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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第二章「魔女覚醒編」
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第四十四話

 辻馬車に揺られること一日。小休憩を何度か挟んで昼を過ぎた頃に、ようやくナギナミへ辿り着くことができた。波の音と塩の味が風に乗って、アマネたちの五感に届く。旅行へ来るなら、もってこいの場所だといえるだろう。

 ミツバから得た情報では、ナギナミの海近くに建っている別荘の一つがアイカの両親が所有する別荘ということだった。そこから詳しい情報は得られなくて申し訳ない、と謝っていたがこれだけでも大きな収穫だ。

 確かに海に面している部分は広いが、ナギナミという広大な町内全てを調べるよりは、範囲は限られてくる。それに別荘を建てるほどのお金持ちがそう何人もいてはたまらない。クレナイの名前などを出して尋ねれば、それほど時間もかからずに判明するはずだ。

「ただ……」

 アマネの第六感ともいえる部分が警鐘を鳴らしている。

「ねぇ、誰かナギナミに来たことがある人はいる?」

 この嫌な予感が外れてほしい。そう願ってヒイロたちに視線を向ける。

「あるさね」

 そう答えたのはラキだった。その視線はアマネではなく、ナギナミへ向けられており、厳しい表情をしている。聞くまでもなく、それがアマネの求める答えだった。

「本来、ナギナミはこんな静かな場所じゃないさ。もっと活気に溢れた港町さね」

「でしょうね」

 港町というのは本来そういう場所だ。取引が盛んに行われ、新鮮な野菜や魚を売る露店が道端に並んでいるはずだ。だというのに、ナギナミにそのような活気は全くない。

 町を歩く人は俯き、なにかに怯えるように固く家の扉を閉ざしている。露店は一つも出ておらず、静けさが町全体を包んでいた。

 異様な光景にミツバたちも声を失っている。

「アイカを助けにきただけだったんだけど……。どういうことかしらね、これは」

 渇いた笑いしか出てこない。

 明らかに異常さを放っている。『ソウランの悲劇』までとは言わないが、それに近い雰囲気ではないか。

「アマネ、大丈夫か?」

 前世を思い出して、震える手をヒイロが大きな手で包みこんだ。

「ヒイロ……。ええ、心配かけてごめんなさい。私は大丈夫よ」

 その温もりはアマネを現実へ引き戻してくれた。

(そうよ、こんなことで怖気づていてはいけない)

 耳につけているイヤリングを触って、目を閉じながら心を落ち着かせる。

(大丈夫。私には仲間がいる。もう仲間を死なせはしない!)

 目を見開き、現在得られる情報を確認する。港町ナギナミは、まだ血の海にはなっていない。だとすればまだそこまで悲惨なことにはなっていないはずだ。ナギナミに住む人々の顔を観察する。怯えてはいるが、外に出ているということは、鬼気迫った状況ではないということだ。とすれば、人々はなにに怯えているのだろうか。

 アイカと関係がないことを願いながら、通りすがりの人に尋ねてみることにした。

「ヒイロたちは少しここで待っていて」

 話しかけるなら、アマネ一人の方が都合がいい。なにせ十六歳のくせに十歳の時と同じ外見をしているのだ。それに今は制服も着用していない。話しかけられた相手も、多少は油断するだろう。

「すみません」

「ひいぃ。な、なんだね」

 話しかけたのは、四十代くらいの男性だ。恰幅はいいが、頬はなぜか痩せこけていた。話しかられて肩を大きく跳ねさせるが、アマネの外見をみて安堵の息を吐いていた。やはり一人で話しかけてみて正解だったようだ。

「ナギナミはなぜこのような状態になってるんですか? 私、久しぶりに友だちに会いに来たんですけど、なんだか怖くて……。けど、友だちの家に行くのに道に迷っちゃって、友だちにも会えないし、どうしたらいいのか……」

 十歳児らしく、わざと怯えた口調と表情で尋ねてみる。ヒイロたちが後ろで笑っている気配がするが、あえて無視して演技に徹する。

 その姿にどう思ったのか、男性はアマネの視線に合わせるよう、腰をかがめて両手をアマネの肩においた。

「お嬢ちゃん。悪いことはいわないから、ここには長くいない方がいい」

「どうして?」

 男性は周りを警戒するように見渡すと、アマネにだけ聞こえるよう小声で話してきた。

「【ネズミ】がいるんだ」

 ネズミ。その言葉を聞いてはっとする。もちろんそれは、溝や屋根裏にいるネズミのことではない。けれどある程度の年齢になれば、親から教えられる隠語でもある。

「そっかあ。でもね、どうしても友だちに会いたいの。誕生日プレゼントだけでも渡したくて。クレナイさんっていう魔女がいる屋敷で働いている人の子どもなんだけど」

「ああ、クレナイさんの別荘の子か」

 十歳児とて、それくらいの知識がある。男性はアマネに意味が伝わったことにほっとすると、クレナイが所有する別荘への行き方を丁寧に教えてくれた。

「いいかい。誕生日プレゼントを渡したら、すぐに帰るんだよ。いいね?」

「うん、分かった。おじさん、ありがとう」

 やはりクレナイの名前は有名だったようだ。情報を簡単に入手できたことに喜び、礼を告げた。

 男性の後ろ姿が見えなくなったことを確認すると、ヒイロたちの元へ戻る。ラキやヒイロの面白がる視線を睨みつけて黙らせ、情報を皆で共有する。

「アイカがいる別荘は分かったわ。それとこの町がこうなった原因も。……この町には、【ネズミ】がいるそうよ」

 そう告げると、誰もが険しい表情をしていた。

「そういうことか」

 ネズミ、という隠語は即ち人の道を外れた魔女や使い魔、騎士のことをさす。この町にネズミが現れたということは、もう何件か被害があったのだろう。

 嫌な予感は見事に的中してしまう。ネズミの本拠地はおそらく、アイカがいる別荘だ。民間人には知らされていないが、ネズミは基本的に危険を少しでも無くそうとする傾向がある。とすればクレナイの態度と合わせて、ある程度のことが予測できてしまう。

 ちなみに民間人にこのことを知らされていないのは、魔女や騎士たちの危険を少しでも減らすためだそうだ。助けにきた魔女や騎士が、その事実を知っている民間人の手によって囮とされてしまったら、元も子もないかららしい。いくら強くとも、多勢に無勢では勝ち目がないということだ。だから男性もネズミがいると教えてくれても、アマネが別荘へ行くことを止めようとはしなかったのだ。

 今回はおそらくアイカがナギナミに連れて来られて、クレナイたちが目を離した隙に別荘を奪われたのだろう。アイカは人質、といったところだろうか。クレナイたちの様子からして、殺されてはいないはずだ。殺されていたら、今頃クレナイたち王都にはいないだろう。あのクレナイなら、絶対に娘の敵をとるはずである。

 しかしそこまでわかったとはいえ、肝心のネズミの戦力は不明のままだ。アマネたちの戦力は学年内ではトップを誇るとはいえ、本物の騎士と魔女には叶わない。もちろん、それでもアマネはアイカを助けるつもりだ。一度は決めたことだし、なによりアイカを見捨てたくはない。けれどヒイロたちに無理強いさせるつもりはない。いくら戦闘を覚悟をしてきたとはいえ、それはクレナイが用意しているであろう戦闘要員との話だ。ネズミとなれば話は別になる。ネズミとの戦闘イコール命をかけた戦いになるのは必須だからだ。ここで命が惜しくなって逃げても、誰も笑ったりなどはしない。

「どうする?」

 だからアマネは一人一人の目をしっかりと見て尋ねた。

「俺は行くよ」

「俺もさ」

「私もです。アイカ様を助けるためにここまで来たんですから」

「私もー」

 けれど、その問いかけは不要だったらしい。誰もが真剣な眼差しをしていた。

 アマネは懐に入れておいた紙袋の中から入っている魔法具を全て取り出し、全てを身に着けた。指輪が三つにブレストレットが二つ、イヤリングとネックレスが一つずつ。傍からみたら、装飾品をつけすぎだと思われそうだが仕方がない。周りにどう思われようとも、アイカの元へ皆無事に辿り着くことが優先だからだ。しかしウタもそのことを気にしてくれていたのか、一つ一つがそれほど存在を主張するものではなかったので、見た目はくどすぎることにはならなかった。制御装置がついたピアスは紙袋にしまい、大事に懐へしまっておくことにした。

 アマネが準備している間、ヒイロたちもいつでも戦えるように自身の武器を手にしていた。ヒイロはクオンが武器化した姿である大剣を、ラキは双剣を、ミツバは三十センチほどのシンプルな白い杖を、そしてフウは漆黒で鋭利な付爪を装着していた。アマネとヒイロ以外は、制御装置は教師の許可がなくては外すことができないから制御装置がついたままの武器や魔法具となる。そのせいで戦力は落ちてしまうものの、人を殺すほどの威力を持ち合わせていないから逆に安心して戦えるのかもしれない。

 今からアマネたちが行おうとしていることは魔女と騎士のれっきとした仕事、通称ネズミ狩りだ。ネズミを狩るということは、即ち人を殺すことを意味する。魔女や騎士になる以上、いつかは人を殺す覚悟を持たなくてはいけない。

 もちろん生け捕りにできれば越したことはないが、それを行うにはネズミとの圧倒的な力の差が必要になる。だから基本は殺すことになるのだ。けれどその覚悟を持つのは、今でなくてもいい。ここでその覚悟をするのはアマネだけで十分だ。ヒイロにはクオンを渡すことで背負わせてしまったが、もちろん人殺しの罪を今のヒイロに負わせるつもりはない。

「なら、行きましょう。アイカの元へ」

 活気のないナギナミの周囲を警戒しながら、アイカのいる別荘へと歩みを進めていった。

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