第三十八話
――そして、放課後。
各々準備ができたら校門前に集合ということになっていたので、アマネは自室に戻ってきていた。もちろんクオンに魔力を渡すためだ。
朝に部屋を出てきたときと変わらない位置に、大剣となったクオンが鎮座していた。当たり前のことなのに、それがどうしても寂しく思えてしまう。
「クオン、早く目を覚まして」
アマネは自身の魔力をクオンに触れながら、渡していく。一日二回行う魔力譲渡の量は、朝は無理のない程度に、夜は眠るだけなので早く覚めるようにと多少無理をしてでも多めに渡していた。けれど普段と違って今日は、これからアイカの実家にいかなければならない。なにがあっても動けるように多少の魔力を残しておく必要がある。その旨をクオンに伝えて、いつもの半分の量をクオンに渡した。
クオンに魔力を渡し終えて校門に向かうと、すでに皆そろっていた。アマネが最後の到着だったようだ。
「ごめん、お待たせ」
「ううん。全然待ってないし大丈夫だよ。ヒイロくんなんて本当に数秒前にきたばっかだし」
「数秒前って……細かいな、ウタ」
「えー、本当のことなのに、なんでそんな文句言われなきゃいけないの?」
フォローしたつもりが、細かさにヒイロから苦情を言われて頬を膨らますウタに思わず苦笑してしまった。
「まあまあ。それより、ヒイロ。アイカの実家の住所聞いてきた?」
「ああ、キーちゃんも心配だったみたいで、すぐに教えてくれた」
ヒイロは胸ポケットから一枚の紙を取り出し、そこに書かれている道順を読み上げた。それを聞く限り、たいして遠くはなさそうだ。
すでに到着していた辻馬車に乗り込むと、アマネたち一行はアイカの実家へと向かった。
学生寮から王都の人間が住む居住区はそう離れていないこともあって、一時間ほどの時間でアイカの実家に辿り着いた。
「でっけーな」
ヒイロが目の前の家を見上げながら、驚きの言葉を口にした。
「本当に。魔女や騎士が高給取りなのは知っていたけれど……」
ウタもあんぐり口を開けていた。無理もない。アマネでさえ家の規模に驚いているのだから。お世話になっていた孤児院二つ分はある庭に、さらに庭の二倍以上ある屋敷。土地の場所からして裕福層の密集地にも関わらず、これだけの敷地を有しているのは、一重にアイカの両親が立派な魔女と騎士の証拠なのだろう。
アイカの実家に驚きを隠せないアマネたちとは反対に、ミツバやフウは比較的落ち着いていた。何度かここに来たことがあるのかもしれない。
ミツバは門の前に立つ門番に、慣れた様子でアイカへの取次を頼んでいた。
「すみません、アイカさんに会いにきたのですが、いらっしゃいますか?」
「申し訳ございません。とても心苦しいのですが、アイカ様への取次は奥様より禁じられております」
「……え?」
ミツバは思ってもみなかった言葉に、思わず聞き返してしまっていた。いつもはすんなりと案内してもらっていたのだろう。
「どうしても、駄目なんですか? ここまで来たのに……!!」
「ご足労いただいたのに、申し訳ございません」
申し訳なさをにじみ出しながらも、決して曲げない姿勢を貫いている。まさに門番の鏡とでもいうべきだろう。
クオンがいない今でも、アマネの実力なら正面突破も可能だ。しかしできる限り印象が悪くなるのは避けたい。そこで悪印象にならないような、実力行使を行うことにした。
「ミツバ、大丈夫だから少し落ち着いて。私にいい考えがあるから」
こういう時のために魔力を残しておいたのだ。
「アマネちゃん、なにをするの?」
「魔法で家の中にアイカがいるか確かめる」
「え!? アマネちゃんそんなことできるの? すごい!!」
「……それって、許可をとらない家宅捜さ」
キラキラと目を輝かせるウタに対して、若干引くような声色のヒイロの口を片手で塞ぎ、口角を上げた。
「なにか、問題、でも?」
ゆっくりと言葉を区切りながら、ヒイロへ笑顔を向ける。
「……ベツニナイデス」
口元へやった手を離すと、片言の言葉が返ってきた。
「まあ、いいわ。とにかく皆静かにしててね。微かな音でも聞き逃したくはないから」
アマネの注意に、揃って頷くのを確認すると魔法を使用するための魔力を練り上げていった。その途中でアマネがなにかしようとしていることに気づいた門番が止めにかかったが、その手がアマネに伸びる前にヒイロが阻止する。ヒイロにならうように、ウタやミツバ、フウも門番を押さえつけた。雁字搦めにされた門番は途方にくれていた。門番というだけあって力は相当ありそうだが、ヒイロ以外は皆女性で力を行使するのにためらいがあるのだろう。それに加え見知ったアイカの友だちがいるのだ。手を上げるに上げられない、といったところだろうか。
視線で皆に礼を伝えると、アマネは魔法に集中した。
(――フウソウ)
自由に空中を駆ける風を操り、アマネを思うがままに動かす魔法だ。その風が通った場所の情報は全てアマネに伝わってくる、とても便利な魔法である。以前にアイカとの試合でボールを簡単に見つけたのも、実はこの魔法の力だ。といっても、あの時は捜索範囲がアイカとヒナタだけだったから、心の中で強く思いながら呪文を唱えるまでもいかず、風の力を少量の魔力で借りたにすぎないのだが。
制御装置のついた魔法具では操りにくい魔法だが、アイカの実家ほどの大きさなら大して問題ないだろう。
フウソウによって操る風は、アマネの耳となり、目となる。余計な情報を得ないために敢えて瞼を閉じ、フウソウに集中した。
中庭、屋敷の中の各部屋の中、侍女たちの会話まで。全てを見て、聞いていく。そうして全てを見聞きしたアマネは操っていた風を霧散させ、魔法を終了させた。
ゆっくりと瞼を開け、ヒイロたちが押さえている門番へ話しかける。
「アイカ、ここにはいないようね。どうやら王都から離れた位置にある地方の別荘にいるらしいのだけど、その別荘はどこにあるのかしら?」
「な、なんでそれを君がっ……!!」
「なんででもいいでしょう? それを門番さんに教える必要はないわ」
フウソウという魔法を使って情報を見聞きしました、なんて正直に答える必要はない。そんなことは馬鹿がやることだ。
「で、別荘はどこにあるのかしら?」
ウタに作ってもらった魔法具のイヤリングを、わざと見せつけるように髪を耳にかける。言外に教えなければ魔法を使うと威嚇すれば、門番は血がさああと引いたようにと青ざめた。
「ア、アイカ様の場所は――」
震える唇でどうにか場所を口にしようとしたその時だった。
「それを答える必要はなくてよ」
アマネの真後ろからストップの声がかかる。振り返ると豊満な胸を持った女性がアマネたちを見下すようにして立っていた。鮮やかな巻いた赤髪に夕陽のように朱色がかった赤の瞳。仕事の帰りだからか、黒いコートを羽織っているが、その内からにじみ出る華やかさは隠せていないようだった。
その姿はアイカが大人になったらこんな感じになるのだろう、と想像させるには十分だった。外見からして二十代前半に見えるが、魔女の年齢なんてそんなもの当てにならない。けれど雰囲気で分かる。おそらくこの女性がアイカの母親なのだろう。
その女性の一歩後ろには、柔和な雰囲気を持ち合わせた男性がいた。平凡な茶色の髪に、赤の瞳。女性と比べてしまえば、華やかさはないものの、容姿は別段悪くはない。むしろいい方だと言えるだろう。女性と同じく黒いコートを羽織っているということは、この女性とパートナーだという証にもなる。ということはアイカの父親に違いない。しかし男性は口を挟むつもりがないのか、一歩身を引いた状態で事の流れを見守る態勢に入っていた。
最悪な場面を見られてしまった、とアマネは内心舌打ちをした。
最初はアイカからどんな状態なのかを聞いて、それから両親の説得に回ろうと思っていた。しかしそれは全て裏目に出てしまったらしい。どうにかして懐柔しなければならない人物を、敵に回してしまったようなものだ。しかしこうなってしまったら仕方がない。
アマネは開き直る選択肢を選んだ。
「なぜ、教えて下さらないのですか? 私、アイカさんに会いたいだけなんです」
「どうして、ですって? なぜそれをあなたに教えなければならないの?」
質問を質問で返されてしまった。でもこれは、予想していた範囲内だ。
「あなたの言う通り、別に私たちへ教える必要はないです。でも、これだけは教えて欲しいんです。なぜアイカさんをまだ自主謹慎させているのですか?」
「それこそあなたには関係ない話よ。だから門番を早く放しなさい」
アイカの母親は力を見せつけるように、己の魔力をアマネやヒイロたちに放ってきた。それは所有している魔力の一旦にしか過ぎないものの、資格を持った魔女の圧倒的な存在に気圧されていた。本来の実力を持ったアマネであれば、そんな魔力は造作もなく弾き飛ばせるのだが、いかんせん使い魔がまだ目を覚まさない上に不要な魔法は出来る限り避けたい。アイカの実家を訪れたメンバーの中で一番魔力が低いのは、普通科のウタだ。ウタの方を一瞥すれば、額に汗をかいて辛そうな表情をしている。どこか息をしにくそうだった。そんな姿を見て魔力を弾き飛ばしたい気持ちにかられるが、拳を強く握って我慢する。
「いやよ」
平然とした顔でそう答えれば、アイカの母親は目を見開いて驚いていた。
「あなた、この魔力が辛くはないのかしら? こうみえても私、『エンカのクレナイ』と呼ばれておりますのよ?」
「知ってるわ。でもあなたの魔力くらいで、私が顔色を変えることはありません。それにアイカさんの謹慎に、私は関係あるんですよ? なにせ私やそこで門番さんを押さえつけているウタやヒイロは、被害者なのだから」
「……なんですって?」
クレナイはぴくりと眉を動かす。その些細な変化をアマネは見逃さなかった。
「アイカさんの謹慎の内容はもちろんご存じですよね? 閉じ込めたのも、屋上で戦ったのも。……まあ、アイカさんのせいでない部分も多々ありますけど」
後半部分はクレナイに聞こえないよう、小さく呟く。むしろアイカのせいでない割合の方が高いくらいだ。でもクレナイには、これくらい言っておく方がちょうどいいだろう。
「…………っ。それでも、それでもあなたには関係のないことだわ。これは我が家の問題なんですもの。帰ってちょうだい!!」
唇を噛みしめ、それでも関係ないと言い張る。ここまでしてアイカと会わせないようにするクレナイに、どこか疑問が生まれる。
(なんでこの人は、これほどまでにアイカを遠ざけるのかしら?」
その避け方はいっそ異様と言ってもいい。普通ならここで迷ってもいいところだというのに。
その考えが伝わったのか、クレナイの雰囲気がどこかガラリと変わった気がした。
「帰りなさい。これ以上いるのなら、自己防衛として魔法を使うわ」
クレナイは黒いコートの内側からアイカの杖とよく似た杖を取り出した。そして二つの尾を持つ狐が、クレナイの肩に乗るように現れる。夕陽色の毛並みを持つ狐は、クレナイの使い魔なのだろう。アマネたちをどこか申し訳なさそうに見ていた。
(どうして、クレナイの使い魔がそんな目で私たちを見るの?)
アイカの父親である騎士の方を一瞥すれば、無表情ではあるものの、雰囲気はどちらかといえば使い魔よりだ。なにがどうなっているのか、アマネにはさっぱり理解できなかった。




