第五十話
「皆、覚悟はいい?」
目的の位置へ辿り着き、タイミングよく皆で乗り込むために声をかける。
「おうよ!」
「あいさ!」
「も、もちろんです!」
三人それぞれの返事がきたところで、アマネはあらかじめ作っておいたカザタマを窓ガラスへ放った。周囲にあった窓ガラスやアマネの魔法を阻害する魔法どころか、一室の壁そのものが破壊された。その破片や瓦礫はクオンの結界によって、アマネたちに当たることなく地面へ落下していく。
アマネたちが別荘内へ入りやすいように、クオンは背を別荘へと近づけた。誰もが無事に別荘内へ降り立ったことを確認すると、クオンは元の大きさに戻り、己の姿を大剣へと変化させた。
《おい、坊主》
「え?」
大剣となったクオンに、脳内へ直接話しかけられたからか、ヒイロが驚きを隠せないでいた。アマネは仕方なく、ヒイロの手元にある大剣を指差す。
「今のはクオンの声よ。武器化しているときは、脳内に直接語りかけてくるの。もちろんその声が聞こえるのは、使い魔の主である私とヒイロだけよ」
すでにラキにはヒイロがアマネのパートナーだとバレていそうだが、パートナーという言葉は敢えて濁しておく。こういうことはきちんとした場で、アマネの口から直接伝える方がいと思ったからだ。
《今はオレっちがお前の武器になってやる。けどな、まだオレっちはお前を認めたわけじゃねぇ。それだけは覚えておけ》
本来の魔女と騎士の契約は、本人同士だけでなく使い魔の意思も必要となる。それは仮契約であっても、同じことだ。けれどアマネたちの場合はクオンの暴走を止めるために、クオンの意思は関係なく行われたことだった。だからこその言葉なのだろう。
前世ではヒイロのことを、クオンは認めていた。けれど今世ではまた別ということだ。そのクオンの気持ちは分からないでもないし、こればかりはヒイロが頑張るしかない。
「最初からそのつもりだよ。今日のところはよろしくな」
ヒイロは元よりそのつもりであったらしい。クオンである大剣の柄部分を握りしめて、話しかけていた。
クオンがそんなヒイロにフン、と鼻を鳴らし会話は終了となる。
「クオンったら」
「いいさ。ズルをしたのはこっちだし」
ヒイロは苦笑しながら、前を見据えた。
アマネも気を取り直して、破壊した部屋の扉の方に視線を向ける。さすがにクオンの決壊では、破壊音まで防ぐことはできない。それに別荘へかけていた魔法を破ったのだから、魔法を破られた魔女はすでに気づいているはずだ。
破壊した部屋には誰もいなかったことから、奇襲は失敗に終わったが、左隣の部屋から騒がしい声が聞こえてきた。
移動する手間を惜しんだアマネはカザタマを即座に作り出して、壁に穴を開けた。派手な音とともに、土煙が舞う。
「あ、あの、ここの弁償代は……」
容赦ない破壊作業に、ミツバがおずおずと声を上げる。
「そんなもの、ネズミをたくさん狩れば大丈夫よ。それにアイカを助けにきた名目があるでしょう? 助ければどうにかなるわよ」
つまりはなるようになる、ということである。
土煙が収まる頃に、隣の部屋から人影がいくつか見えるようになった。アマネはクーヘキを自身はもちろんのこと、ヒイロたちの周囲にも展開させる。魔法具の関係で、それほど強力なクーヘキを展開させることはできなかったが、ある程度の攻撃なら凌ぐことができるだろう。
土煙が収まっていくにつれて、その場にいる人数が明らかになる。
(敵は二人? いや、違う? 片方は人質……?)
まだ相手の顔がはっきりと見えないせいで、二人とも敵なのか、人質なのかはわからずのままだ。しかしアマネたちはいつでも攻撃できるよう、それぞれ構えをとった。
(でも二人ならまだ勝機はある)
多人数を想像していたが、先程のネズミたちと同じ強さの元騎士と元魔女のパートナーならば、なんとかなりそうだ。
「あらあらぁ。随分と派手にやったのねぇ」
「…………え?」
けれど予期していなかった出来事に、一瞬反応が遅れてしまった。声を発した女性が、魔法具である付爪をアマネたちに向け、魔法を放った。
「彼の者たちへ偽りの姿を見せよ――ゲンキョウ」
女性が魔法を詠唱し終わると同時に、それぞれの前に大きな姿鏡が現れる。そこに映し出された己は、個の意思を持って姿鏡の中から出てこようとしていた。
「しまっ」
た、とアマネが言うよりも早く、クオンが先導を切った。ヒイロもアマネたちと同じように、女性に目を奪われていたが、クオンが動いたおかげでいち早く攻撃に移ることができた。
クオンは己の意思で、ヒイロの前に現れた姿鏡を一刀両断する。鏡は綺麗に真っ二つに割れ、蜃気楼のように姿を消した。
「助かった」
《ぼおっとするな。次行くぞ》
そうして、次々と姿鏡を真っ二つにして、消していく。
「あらぁ? もう終わってしまったの?」
女性はあっさりと消えてしまった己の魔法に首を傾げる。余裕がある仕草に、アマネは歯を食いしばった。
「なぜ……なぜ、貴方がアイカに刃を向けているの、フウ!!」
そう、そこにいたのは、先程ネズミに連れ去られたと思い込んでいたフウだった。
フウは声を荒げるアマネに、驚くようなそぶりをしたあと、肩を震わせて笑い出す。
「なぜって、私は白い魔女の配下、七つの大罪【怠惰】を司る魔女、フヨウなんだもの」
フウ改めフヨウと名乗った女性は、口元に大きな弧を描いた。相変わらず瞳は前髪で隠れていて見ることが叶わないが、雰囲気からどんな表情をしているのかは想像できる。
フヨウは他のネズミたちと揃いのフードを羽織っており、魔法具である付爪を装着していない方の手でアイカの首元にナイフを当てていた。
アイカはなにか薬を飲まされたのかぐったり椅子に座っており、その顔色は青白かった。かろうじて辛そうに身体を動かしていることから、生きていることが確認できた。
無事、とはっきりとは言えないものの、生きている姿を見れたミツバは瞳に涙を浮かべ、アイカの名前を何度も口にしていた。しかしフヨウのことがあるからか、複雑そうな表情をしている。
「白の魔女……。七つの大罪……」
白の魔女はアマネ自身よく知っている。けれど七つの大罪というのは初めて耳にした。七つの大罪自体はなんとなく知っているが、白の魔女にそれを冠する配下がいたなんて知らなかった。
困惑するアマネの表情を見て、フヨウは上機嫌になっていく。
「ふふ、しょうがないから教えてあげる。白の魔女にはねぇ、七人の配下がいるの。その一人が私なのよぉ」
「そんな話、聞いたことも」
「ないって? そうよねぇ、皆聞いても、すぐに死んじゃうから、知らないのは無理ないわぁ」
「……そういうこと」
七つの大罪の魔女。その存在を誰も知る者はいない。けれどそこから導かれる答えは、三つある。
一つめは七つの大罪というからには、彼女のような強い配下が七人いるということ。二つめはネズミの中でも、遥かに強い部類であるということ。そして最後の三つめは、七つの大罪の魔女たちに遭遇したものは、一人残らず殺されているということだ。
ドクンと心臓が大きな音を立てる。背や額には冷や汗が流れた。
誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
おそらくアマネと同じ考えに辿り着いたのだろう。
アマネの手元に残っている魔法具はあと二つ。あのときなぜもう少し慎重に使わなかったのかと後悔が生まれる。しかし今更後悔しても、仕方ない。現状で全員が生き延びて、目前のフヨウを倒す方法を考えるしかないのだから。
「アマネさん、実はねあなたには期待しているのよぉ? 私も、白の魔女もね?」
「……そんな期待なんてされても困るわ。私は白の魔女の味方になるつもりは、これっぽっちもないのだから。それより、あなたの騎士はいないの? 近くにはいないみたいだけれど」
近くにフウソウで辺りを探ってみるが、それらしい気配は見当たらなかった。本人から聞き出せるはずはないと思いつつ、可能性があるならばと尋ねてみる。すると意外にもすんなりと返事が返ってきた。
「そう? ざぁんねん。いい仲間になると思ったんだけど……。ちなみに私の騎士はとっくにいないわぁ。……だって、白の魔女に殺されたんだもの」
「殺され、た……? なのに、どうしてあなたはそっち側にいるの?」
フヨウの心理が全く読めない。眉間に眉を寄せるアマネに対し、フヨウはおしとやかに笑った。これが日常であれば、おしとやかな笑い方なのに、現在のこの状況では不気味にしか映らない。
「それはね……ヒ・ミ・ツ?」
可愛らしく口元に人差し指をあて、首を横に傾けた。
「私に勝てたら教えてあげるわぁ――スズ、出てらっしゃい」
フヨウは心底楽しそうに、自身の使い魔を召喚した。




