第四十八話
詠唱と同時にブレスレットが音を立てて砕ける。五つめの魔法具、もう一つのブラスレットもライジンがネズミたちに当たると同時に、ブレスレットと同じように砕け散った。これで魔法具は残り二つだけとなってしまった。
轟音とともにいくつもの雷が、ネズミのみを直撃した。眩い光と腹にも響く轟音に、ヒイロたちは目を瞑ってしまっていた。本来であれば、敵を前にして目を瞑るのは死に直結してしまう。しかし今回に限っては、目を瞑っていた方が正解だといえるだろう。なにせ瞑っていなかった場合、しばらくの間は目が使い物にならなくなってしまうのだから。
久しぶりに使用する大きな魔法だったことから、念のためにクオンにはヒイロたちをネズミから遠ざける役目を頼んだから、ヒイロたちに今回の魔法で怪我はないはずだ。目を瞑っている状態で、いきなり服の裾などを掴まれたから驚いてはいると思うが、今回ばかりは許してほしい。あの眩い中で自由に動けるのはクオンしかいなかったのだ。
眩しさを軽減するために覆っていた手をどけ、周囲をしっかりと確認する。
ネズミの服は所々が焼け焦げ、全員が地面に倒れていた。近づく前にフウソウで生死を確認し、全員に意識がないものの、息はしていることを把握する。
次に味方の無事を確認しようとしたところで、クオンの焦る声が聞こえた。
「ボブのやつがいねえ!」
「ボブ……? もしかしてフウのこと?」
短い髪なのは男性陣か、フウ。そして肩より少しだけ上のところで切り揃えているのは、フウだけだ。アマネも周囲を見渡してフウを探すが、その姿はどこにも見当たらなかった。
「どうして……」
クオンは状況把握をしっかりと行っていたはずだ。いくら直前まで眠っていたとはいえ、そんな初期的なヘマはしない。それにクオンの言い方からして、ヒイロたちと同じように守ったのだろう。
大きな血だまりや、攻撃の痕跡は残っていない。とすると誰かに連れ去れて、人質にでもされたのだろうか。
「けれど、変であることには違いない」
なにせここにはクオンがいるのだ。
「クオン、フウをヒイロたちと同じように、私の魔法から遠ざけてくれたのよね?」
「おうよ。なのに、いつの間にか消えてたんだ。あたかも最初からそこにいなかったかのように」
クオンは首を傾げるばかりだ。
それもそうだろう。クオンは魔力感知能力や気配察知能力に長けている。そのクオンを振り切ったのだ。
「なんにせよ、これで助ける人数は二人に増えたってわけね」
「すまねぇ」
「いいの、クオンが謝ることじゃないわ」
それにフウが殺害されている可能性は限りなく低い。殺害するならば、この場で行っているはずだ。フウの性格なら暴れて相手の反感を買うという行為をせず、連れ去られた時点で大人しくしているだろう。
「私が見つけられなかったネズミがいるのかもしれない。余程の手練れってことになるわね」
フウソウを避ける人物には前世と合わせても、そうそう出会ったことがない。よほどの強敵といえるだろう。
「フウ……」
フウの一番近くにいたミツバは、杖を両手で握って心配そうにしている。その姿を視界の端で捉え、自身に腹が立った。守るといって、守り切れなかった。
アマネが自分のせいだと言っても、ヒイロたちは違うと言い張るだろう。だから己の心の中に、その気持ちを押し込める。
「助けるから、助けてみせるから」
絶対、と言いたかった。けれどその確率が百パーセントではない限り、アマネはその言葉を使いたくはなかった。だから自身にいい聞かせるように何度も口にした。
そんなアマネに同意するように、ヒイロとラキが便乗してミツバを元気づける。
ヒイロとラキも絶対、という言葉は使わなかった。その理由はアマネと同じなのかもしれない。けれど皆に元気づけられたミツバは、瞳に浮かんでいた涙を拭い、その瞳に強い意志を宿していた。
「そうですよね。フウの方が不安ですのに、私が不安がっていては駄目ですよね」
「うん」
「皆さま、ありがとうございます」
ミツバ両手で握っていた杖を利き手である右手で持ち直す。そこにはフウを取り戻すという意思がはっきりと表れていた。
ミツバの意思が固まったところで、アマネは本題を切り出した。
「ネズミが襲ってきた時点で、ここが敵の本拠地で間違いないわ。だからフウが囚われているとしたら、別荘内だと思うの」
「アマネのフウソウで位置は分からないのか?」
アマネはヒイロの疑問に首を横に振った。
「さっきから使ってはいるんだけど、誰かの強い魔法に遮断されて中の様子が詳しくは分からないのよ。クオンが目覚めたから、今までより強力な魔法を行使しているはずなんだけど……」
クオンは本来の姿に戻っており、クオンとの繋がりを強く感じている。ライジンも行使できたことから、本来の力を取り戻したことは間違いないはずだ。
アマネが使用する天空魔法は、自然を操る魔法だから室内での使用に向いていない。けれど密閉された場所でない限り、多少威力は落ちるものの、室内での使用はできる。その弱点を突けば、アマネより弱い魔法でも遮断できないことはないが、アマネの能力が敵にばれているなんてありえることなのだろうか。前世ならともかくとして、今世ではただの学生に過ぎないし、人前で大きな魔法を使ったのも今日が初めてだ。
顎に手を当て、ネズミたちを風の鎖で逃げられないように拘束しているクオンの姿を見ながら考え事をしていると、いくつもの視線がアマネに集まっていることに気がついた。
いや、正確にいえば、アマネの瞳と言ったところだろうか。
ラキはにんまりと嬉しそうに、ヒイロとミツバは驚いた顔を隠せないでいる。そんな両極端な反応に、アマネは首を傾げた。
「え、なに?」
「いや、えと……」
一番に目が合ったヒイロに尋ねるが、どうも歯切れが悪い。さらに首を傾げていると、ヒイロの隣にいたラキが己の瞳を指差した。
(瞳? 瞳がどうかした……ああ!!)
そこでようやく、三人の反応の答えに辿り着いた。
「この瞳の色のことね」
アマネの本来の瞳の色は、赤茶ではない。そのことを知っているのは、アマネ本人と昔のアマネを知っているラキだけだ。
ネズミを拘束し終わったクオンが、アマネの隣まで歩いてくる。その瞳の色は羽根と同じ金色。そして使い魔の主であるアマネも同じ色だ。
魔力の多さは瞳の色に比例する。魔力が少なければ黒に近く、多ければ多いほど金に近い色となる。これはこの世の中の常識だ。
だからランシン専門学校の普通科には黒やこげ茶の瞳を持つ者が多く在籍し、騎士科や魔女科に在籍するものは金に近い色、赤茶や赤といった色を持つ者が多い。
そしてそれらの科の中で一番多く魔力を持つのは、やはり魔女科だ。しかしその魔女科でさえ、橙の瞳を持つのは数年に一人という割合である。橙のさらに上、金の瞳は専門学校が設立されてから一人も現れたことがないと、キシナの授業で習ったことがある。
学校に在籍している生徒及び教師の中で金の瞳を持っているのは、得体の知れないアマネの敵でもある理事長のみだ。
故に金の瞳は珍しく、その瞳の色に羨望と嫉妬の眼差しを向けられることが多い。前世でも金の瞳だったアマネは、そのことを十分理解していた。だから孤児院にいた頃は前髪を長くして、目立たないように工夫していた。もっとも、院長とラキにはバレてしまっていたのだが。
孤児院や近所の店の手伝いをして、お金を稼げるようになってからは、金の瞳を隠すようにカラーコンタクトを着用していたのが今となっては懐かしく感じる。
「私の本来の瞳の色は金なの。今まではある事情からクオンが眠っていたから、魔力は半分になって、その影響から瞳の色も赤茶になってたんだけどね」
理事長に囚われていた、なんて話はこの場ではしない方がいい。すでに理事長を怪しみ警戒しているヒイロならともかく、ラキとミツバには言うべきではないことだ。
決して嘘ではない事情を説明すると、ミツバは顔を真っ青にさせていた。おそらくアマネにしたことを思い出したのだろう。金の瞳を持つものに歯向かっていたことを知って、恐ろしく感じたに違いない。一方ラキは、アマネに申し訳なさそうな顔を向けていた。
「だから赤茶だったのか。そうとは知らず、……あの時は申し訳なかったさね」
「いいの。私も言わなかったからお互い様よ」
心底申し訳なく謝るラキに、気にしていないことを伝え、次いで言葉をかけてくるヒイロに視線を向ける。
「そうだったんだな。その瞳の色、赤茶のときよりもアマネに似合ってる。空色の髪に金の瞳か。まるで空で輝く太陽みたいに綺麗だ」
そう語るヒイロの瞳には、全く嘘が見当たらなかった。本心から言っているのだろう。
「――っ」
真っすぐな気持ちを話すヒイロが、前世のヒイロと重なってみえた。
(……前世の時と同じだ)
言い方は違えど、アマネの瞳の色を見て、全く同じことを口にした。思わず零れそうになってしまった涙を、ぐっと堪えて我慢をする。今は泣くときではない。泣くのはアイカとフウを助けたあとだ。
「……ありがとう」
だからアマネは、小さくお礼だけ告げた。




