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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第二章「魔女覚醒編」
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第四十七話

《ったく、早く気づけよ。オレっち眠り過ぎて、今なら三日間ぐらいなら眠らず戦えそうだぞ》

 聞きたくて、聞きたくて仕方なかった声。緩む涙腺から、涙がぽとり、またぽとりと流れ落ちてくる。

《あーあ、泣くんじゃねえよ。まるでオレっちが悪いことしたみてぇじゃねぇか。……いや、したかもしれないけどよ。あんときはごめんな、助けてくれてありがとう》

「クオ、ン」

《ほら、戦闘中によそ見するんじゃねぇぞよ。オレっちは、いつだってアマネと共に戦うぞ?》

 腕で涙を乱暴に拭えば、自然と笑みが浮かんだ。

「……うん!!」

 クオンが眠りから覚めた。

 それはネズミとの闘いに終止符を打つ光をもたらしてくれた。

 いつか千切れてしまいそうな細い糸のようなクオンとの繋がりが、丈夫な鎖へと変化する。クオンをこんなに近くで感じたのが久しぶりで、安堵感がどっと押し寄せてきた。

 ずっと欠けていた魔力が、クオンが戻ってきたことによって身体に翼が生えたかのような感覚を覚えた。

(身体って、こんなにも軽かったっけ?)

 魔力と体力は連動しないのに、身体の疲れが嘘のようにとれていく。まるで宙に浮いているかのようだ。

 魔力は増え、身体の疲れが消え、使い魔が目を覚ました。残る魔法具は五つ。大きな魔法を使えば簡単に砕けてしまうけれど、クオンが目覚めた今ならば、魔法が二回ほど使えれば十分だ。

 先程まで劣勢だった状況に疑問を覚えるほど、今のアマネは希望と力で溢れていた。

「ヒイロ、待たせてごめん!」

「いいよ、待つって勝手に決めたのは俺だから」

 アマネはもう必要ないと判断し、三つめの魔法具に引き継ぎをして維持していたクーヘキを消した。魔法でなくてもただ空気に大量の魔力を混ぜるだけで、消したクーヘキと同じくらいの防御を誇るものが出来上がったからだ。これならば、魔法具の残量を気にしなくてもいい。自身の魔力の多さにひっそりと感謝をした。アマネは自身の周囲だけでなく、ヒイロたちの周囲の空気にも魔力を混ぜて攻撃を防ぐ自然の盾を作り上げた。それを終えると、次はクオンに視線を走らせる。

 クオンが目覚めたことによって、クオンにアマネの魔法を付与することができるようになったからだ。以前屋上にて通常の大剣へ魔法を付与させたときとは、段違いの威力になるだろう。

「クオン、久しぶりにいくわよ!」

《おう!》

 少しでも有利になるように無詠唱で戦ってきたが、このあと行使する魔法は発動がバレようと関係ない。詠唱して威力を高めた方がいいに決まっている。気分が良いアマネは、唄うように詠唱した。

「我が半身よ、その身に天空を宿せ――アメアラシ」

 アマネの詠唱が終わると、三つめの指輪が砕け散った。しかし四つめの魔法具、ブレスレットに無事引き継ぎが行えたおかげで魔法は無事に発動し、ヒイロが手にしていたクオンの姿が目に見えて変わった。

「なんだ、これ」

 ヒイロも手を離しはしないが、その変わりように驚きが隠せないようだった。柄の部分はそのままに、刃が透明な水へ変化し、その水の刃を力強い風が包み込む。重さは先程と変わらないはずだが、威力は数段上になったはずだ。

「授業で習ったでしょう? 魔女は騎士の武器に魔法を付与させることができるって。それは使い魔でも同じことなの。使い魔との意思疎通が、しっかりととれた魔女しかできないことだけどね」

 実際にこの魔法を使用できる魔女は、魔女の資格を取得して最短でも三年ほどと言われている。魔法を展開している間は魔力をずっと消耗し続ける上に、もし失敗すれば互いの魂が傷つき自滅することになるから、魔力と腕に自信がなければ絶対に使用しない魔法だ。

「威力は保証するわ!」

 取得を困難とする魔法だが、その分攻撃力は比にならないほど増幅される。

「それだけ分かれば十分だ。……はぁああああ!!」

 ヒイロは一対一で戦っていたネズミの右肩あたりから斜め下に向かって、大剣を振りかざした。ネズミはそれを受け止めようと自身の剣を構えるが、それが無駄な動きであることを知っているのはアマネだけだ。

 大剣の刃部分は金属ではなく水となっている。そして水の刃が纏っているのは風。物理的な防御など無意味だ。水の刃はネズミの剣にぶつかる前に二つに別れ、ネズミの身体に当たるまでの一秒にも満たない時間で元に戻った。フードを被っていて表情はよく見えないが、驚いている雰囲気が伝わってきた。

 剣という障害物をいとも簡単に突破し、水の刃はネズミの身体を切りつけた。しかし大剣は人間を切るとき特有の鈍い音も、血飛沫を上げさせることもなかった。そして切りつけたはずなのに、傷すらもない。

 命の重みが自身の両手の上に乗っかることを覚悟していたのに来なかったせいか、ヒイロは呆然とした表情をしていた。

(クオンの仕業ね)

 傷が無かったのは威力が弱かったせいではない。その証拠に水の刃で切られたネズミは、真っ青な顔をしてその場に倒れていた。胸が微かに動いていることから、まだ生きていることがわかる。

 推測ではあるが、クオンはネズミの身体と重なったその数秒の間に、ありとあらゆる部分から水分を奪いとったのだろう。ネズミが倒れた周囲には不自然なほど水が飛び散っている。水分を奪ったはいいものの、自身の体内には入れたくない。だから周囲に巻いた。クオンの心境はざっとこんなものだろう。

 傷一つないのは、人間の構造上外に出すのが容易いからだ。汗腺然り、口や鼻など。どこからでも出す方法はある。

「……なにが起こったんだ?」

 クオンを使った張本人が首を傾げている姿は、どこか笑いが込み上げてくるものがあった。

「クオンなりのお礼みたいよ。ヒイロ、本当は殺したくなかったんでしょう?」

 ヒイロの肩がピクリと動く。まだ十六歳なのだ。その覚悟がなくても仕方がない。

「すまん……」

 ヒイロの謝罪は、アマネの荷物を一緒に背負うと言ったのに、その実際に背負ってみれると覚悟がなかったから、といったところだろうか。

「いいの。授業で習ったでしょう? ネズミ狩りは殺してしまうのが基本だけれど、実力に差があれば生け捕りが望ましい。その方が他のネズミの情報を得られるからって」

「そうだけどよ……」

 アマネの説得にも納得がいかなかったのか、語尾を濁す。そんなヒイロを見かねたのか、クオンが大剣から元の姿に戻った。クオンが元の姿にも戻ると同時に、アマネもクオンにかけていた魔法を解除する。それほど長い時間魔法を行使していなかったからか、四つめの魔法具であるブレスレットはうっすらとヒビが入る程度で済んでいた。

「アマネがこう言ってるんだから、気にするな。ってか、男がくよくよするんじゃねぇよ」

 手のひらに収まるサイズのヒヨコ時とは違い、数段低い声。戦闘時以外はいつもヒヨコの姿でいたから、アマネもこの声を聞くのは今世でクオンを使い魔として召喚した時以来だ。

「クオン、なのか?」

 クオン本来の姿を初めて目にするのだから、驚くのも無理はない。頭と翼はワシのような、そして身体は獰猛な獅子姿の物語でよく語られる伝説の生き物、グリフォンなのだから。目つきは鋭く、地面を蹴るだけでその場の土が無残にも抉られる。馬の二倍ほどの体格は、恐怖を煽るには十分すぎるものがあった。

 そんな姿にヒイロは目を丸くし、口をポカンと開けていた。

「戦いの場でそんな、変な顔するんじゃねぇよ。まあオレっちに見とれるのは仕方ねぇけどな! それよりもアマネ! さっさと片づけるぞ」

「任せて」

 ネズミを一人倒せたからといって、勝負はまだ終わっていない。ラキやミツバ、フウだって、アマネの風に守られているとはいえ、苦戦しているのがありありと伝わってくる。

(敵だけを全員同時に倒す、この場で一番効率がいい魔法……。あれしかないわね。魔法具がもってくれるといいんだけど)

 アマネは天に両手をかざし、魔法具の負担を少しでも減らすために詠唱をした。

「天を裂いて、光の矢を降らせよ――ライジン!!」

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