第五十八話
《アマネは今回どうしたい?》
《そうね、この魔導書との相性をみたいから、最初は動くのに少し隙が出てしまうわね》
ウタの言う通り、アマネは魔法具として魔導書を使ったことが一度もなかった。転生したからには前世とは得意不得意が違うかもしれないと様々な魔法具を一度は試したが、魔導書だけはどうしても手に取る気になれなかった。
――魔導書は親友が好んで持ち歩いていたものだったから。
《なら俺が前に出た方がいいな。向こうも基本形態ならラキが出てくるだろうから》
女は後方で騎士の補佐をしながら戦うのが基本だ。必ずしもそうでなくてはいけないわけではないし、授業を含め試合も何度かしているとはいえ、向こうがどう出てくるかはそのときまで分からない。
《お願いするわ。ラキは手数が多いからクーヘキでサポートしつつ、狙ってみる》
《おう、頼んだ。なにかあっても念話できるしな。そのときそのときで変えていこう》
《武器はどうする? 呼ぶ?》
《おいおい、俺たちだけ使い魔の武器じゃ不公平だろ》
ヒイロに問いかけたのに、すぐさまアマネの使い魔クオンが念話で割り込んできた。
ヒイロが腰に手を当てて首を傾げる。
《向こうだって、ヒナタを召喚するかもしれないだろ? そこまで不公平じゃないと思うけどな。それに公平さを求めていたら訓練にならない》
ヒイロの念話も最初はうまくいかなかったが、日々の練習を重ねたおかげでだいぶスムーズになってきていた。今回の作戦会議は練習を兼ねてもあるが、作戦内容を聞かれないよう念話で行っていた。
ちなみにヒナタとは朱色の毛並みで尻尾が二又になっていることが特徴の、猫の姿をしているアイカの使い魔だ。使い魔の参加の可否を決めてはいないので、参戦させる可能性は十分にある。今回は試合とはいえ、実戦では実力差がある中で戦わなければいけないときが再び来るかもしれない。
港町ナギナミで苦戦していたことは記憶にも新しいはずだ。そのことをクオンも分かっている。
そして念話だけで姿を見せない理由も、アマネには察しがついていた。
ナギナミで苦戦したとはいえ、クオンが参戦すればすぐに勝敗がついてしまう。ヒイロは公平さを求めていたら訓練にならないと言っていたが、むしろその逆だ。クオンが参戦すれば、勝敗がすぐについてしまうだろう。アマネは自身の魔力に耐えられる魔道具を持っていないので全力を出せないが、クオンは違う。本来の姿のクオンや武器化したクオンと戦うのは、例えるならばアリがゾウに挑むようことと同じことだ。それをクオンも気づいているのだろう。クオンは手加減が苦手だと自負しているので、尚更だ。
アマネは苦笑しながら、冗談まじりでクオンに話しかけた。
《いいわ、クオンはそのまま試合を見ていて。日に焼けたくないものね》
《は、はぁっ? そそそんなことねーし。あのーだな》
校庭沿いに植えられている木々を見やると、一番近い木の枝の上で飛び跳ねているクオンの姿を確認できた。生い茂る葉の屋根のおかげで涼しそうだ。アマネの視線を追ったヒイロもすぐにクオンの居場所に気づき、意地の悪い笑みを浮かべた。
《あー、確かに焼き鳥になるのは嫌だよな。じゃ、アドバイスあったら教えてくれればいいや》
《誰が焼き鳥だコラァ! 辛口指導してやるから覚悟しろ!》
怒りはすれど否定はしないクオンが微笑ましくて、思わず笑いがこぼれる。
方向性がさっさと決まったところで相手の様子を見やった。実は話し合っている間もずっと耳に届いていたのだが。
「アイカたち、毎回懲りないよなぁ」
「ええ……大丈夫かしら」
思わず心配してしまうほどに険悪な雰囲気で、アイカとラキは口論していた。
作戦会議は三分しかない。限られた時間でどのように優位に立ち続けるのかを、目の前の男と話し合って決めなければならなかった。
「さて、今日こそ勝ちますわよ!」
「そうさね。アイカは支援を頼むさ。俺は前に出てヒイロと」
「ちょっと待ってくださる? あなたばかり仕切らないでほしいですわ」
偶発的に試合をすることになったとはいえ、アマネに負けないように考えた作戦がいくつも用意しているのだ。一方的に決められては試すことができないではないか。
「仕切るもなにも、魔女が後ろなのは基本さね。武器も制御装置がついているとはいえ、当たるとけっこう痛いんさ。だから下がってた方が」
「あら、なめないでくださる? 多少の痛みくらいどうってことないですわ」
ラキの双剣を見下ろしてふん、と鼻を鳴らす。騎士候補の武器も青い石がついたリング型の制御装置をつけることが規則になっているが、それは魔女見習いの魔法具とて同じ。魔法だって当たれば無傷ですまないものもある。魔法の発動に失敗することもあるわけで、痛みには多少の耐性はあるつもりだ。
大丈夫だといっているのに、ラキは眉根を寄せたまま引き下がろうとしない。
「どうってことないかもしれないけど、あんたは」
「とにかく、アイも前に出て戦いますわよ!」
「だーっ、もう! 最後まで話を聞くさね!」
頭を抱えるラキを無視して、アイカは愛用の魔法具の杖を用意する。毎日一日の終わりに手入れをしているので、手持ち部分の赤いリボンも緩みなく巻かれている。そして今日も輝かしい金色の中に自分の顔が反射して映りこんでいた。
(フウが見ていてくれるんですもの、いつまでも負けてなんていられないですわ)
杖の先端にある王冠の中に守られた赤い石を見つめる。
今はもういない友人。彼女のような被害者を出さないためにも、もっと強くならなければならない。
(それこそアマネを、金の瞳を超えなければいけませんのよ)
実力は同学年で二番目になってしまったが、クラス内では同じ魔女見習いたちに頼られているリーダーでもある。情けない姿を見せ続けていなくない。
(今日こそは、せめて、一発くらい当ててやりませんと)
闘争心が抑えきれなくなり、自然と杖を握る手に力がこもっていた。




