第五十九話
「あのー、そろそろ三分経つんだけど両方とも大丈夫かな?」
困り顔でそろそろと手を挙げるウタに、アマネが代表して頷く。
「こっちは大丈夫よ」
「ええ、いつでもはじめてくださいな」
「うん、まぁ、どうとでもなれ、さね……」
杖を振り上げてやる気満々のアイカに対し、折れたのは肩を落としているラキのようだ。
(作戦会議ははかどらなかったみたいね。まぁあの二人のときは、うまくいった試しがないんだけれど)
互いに別の人と組んだときは何事もないのに、なぜかあの組み合わせになると決まって口論になる。互いの主張があっても擦り合わせて協調していくのがアイカの強みだというのに。
(まぁ私も少し前まで敵視されてて、そのときも口論にはなったけど……)
「じゃあ試合をはじめるね! 勝敗はどちらかが降参したときか、私がストップって言ったとき。それでは、試合開始!」
合図と共にヒイロが前に出る。しかしすぐ向かっていくわけではない。大剣を構えたまま相手の動向を探る。アイカはその場で呪文を唱えはじめ、ラキが双剣を手に駆けてきた。
ヒイロがラキの相手をしている間に、アマネもその場で魔導書に魔力を流し込んでみた。魔力は下から刺繍をなぞるように浸透し、本全体が淡く発光する。
(何度も試作品を作ってもらっているから、魔導書だろうが魔力の馴染む速さが段違いね)
ページの隙間から風が溢れていることに気づき、開いてみた。
ぶわっと風が舞い上がり、髪をたなびかせた。収まりきらない魔力が風となって溢れだしているようだ。
《大丈夫かアマネ》
《ええ、さっそく魔法を使ってみるわ》
「我らを守る壁と成れ――クーヘキ!」
短く唱えられた呪文が指示となり、風がまとまってヒイロとアマネの周囲を取り巻く壁となる。ヒイロめがけて振り下ろされた斬撃も、風の壁に弾かれる。
「もうクーヘキとか、ほんと厄介さね」
「邪魔ですわ、ラキ! 火球よ、邪を燃やすつぶてと成せ――タマヒ!」
「ちょっ」
顔を引きつらせたラキの背後からいくつかの火球が飛んでくる。ヒイロは大剣を盾状にして冷静に受け流し、アマネもクーヘキでかき消した。
慌てて回避したラキが危ないさね!と眉を吊り上げる。
「わざわざ、避けられるようにしたんですのよ。さぁ、どんどん行きますわよ!」
そう言うとアイカは雨を降らせるかのごとく、次々とタマヒを降らせてきた。地面に落ちたタマヒは弾けるように火の粉を散らして消えていき、小さな焦げ痕を残す。
ヒイロはクーヘキに守られているので、まずタマヒが当たることはない。しかしラキは避けながら攻め込む必要があり、右へ左へと急がしそうだ。隙ができたと思ってもタマヒに邪魔をされることが何度かあった。苛立っているのが離れていても伝わってくる。
(味方の邪魔にしかなってないことは、アイカも分かっているはず。狙いは、なに?)
クーヘキに守られながらアイカを探っていたアマネは、未だに降り注ぐタマヒの中のひとつに違和感を覚えた。
(あのタマヒだけ、少し大きいような。形も、魔力も……)
アマネに向かって落ちてくるタマヒを凝視していると、きらりと光る眼と視線が合った。
「あ、れは……っ」
違和感がなにかを理解すると同時に、クーヘキを怪しいタマヒにぶつけて相殺を図った。しかしタマヒは爪を備えた前足を振りぬき、クーヘキに穴を開けた。一回転しながら穴をくぐり、鋭利な爪でアマネを狙う。
「……っ!」
熱気が霧散し、ガガッとすぐ真上でぶつかる音がした。とっさに手にしていた魔導書で頭を防御したアマネは苦笑いを浮かべる。
「やるじゃないの」
「ふふ、でも残念。アイカと一生懸命考えたのに」
残念と言いながらも、赤い猫の目は笑っている。
タマヒに紛れ込ませてヒナタを送り込んでいたのだ。いや、熱を感じたから、ヒナタにタマヒを纏わせて一緒に打ち出したのかもしれない。
(まったく、面白いことを考えるんだから)
すぐさま魔法を使う気配を見せると、ヒナタは素早く後退しアイカの元へ戻っていった。
(なんとか退けたみたいだな)
ヒナタの奇襲によってアマネのクーヘキが割られたときはひやりとしたが、大丈夫だったようだ。ヒイロたちの横をヒナタが駆け戻っていく。
「余所見なんて、随分と余裕さね!」
視線を戻すと同時に目の前で赤い閃光が弾けた。クーヘキ越しでも熱気が肌を刺激し、視界が白く染まる。軽いめまいを覚えて反射的に目を閉じてしまった。
(くそっ、アイカのタマヒか!)
《目ぇ開けろ上だ!》
クオンに叱咤され、見上げながら無理やりまぶたをこじ開ける。跳躍した人影が、双剣を逆手に持ち替えて突き立ててくるところだった。
「……っ!」
後退するもふらついていたため間に合わず、双剣が勢いのままクーヘキを貫いた。紙一重のところで刃は通り過ぎ、僅かに制服が切れる。
(なっ、さっきまで弾いてたのに!)
「ヒイロ!」
焦った声と共に後方からカザタマが飛んできた。剛速球並みにラキを狙って放たれたカザタマだったが、双剣の手数の多さにあっさりと切り伏せられる。
均衡が乱れたクーヘキは霧散してしまった。援護のおかげで距離を取れたヒイロは、してやったり顔のラキを睨みつける。
「……………………そのブレスレット、試合前はつけてなかったよな」
ラキの左手首には、見覚えのない青い紐のブレスレットがつけられていた。よくよく見ると、赤い石が紐に通されている。
「よく気がついたさね。これは魔力を増幅させる魔道具。これによって何重にも補助魔法をかけられるんさ」
「市販でも売ってたんだけど、いまいち仕組みが分からなかったのよね。紐の中を何度も巡ることで、魔力に勢いがつくのか。なるほどなるほど……」
途中から独り言になっていったウタは、生き生きとノートにペンを走らせている。腕を持ち上げてブレスレットを見下ろしたラキは、大げさに肩をすくめてみせた。
「なんか、実験体にされてたみたいさね」
「ブレスレットのこと、対戦相手にバラしてよかったのかよ」
「構わないさ。隠したままなんて卑怯な手は使いたくないんでね」
「あーそうかよ」
一日更新が遅れてすみません……。




