第四十九話
少しでも体力と魔力を回復するために、クオンが張ってくれた結界の中で小休憩を挟んで作戦を練ったあと、別荘へ突撃することとなった。
クオンが張る結界は、アマネのクーヘキとは違って、そこに誰もいないように錯覚させることができるのだ。この場にうってつけの能力である、長い間結界を張っていれば、熟練の者にはバレてしまう恐れがあるが、数十分程度なら問題ない。
「で、作戦は?」
「別荘内の構造が分からない以上、手当たり次第に探していくしかないわね。二手に分かれるのもアリだけど、相手の強さが分からない以上、まとまって行動する方が得策ね」
「俺もまとまって行動することには賛成だ。だが、手当たり次第となると大変じゃないか?」
ヒイロは目前にある別荘を見上げた。
アマネもつられて、別荘を見上げてしまう。そこにそびえたつのは、一階と二階を合わせて十五部屋くらいありそうな別荘だった。王都にあるアイカの実家と比べればこじんまりとしているが、それでも親子三人で過ごすには十分すぎる広さがある。
「でも頼みのフウソウは使えないのよ?」
「それはそうだけどよ……」
全部屋当たるしかない、とヒイロを諭していると、別の提案がラキから上がった。
「フウソウじゃなくて、そこの使い魔を使ってみたらどうさね?」
「クオンを?」
「ああ。フウソウってのが使えないのは、誰かの強い魔法に遮断されているからってアマネは言ってたさ」
「ええ、そうよ」
「それは、魔法を遮断されているだけ……であってるさね?」
「……!!」
ラキが言いたいことが分かり、その案があったかと目を見開いた。
アマネのフウソウが使えないのは、何者かの魔法によって遮断されているからだ。
「クオン」
「ん? なんだ?」
「あの別荘の中の匂い、ここからでも嗅ぎ分けられる?」
「んー、ここからだと少し厳しいな。けど大体の位置ならわかるぜ。ボブのやつはフウソウを遮断してるやつに掴まってるからか探れねぇけど、アイカってやつの居場所ならあそこらへんだ」
そう言って翼を二階右より部分に向けた。
ラキの予想は見事に当たっていたらしい。アマネのフウソウは、隙間がなければ中に入り込むことができない。けれどクオンの鼻は自前のもので、魔法でもなんでもない。魔法でアマネのフウソウが入り込むことを防いでいるようだが、微弱な匂いの制限までは無理だったようだ。
「さすが、クオンね。お手柄よ。ラキもよく思いついたわね」
魔法具の制限はあるものの、クオンが目覚めたことによって魔力が増えたことで、盲点になっていた。
「いや、俺も偶然さね。アマネの使い魔見てて、グリフォンって他の動物みたいに鼻いいんかなって思ったときに、ふと思いついたんさ」
「そ、そうなの……」
ラキの考えることがイマイチわからなかったが、その突飛な発想に助けられたのは事実なので、あえて何も言わないでおいた。
「では、攻める場所は二階右端の部屋から行きましょう。私が魔法で窓を割るから、あとに続いてちょうだい」
「おい、ちょっと待ってアマネ。なんかいきなり変な作戦になってるぞ。窓を割ったとして、どうやって二階から入るんだよ。アマネの魔法で一人ずつ打ち上げる気か?」
「できなくもないけど、そんな危なくて面倒な真似しないわよ」
風で打ち上げることくらい、威力を調節したカザタマを使えばわけないことだ。他の魔法で空中歩行したりすることも可能だが、魔法具を酷使することになるため、今回は避けるべきだろう。
「できるのかよ……」
魔法で打ち上げる、というのはヒイロなりの冗談だったらしい。小さくぼやくヒイロに、苦笑交じりに教えることにした。
「クオンに乗ればいいのよ、全員でね」
その場の視線全てがクオンに集まった。
「……どう考えてもそれ無理だろ」
最初に立ち直ったのはヒイロだった。ヒイロを皮切りにラキとミツバもはっとしたように、頭を上下に動かす。
「無理じゃないわよ」
まだ見せてもいないクオンの能力を否定され、アマネは少しムッとした。クオンに視線で合図をすると、しょうがないな、と言いつつその美しい翼を大きく広げた。
「そらよっと」
少し高めの壁にジャンプするような、そんな軽い声だった。クオンは広げた翼を羽ばたかせ、地上から数メートル離れた位置で状態を保つ。そして己のうちにある魔力を活性化させ、循環させた。
「おいおい、どうなってるさね……」
ラキが驚きの声を上げるのも無理はない。アマネは鼻高々に説明をした。
「ラキは知らないかもしれないけど、ミツバとヒイロは知ってるわよね? 学校でのクオンはヒヨコの姿をしていたことを。クオンの本当の姿は先程のグリフォン。けれど魔力の消費を抑えるために、身体をヒヨコのように小さくすることもできるの。そしてその反対も然り」
タイミングよく二回りほど姿を大きくしたクオンが、アマネの隣へ静かに降り立つ。
「魔力消費は多少激しくなるけれど、身体を大きくすることも可能なのよ」
「もう化け物の範疇じゃねぇか……」
「化け物なんて心外な言葉使わないでちょうだい。クオンは私の可愛い有能な使い魔よ」
化け物、という単語に眉を寄せるが、ヒイロが口にしたのはクオンのことだけではなかった。アマネはそんなこと知る由もなかったが。
金の瞳を持つアマネと、珍しい姿のクオン。他の魔女とは明らかに格が違いすぎた。そう、規格外すぎたのだ。
「ごめん、俺の言い方が悪かった。とにかくすごいって言いたかったんだよ」
「ならいいんだけど……」
ヒイロがすぐに謝ってきたので、元々それほど怒りを覚えていなかったアマネは、すんなりと許すことにした。
「とにかくこれなら皆で安全に上まで行けるでしょう? 今私たちの周囲に張ってある結界もクオンが作ったものだから、結界を張ったまま移動すれば、奇襲もできて一石二鳥になるわ」
「さすがアマネさん、としか言いようがないですね」
若干引き気味のミツバは、どこか遠い目をしていた。ミツバに同情するように、その肩をそっとヒイロが叩く。
「これがアマネだ。もう諦めろ」
なにかを悟ったかのような目をしていた。そしてラキはといえば、驚きつつも口元は弧を描いていた。
「やっぱりアマネはすげえやつなんさ!!」
三者三様の反応に、どこか納得がいかなかったが、そこはあえて突っ込まないでおいた。
「クオン、皆が乗りやすいように、態勢を低くしてくれる?」
「いいけどよ、オレっちの素晴らしい羽毛を誤っても引き抜くんじゃねぇぞ?」
無駄に鋭い瞳で眼光を飛ばし、ヒイロたちを無理矢理承諾させる。その変な光景に、笑いを誘われてしまったのは秘密だ。
クオンの背に各々乗ったことを確認し、最後にアマネがクオンの首元近くに登って座った。クオンに身体を預け、首を優しく叩いて合図を送る。
合図を受けたクオンは、状態を起こして再び大きな翼を広げると、その身体を宙へ舞い上がらせた。




