第五話
「よろしければ、お話しませんこと?」
「……ええ」
逃げ遅れたことよりも行動の早さに内心感嘆し、促されてイスに腰かける。
「アマネさん、でしたっけ。アイカと申します。これからどうぞよろしく」
にこやかに話しかけているが、心から笑っていないのがひしひしと伝わってくる。朱色の瞳がアマネの価値を測るかのように見下ろされる。
(さて、どんな難癖をつけてくるのやら)
できるだけ穏便にすませたいが、前世でも衝突が多かったため、あまり期待はできないだろう。
「あなたはどんな魔法具を持っているのかしら。見せてもらえないかしら」
「……今、見せる必要が?」
魔法具ときたか。比較して相手を格下だと決めつけたい、典型的なパターンだ。
「あるに決まってるじゃない、打ち解けやすいようにわざわざアイカさんが聞いてくれているのよ。さっさと出しなさいよ」
疑問を素直にぶつけただけなのだが、取り巻きの女子生徒が食ってかかってくる。
それに今でなくともいずれ授業で使うのだから、そのときでもいいのではないだろうか。
「アイカさんが待ってるんだから、早く出しなさいよ。このカバンの中にあるんでしょ!」
取り巻きが机の横にかけてあるカバンに無断で手を入れまさぐる。これにはさすがに驚きを隠せない。
「ちょっと」
(人のものを勝手に。非常識にもほどがあるわ!)
眉をひそめて腕をつかもうとするが、逆につかまれて阻止された。見上げるとアイカが笑みを向けてくる。
(下手な作り笑いしてるんじゃないわよ)
穏便にという目標はあっけなく砕け散った。せめて手が出ないようにと、ありったけの自制心をかき集める。
睨みつけている間に、取り巻きが杖を見つけてしまった。引っ張り出されたものを見て周囲がどよめく。
「ほら、あるじゃな……うそでしょ、これ初心者用の杖じゃない」
「これ持ってるってことは、自分専用の魔法具はないってこと?」
「でも普通、成人したら贈られるよね? ってことは幼児体系なんじゃなくって見た目通り未成年なんじゃ」
(ああもう、うるさい。見た目に触れないで。ちゃんと成人もしてるわよ)
見た目が年齢に合わず幼いのは、とある事件の際に膨大な魔力を使った反動で、成長が緩やかになってしまったからだ。
「あらあら、偶然。アイの魔法具も杖ですのよ。見せてもらったんですもの、アイのもお見せしないとね」
予想以上の収穫に上機嫌なアイカは自分の席に向かい、カバンから先端に球体がついた短い棒を手に戻ってくる。アマネの目の前で棒が軽く振られると一瞬で三倍の長さに伸びた。金の本体に巻かれた赤いレース状のリボンが先端で結われ、大きな蝶を形作っている。
おそらく髪と瞳の色に合わせて作られたのだろうが、とにかくきらきらしていて派手な印象が強い。そして杖というよりも振り回して殴る方が使いやすそうと思っていると、自慢話がはじまった。
「これは父と母が何度も試行錯誤して考えてくださったデザインなのよ。アイの美しさ、すばらしさをどう表現するかという、考えに考え抜かれた愛の結晶」
厳選された素材を、使いやすいような機能をと口が回ること回ること。
話が終わるのをただ待つのも癪だったので、勝手に取り出された杖を奪い返し、カバンに戻す。
一通り話し終わったようで、満足げに口が閉ざされる。満足したままどこかへ行ってくれればいいものを、アイカは首を傾げて疑問を投げかけてきた。
「自分専用の魔法具も持たない貧乏人で、よくこの学校に入れましたわね。学費は払えているのかしら」
(え、学費……?)
そうだ、義務教育は中学まで。ランシン専門学校は十五歳以上が入学できるとはいえ、通うかは自由なので学費が必要なのだ。強制的に通わされることになってから、その辺りのことはなにも聞いていない。
「どうなの、アマネさん?」
「それは……」
言いよどんでいると、アイカはなにかを悟ったらしくハッ、と口元を片手で覆った。その隙間からまさかと呟きがこぼれる。
「まさかとは思うけどあなた、特待生ってことはないわよね」
(特待生。そんな制度があるって聞いたことはあるけど)
ごく一部の優秀な生徒が特待生に選ばれ、試験は免除されて一般入試で入った生徒と同じように通うことができるとか。
思い起こしてしまっていたので、必然と沈黙が流れる。それをアイカが言い当てたと勘違いした女子生徒たちが動揺しながら互いの顔を見合わせる。
「ええっ、アイカさんですら一般入学なのに」
隣にいた女子生徒がぼそりとこぼし、アイカに睨みつけられた。そして大げさに天井を仰ぎ、手の甲を額に押し当てた。
「なんてこと。信じられませんわ。赤茶のくせに、どうやって取り入ったのかしら」
「私が特待生かどうかは知らない。けど、目の色だけで人を格下に見る人が優秀とは思えない」
「なん……っ」
アイカが眉を吊り上げたところで予鈴が鳴る。一触即発だったが、授業ということで一時中断された。集っていた女子生徒たちはほっとした様子でそれぞれの席に着く。
視界が開けると、室内に男子生徒が一人もいないことに気づいて周囲を見渡した。予鈴が鳴ったのに、戻ってくる気配がない。それどころかクラスメイト以外の女子生徒が次々と入ってきては、好きな席を陣取っていく。
困惑し、視線をさ迷わせるアマネの様子を見て取り、アイカの口元が弧を描いた。
「次の授業は使い魔生誕学よ。魔女専攻なんだから男子はいないに決まっているでしょう」
バカじゃないのといわんばかりに鼻を鳴らし、アイカは席に戻っていった。女子生徒だらけの空気は明らかに変わっていた。緊張というよりも、楽しみでそわそわしているような。小ばかにしてきたアイカの機嫌でさえも、よくさせる授業の内容とは一体なんなのだろうか。
「どんな子が生まれてくるのかな」
「かわいかったらなんでもいいけど、ちゃんとできるかなぁ」
(生まれ……もしかして)
前方に座る女子生徒たちのささやきを耳にして、さぁっと青ざめる。
浮かれた雰囲気と女子生徒たちの話し声、そして使い魔生誕学という授業からして推測するに、今回授業で行う内容は魔女の魂を分けて生まれる分身、使い魔を実際に生誕させることだろう。
(クオンは捕まったままよ。新しく創るわけにもいかないし、どうすれば)
使い魔は魔女の資格を持つ女性か、魔女科専攻の女子生徒なら生誕させるのを認められている。禁止というわけではなく、問題を起こさなければ罰則はないものの、魔女でもない者が連れている場合、いい目で見られることはないだろう。
すでにクオンがいるのは偶発的で、魔女の資格を持っていてもおかしくない年齢になったらクオンを創り出そうと本来は予定していた。しかし身体の成長が緩やかになってしまうような膨大な魔力を使ってしまった事件のあと、憔悴していたときにクオンの名を呟いてしまった。名前は魂の形。そして無意識にクオンを求めてしまったことと無詠唱でもできてしまう実力を持っていたため、予定よりもずっと早くクオンが使い魔として再び誕生した。
(うたた寝し放題って言ってたけど……クオン、起きて!)