外に出ることも叶わない。気づけばヒイロたちの姿も、巻き上げられた砂のせいで視認しづらくなってきている。
《……弱まるどころか、勝手に発達していってる。制御、できない》
《は? 制御できないって……分かった。なんとかするから、ひとまず脱出できるか?》
もう一度手を伸ばしても同じように弾かれて、とても脱出できそうにない。
《駄目。勢いが強すぎて弾き戻され……熱っ》
針に刺されたような鋭い痛みが手から腕にかけて駆け抜け、腕を引っ込めると同時に魔導書が地面に落ちた。青く涼やかだった表紙が赤みを帯びている。
拾おうとして触れるも、焼けるような痛みで魔導書に手を出せない。ぎりぎりまで両手のひらを近づけて魔力を押さえ込もうとしてみるが、別物のようで思うようにいかない。
終いにはボウッと丁寧に縫い上げられた刺繍から炎が上がってしまった。
リューカンは、完全にアマネの手を離れて暴走してしまっている。
このままでは近くにいるヒイロたちまで巻き込んでしまう。
《…………魔法が、解けない。暴走してどんどん大きくなっていってる。危ないからみんなと避難して》
《は? 俺たちだけ避難して、お前はどうすんだよ!》
声を荒げられてアマネはしまったと唇を噛んだ。こうなるとヒイロは簡単には引き下がらない。
《なんとかする。お願いだから、ヒイロはみんなと》
言い切る前に突然、目の前に黒い影が近づいてきた。風がなにかに遮られ乱れる音がする。風の壁の向こうに、赤が見えた。大剣の切っ先が、少しずつ出てくる。
「逃げろ、じゃ、ねぇ!」
大剣により風の壁を突き破ってできた、その僅かな隙間から赤い瞳が真っ直ぐ向けられる。
「力を貸してくれって、言えよ!」




