第三十七話
午前授業が終わり、昼休憩は教室にやってきたウタとヒイロで取ることになった。クラスメイトは思うところがあるのか、アマネたちに積極的に話を聞こうと近づいてはこないが、その視線が鬱陶しく感じるのは確かだ。それは二人とも同じだったらしく、ウタの提案で売店で食べ物を購入して、中庭で昼食をとることになった。
教室を出る際、ラキの視線が刺さったがその視線を無視することにした。ラキ自身はすでに仲良くなったクラスメイトと昼食を食べるようだ。出だしが険悪だったから馴染めるかどうか気になっていたが、その心配は無用だったらしい。過去を思い返せば、ラキは昔から老若男女に好かれる節があった。どんな手を使ったか定かではないが、その容姿と回転の早い頭でラキなりに上手く世の中を渡ってきたのだろう。
無事欲しいものを購入して中庭につくと、早々にヒイロがラキの話題を出してきた。
「あいつは一体なんなんだ」
「ただの馴染みよ。私とラキは同じ孤児院で育ったの。その孤児院が火事になるまでは、ね」
当時のことを簡単に二人に話すと、アマネがまさか孤児院育ちだとは思っていなかったのか、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「両親がいないことを気にしてないし、そんな顔しないで。ラキもそういう事情があるから、今はまだ本当のことを言わないでほしい」
「わかった。仮契約のこともか?」
「ええ」
仮契約のことを話したら、アマネだけではなくヒイロにまで突っかかっていく恐れがある。面倒くさくなること間違いないそれだけは、避けたかった。ヒイロも朝のラキの姿を見ていたからか、すんなりと了承してくれた。
話が一段落すると、ウタが二度手を叩いて、場の雰囲気を変える。
「んじゃ、もうこの話は終わり。ご飯食べよ? あ、でもその前にこれ。はい、アマネちゃん」
ウタがそう言って差し出してきたのは、一対のイヤリングだ。アマネに合わせたのか、赤い石の制御装置とともに空色の石もはめ込まれていた。華美ではないが、所々に製作者のセンスが光っていて、アマネ好みに仕上がっていた。
「かわいい」
口から本音がポロリとこぼれ落ちた。そんなアマネの言葉に、ウタは頬を緩めて喜び、性能が前回より上がったことを説明する。その話を聞きながら昼食の時間はゆっくりと過ぎていった。
そうして和やかに話していると、残り十分ほどというところでフウとミツバがアマネたちの方へ向かってきていることに気がついた。
「なにか用か?」
アマネの視線を追うようにして気づいたヒイロが、少し離れたところで止まったフウとミツバに話しかけた。
ミツバはどこか言いにくそうに視線を彷徨わせていたが、フウに肩を叩かれ一度深呼吸をしてアマネたちに視線を合わせてきた。
「先日は大変なご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。今後、二度とないように自分を戒めていこうと思っている所存です。ですから、……ですから、どうかアイカさんを助けてください」
その口調は固く、普段なら目上の人にしか使わない敬語で話しかけてきた。つまりは、それほどミツバが罪悪感を抱いているということだ。
「助けるって、どういうこと?」
キシナから得た情報では、アイカは自宅で謹慎しているだけのはずだ。学校側から言い渡された謹慎ではなく、自主謹慎ということだが、なにかまずいことでもあるのだろうか。
「実はアイカさんの両親は『エンカ』の二つ名を持つ、優れた魔女と騎士なんです。それで今回のことにその両親が激怒してしまって……」
『エンカ』の二つ名はアマネも耳にしたことがある。確か火魔法を得意とするパートナーで固有魔法でない火を二つ名でもらった珍しい魔女だ。もちろんもらうといっても、誰かにつけてもらうということではない。国家資格を取得することで、魔女と騎士で考えた二つ名をつけて、登録することができるのだ。任務中はその二つ名で呼ばれることが多いが、その二つ名の意味を知る者は自分たちしかいない。二つ名とは魔女と騎士にとって特別なものでもあるのだ。
前世の場合はまだアマネたちが小さな頃、村の魔女たちに自分たちも欲しいとつけてもらったものが最初の由来となっている。その頃のアマネやヒイロの力は強い、とは口が裂けてもいなかった。だから、初夏の青葉を揺すって吹き渡るやや強い風、青嵐と名付けてもらった。一人前の魔女となって初めてヒイロと本契約をする際に、世界中に届くような強い風であるように、ヒイロとそう願いを込めて蒼嵐と名乗るようになった。もちろんこの二つ名の真名と、真名の由来を知っているのは、アマネとヒイロしかいない。
話は戻るが、基本的に魔女は己のみが使える魔法を生み出して、それが一定以上の威力を合わせもつことで、初めて魔女の資格を得ることができる。前世ではさすがに国家資格というものはなかったが、魔女と名乗るためには、やはり今世同様の基準があった。前世のアマネだって天空を操る魔法を使えるから、魔女として認められたのだ。
火の魔法で二つ名を貰うことは決して容易いことではない。それなりの努力をして得た称号なのだろう。確か噂では、自身にも周囲にも厳しい魔女とのことだ。騎士の方は優れた腕を持つくらいしか聞かないが、『エンカ』の魔女のパートナーでは霞んでしまうのも無理はない。そんな魔女だからこそ、己の娘が犯した罪が許せなかったのだろう。
そう結論づけて、一つの答えに辿り着く。
「もしかして、学校を辞めさせようとしている?」
「そうなんです……。私たちが悪いのに、どうしてアイカさんがっ」
ミツバは張りつめていた糸がプツンと切れてしまったかのように、涙をぽろぽろと零しはじめた。
ミツバたちの気持ちはわからないでもない。大切な友人が自身を庇って自主退学になろうとしているのだ。心が張り裂けそうなくらい、傷ついているに違いない。
「もちろん、図々しいお願いをしているのは承知しています。でも頼れるのが貴女たちしかいなくて……。お願いします」
深く頭を下げるミツバ。フウは一言も話さなかったが、ミツバに任せた方が伝わりやすいと判断したからなのだろう。フウもミツバに続いて頭を深く下げた。
「助けてあげようよ」
そう最初に言葉を発したのはウタだった。
「本当ですか!?」
「うん。アイカちゃんはもう友だちだし。ね、アマネちゃん?」
アイカとの関係が友だちなのか微妙なところだと思っていたが、どうやら友だちという関係であっていたらしい。同意を求めるウタに対して軽く頷いてヒイロの顔を窺えば、同じ気持ちであるというように笑みを返してくれた。
「アイカがいないと、どこか物足りないしね。ただ、今後一切ああいうことはしないで。約束してくれる?」
「はい、もちろんです」
「ありがとぉ」
涙目で安堵をしているミツバと、ほっと息をつくフウを一瞥し、ヒイロたちの予定を確認した。アイカの実家へ両親を説得しに行くなら、早い方がいいに決まっている。
「私は今日あいてるよ。ちょうどアマネちゃんの魔法具が完成して、暇になったことだし」
「俺も。いつも自主練してるだけだから、放課後なら大丈夫だ。キーちゃんに、アイカの実家の場所聞いとくわ。辻馬車も用意しておいた方がいいよな?」
今のアマネの用といったら、クオンに魔力を渡すこと。魔力を渡したあとは、基本暇を持て余しているので、いつの放課後でも問題はない。
「うん、よろしく。あなたたちも一緒に行くわよね?」
「はい、よろしければご一緒させてください」
「私もー」
放課後は全員の都合が合うということで、早速アイカの自宅を訪ねることになった。




