第五十三話
土煙が収まりを見せると、大剣から使い魔の姿へと戻ったクオンの姿があった。
おそらくスズが巨大化して攻撃を受けたあと、少しでもヒイロとラキの衝撃を和らげるために、大剣から本来の姿へと戻ったのだろう。その証拠にヒイロとラキは擦り傷や切り傷はあるものの、意識は失っていない。呻き声をあげながらも、クオンのお腹あたりで状況を確認していた。
そして状況を確認するなり、ヒイロが瞬時に青ざめている。どうしたのだろうか、と疑問に思う前にヒイロが声を上げた。
「お前、この血の量なんなんだよ!! なんで、こんな怪我してまで……」
よく見ると、クオンの前右足を中心に真っ赤な血だまりができていた。なぜ壁に衝突したのに、前右足を怪我しているのだろうか、と周囲を見ればすぐに分かった。クオンの前右足近くにスズの角が片方折れていた。アマネからは見えなかった土煙の中で、スズが二撃目を放ったのだろう。その攻撃を跳ね返し、尚且つダメージを与えた対価がクオンの前右足というわけだ。
使い魔はいくら傷を負っても、魔女が死なない限り死ぬことはない。もちろん時間はかかるが、完全治癒も可能だ。だからこそクオンは前右足を犠牲にしてまでヒイロたちを守り、ダメージを負わせたのだろう。
(クオンの馬鹿っ!)
言葉にはしないが、心の中でクオンを叱咤する。ヒイロを助けるために怪我をしたんじゃ意味がないではないか。アマネは決してそんなことは望んでいなかった。
けれど当の本人はけろっとした表情をしていた。
「お前が死んだら、またアマネが傷つく。……オレっちはもう、あんなアマネの姿を見たくない」
それは小さな呟きだった。しかしそれは不思議とアマネの耳まで届いた。
(っクオン……)
そんなクオンの本音に、クオンと揃いの瞳が涙で潤みそうになる。まだフヨウとスズを倒していない状態で、泣いてはいられないと腕で乱暴に瞳をこすった。
「それでもお前が傷つけば、アマネは傷つくんだぞ。それにまた、ってどういうことだよ……」
「そんなのっ…………言えない、オレっちが言えるはずがないだろ。というより、今はこんなこと話してる場合じゃない。さっさとスズを倒すぞ」
当時のことを思い出したのか、クオンは一瞬痛そうに顔を歪める。そして話題を変えるように、片方の角を失ったスズを睨みつけた。
「アマネ、こっちは気にするな! お前はボブのことだけを相手にすればいい」
「けどその怪我じゃ」
「大丈夫だ。こっちには坊主二人がいる、どうにかなるさ。それにボブを倒せばスズは消える」
クオンの決心は硬く、アマネの参入を拒んでいた。実際、アマネもフヨウの相手をするだけで手いっぱいなのが現状だ。だから自身の意見を押すことができないでいた。
「大丈夫、さ」
そんなアマネに、クオンに庇われたラキが声を上げる。立ち上がる際によろめいてはいたものの、両手にはしっかりと双剣が握られていて、瞳に宿る闘志もまだ消えてはいなかった。
「俺たちはアマネを信じる。だからアマネは俺たちを信じてくれ」
「……分かったわ。皆を信じる」
仲間を信じると決めた。だからクオンたちの言葉を信じて、フヨウへと向き直る。アマネが今やらなければならないことは、クオンたちを心配することではない。フヨウを倒してミツバとアイカを助けることだ。
アマネは魔法具のある胸元、そして耳元へ順に手を当てていく。弱い魔法だから負担が少ないとはいえども、蓄積はされていく。ネックレスの魔法具はもってあと数回といったところだろう。もしくは大きな魔法を放つなら、放てるのは一度だと思っておいた方がいい。
フヨウは幻覚系の魔法以外で初めて突破されたのが余程悔しかったのか、やたらと長い詠唱を唱え始めていた。フヨウの隣にはぐったりとした様子のアイカ、そしてアマネの後ろには触手に掴まったままのミツバがいる。
水鏡という対抗手段を思いついたが、それは向かってくる相手を弾き返すものであって、攻撃自体を無効にできるわけではない。だからミツバを拘束している触手には効果がない。
それにミツバの体力も限界に近付いてきているだろう。なるべく早くフヨウを倒すには、やはり大ダメージを与える魔法がいい。
「ヨウ、あなたの力を貸してちょうだい。ミツバを助けたいの」
触手に拘束されて、苦しげな声をあげるミツバの肩にいるヨウに声をかける。ヨウはどうにか触手を取り除こうとしていたようだが、攻撃が聞かずその愛らしい顔はどこか青ざめていた。
「ミツバが助かるならば、助力は厭わない」
「ありがとう。私は今からフヨウに大きな魔法をあてるわ。だからヨウはミツバをその攻撃の余波から守っていてほしい」
「……それだけでいいのか?」
「それだけで十分よ。ただそのことに関しては全力を注いでちょうだい」
「承知した」
ヨウはミツバの周囲に緑を生い茂らせていく。蔦と葉がミツバの姿をアマネから見えなくしてしまった。
(なるほど。ミツバは自然を操る魔女なのね)
本人はまだ気づいていないようだが、使い魔がこれだけの緑を操れるのなら間違いない。使い魔は魔女の魂の片割れなのだから。自身が魔女となるための魔法はミツバ自身が気づかなければ意味がないから、アマネやヨウが教えることはできない。けれどミツバならいつかそれに気づくことができるだろうと、アマネは信じていた。
アマネは視線をフヨウの横にいるアイカへと移す。そして今できる一番強いクーヘキをアイカへ張った。これから行う魔法にこのクーヘキがもたない可能性の方が高い。けれど張らないよりは断然ましだ。
《クオン、今から特大の竜巻を起こすわ。だからなるべく気をつけてちょうだい》
《……おい、まさかあれをやる気なのか?》
クオンへ心の中で話しかければ、一拍間を空けて返事が返ってきた。
《だって他にいい方法が思いつかないんだもの》
《だってじゃねぇよ。建物倒壊させる気か!!》
《……半壊まででどうにか抑えるわ》
《そういう問題じゃねぇよ!!》
クオンの叫ぶ声が直接脳に響き、思わず眉を寄せてしまう。ヒイロが割り込んでこないのは、まだ心の中での会話をしたことがないからだろう。けれど内容は全て聞こえているはずだ。
《まあ、そういうことだから。ヒイロも念頭に置いておいてくれと助かるわ》
クオンがなにか叫んでいるようだが、あいにくそれに一々応える時間の余裕はない。フヨウはまだ詠唱をしているが、もうすぐ終わってしまうからだ。それが終わらないうちにアマネも詠唱しはじめた。
「空を漂う風よ、大地を、海を、天を掻き乱せ――シップウジンライ!!」
詠唱は長ければ強い、という訳ではない。確かに長ければ長いほど、魔法の威力が大きくなるのは確かだ。けれどイメージが上手くできて、尚且つ魔力を上手く練り込むことができる方が威力は何倍にも膨れ上がる。
――疾風迅雷、非常に強い風と雷を合わせ持つ魔法。
きっかけは一つのそよ風。そよ風に魔法を添えて、それを次第に大きくしていく。目にも見えそうな巨大な風の竜巻は、風同士が擦れ合うことによって、ぱちりぱちりと静電気を起こしだした。それがいつしか強力な電気となって竜巻にまとわりつく。
普段ならこれで攻撃に移すところだが、出来る限り威力はあげておきたい。そのために、ナギナミならではの立地を使用することにした。最初に魔法を起こす場所を別荘近くの海辺にし、海水を風と雷に巻き込んでいく。
そうして互いの声も聞こえないほど巨大な竜巻を作り上げた。作り上げた段階でネックレスは弾け散った。ピアスの方もピシリとヒビが入り、あと数分もしないうちに今までの魔法具と同じ道を辿るだろう。その前に少しでも、とクーヘキの防御力を上げておく。
「いっけぇぇえ!!」
シップウジンライが別荘をどんどん壊していく。そして壊していく端からその瓦礫を呑み込み、威力を増していった。
フヨウも詠唱が終わったらしく、フヨウの周囲に数えきれないほどの鏡が姿を現した。そこから人型の靄が這い出てくる。まるでゾンビ集団のようだ。幻覚魔法は天空魔法を遮るすべをもたない。一体フヨウはシップウジンライをどう対処するのだろうか。アマネからしても、今回使用したシップウジンライはかなりの威力を誇る。下手を打てば即死でもおかしくない。
けれどフヨウの顔に焦りはなかった。むしろその瞳には喜びが見てとれた。
(え……?)
どうしてフヨウがそんな笑みを浮かべたのか、疑問が湧きがる。けれどそれが解決する前にすさまじい音を立ててアマネの魔法が、フヨウに直撃した。




