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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第一・五章「魔女の岐路編」
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第三十三話

 廊下が夕日に染まる中、アマネは両手に紙パックを持ち、トウカの病室に向かっていた。

 扉が見えてきたところで、正面からヒイロがやってくるのが見えた。夕日の中でさえ映える赤髪に、アマネは目を細める。

「おう、アマネ。珍しく出迎えか?」

「そんなわけないでしょ。トウカさんと話してて喉が渇いたから、買って病室に戻るところよ。ヒイロこそ、学校じゃなかったの?」

 首を傾げたのは、ヒイロが私服だったからだ。

 見舞いに来てくれる友人たちは皆、学校があった日は制服のままで来ていた。別に学校があったから制服でなければいけないわけではないのだが、平日に私服で現れるとなんとなく違和感を覚えるのである。

「もちろん学校だったぜ。ちょっと早く終わって素振りしてたから、着替えてきたんだ。汗だくで病院に来るわけにはいかないだろ?」

 なるほどと納得していると、キシナが先に来ているはずだとのことだった。両手がふさがっているアマネに代わり、ヒイロが引き戸に手をかける。

「そう、そうって、トウカ。ちゃんと聞いているのかい?!」

 アマネたちは引き戸越しに聞こえた声にぎょっとした。

 この切羽詰った声は、キシナのものだ。学校で注意するときすら穏やかなキシナが声を荒げている。

「珍しいな。ケンカか?」

「そんなに珍しいの?」

 頷くヒイロもかなり戸惑っているようで、引き戸を開けるのを迷っている。

「ヒイロ、少し様子を見ましょうか」

 アマネとヒイロは顔を見合わせ、引き戸を少しだけ開けて様子を窺った。

 二、三歩入ったところにキシナの後姿が見えた。その奥ではトウカがベッドで体を起こしているが、真っ直ぐ前を向いたままキシナの方を向いていない。ケンカ中だというのにトウカの横顔は静かで、キシナの言葉には無反応のようだ。

「このままじゃ、死ぬかもしれないんだよ!?」

(え、死ぬかもって)

 耳を疑うと同時に、数日前にしてもらった占いが脳をよぎる。

 あれはアマネのことではなかったというのか。

 バンッと叩きつける音がしてアマネは我に返った。目くじらを立てたヒイロが物音に振り返ったキシナにつかみかかる。

「おい、どういうことだよ。治療さえ受けていれば大丈夫なんじゃなかったのかよ!」

「ヒイロ、に、アマネくん。聞いていたのか」

「廊下まで聞こえてんだよ。んなことより、死ぬってなんだよ! 大丈夫って言ってただろうが!」

「これまでの方法じゃ維持できなくなったんだ。でも、使い魔を戻して魔女の資格を返上すれば、可能性はある」

「は? 使い魔を、魔女の資格を返上……? なんだよ、それ……」

 ヒイロは力なく手を離し、キシナは眉根を寄せてトウカを振り返る。トウカは廊下から様子を窺ったときのまま微動だにしていなかった。

 さすがに不安になったアマネはトウカの元に歩み寄る。すぐ横まで来て初めて、ほとんど声にもなっていないささやきが聞き取れた。

「……しょう…………ナのため…………いられ……嫌……でも……なにも……」

「大事なことだから話し合いたいのに……トウカ、なにか言ってくれよ!」

「先生、少し待ってあげてください。トウカさんだって、混乱しているんです。まだ少しくらい、猶予はありますよね?」

 アマネの言葉にはっとしたキシナは沈黙し、やがて重く息を吐いて壁際に置かれたイスに腰掛けた。肩越しにキシナが落ち着いたのを確認したアマネは、トウカの両肩に手を回し、そっとベッドに横たわらせる。それまで虚ろな目をしていたトウカの目が動き、アマネの心配している顔を映した。

「……ア、マネ……さん……」

「トウカさん、今はゆっくり休んでください」

 かすれた声で呼ぶトウカの姿が痛々しい。布団を肩までかけると、ありがとうと言って目を閉じた。

 寝息を立てはじめたのにほっとするも、顔面は蒼白で触れた肩も冷え切っていた。あとで医者を呼んできた方がいいだろう。

 振り返ると、キシナは両膝に肘をついてうなだれていた。立ち尽くしているヒイロは渋面を作り、キシナを見下ろしたまま黙している。重い空気にどうしたものかと思っていると、キシナが少しだけ顔を上げた。メガネの奥で、赤色の瞳が申し訳なさそうにしていた。

「アマネくん、すまない。これは自分たちの問題だから、席をはずしてくれないか」

「キーちゃん、側にいてやるくらい」

「ヒイロもだ。あと、このことは他言無用だからね」

 有無を言わせない雰囲気にヒイロが眉を吊り上げた。

「なんでっ」

「ヒイロ、行きましょう。……お邪魔しました」

 ベッドから離れたアマネは、食ってかかりそうなヒイロの腕をつかんで引っ張っていく。途中、出入り口横の洗面台に置いておいた紙パックをつかみ、廊下に出た。病室の戸を閉めたところで、アマネは不満たらたらといった様子のヒイロの顔の前に紙パックを一つ放り投げた。驚いて反射的に掴み取ったヒイロの半目がアマネに向けられる。

「なんだよ」

「あなたも、落ち着いて整理する時間が必要よ。私の病室に行きましょう」

 その前にと、看護師を呼び止めてトウカのことを伝え、アマネは渡せなかった紙パックを見下ろしてそっと溜息をついた。



 ヒイロを連れて自分の病室に戻ってきたアマネは、ベッドに腰掛けて手元に残った紙パックにストローを挿した。

「アマネは冷静だよな」

 壁際に置かれた備え付けのイスを引っ張ってきたヒイロは、アマネの正面に座って腕を組んだ。その目が不満を訴えてきていたので、アマネは軽く眉根を寄せる。

「ほぼ毎日会っていて心配してないわけないわ。表に出してないだけで、動揺はしてる。あの場で誰かが平静を装わないと、収拾がつかなくなるでしょう?」

 現にキシナとヒイロは取り乱していた。まだ部外者に近いアマネだったから、いち早く不穏な空気を察して行動することができたのだ。

 悪かった、と謝ったヒイロは息をついてうつむいた。

(かなりショックだったみたい。そうよね、身内なんだもの……)

 アマネはストローを口に含み、物思いにふけった。

 知り合って日は浅いが、話しているととても親しみやすくて気配りができ、すぐに打ち解けられた。年上だからか髪型や服装など、あれが似合うこれもいいかもと姉がいたらこんな感じだったのだろうかと思った。

 占いをしてくれた以降もなにかと心配してくれた。できることはないかと親身になってくれた。今度は自分がそれを返したい。なにか力になれることはないだろうかとは思うのだが、医者が維持で精一杯だったのだ。できることはないのかもしれない。

 それでもなにかをせずにはいられなかった。ヒイロたちが沈んだ気持ちのままでいてほしくもない。とはいえ、トウカの病気についてアマネはよく知らない。気軽に人の事情に首を突っ込むものではないと避けていたのだ。

 考えるにも行動するにも、まずは知る必要がある。

 アマネはストローから口を離し、顔を上げてヒイロを見つめた。

「ヒイロ、ちょっと聞いてもいい?」

「……ああ」

「トウカさん、いつもは元気そうだったのにもう何年も入院してるのね」

 トウカに関することを聞かれてやっと面を上げたヒイロは、目を丸くしていた。

「ほぼ毎日会っていながら、姉さんから病気についてなにも聞いてないのか?」

「知り合ってすぐのときに魔力の病気とは言ってたけど、ぼやかす以上はずけずけと聞けないでしょう?」

 アマネの正論に確かにな、と頷いたヒイロはようやく紙パックの存在を思い出し、ストローを用意しはじめる。

「俺はその場にいたわけじゃないが……姉さんはある日突然、魔力の一部を失って倒れたんだ。最初は魔女の仕事どころか立って歩くこともできなくなってさ、失っただけじゃなくて魔力の生成もしにくくなってたらしい。医者が原因を調べてくれたんだけど、原因不明。奇跡的に応急処置が効いて、姉さんの様態も安定した。維持しているあいだは大丈夫だって言ってたのに……」

 語尾が消え入り、ヒイロは顔をしかめる。話を聞いていたアマネは素朴に思った疑問を口にした。

「大丈夫って、そんな原因不明で不安定な状態だったのによく信じたわね」

「そのとき俺はまだ七歳だったんだよ。不安だけど、キーちゃんの言うことを信じるしかなかったんだ」

 八年も入院していたことに驚いたアマネは、同時に納得した。七歳であってもそうでなくても、近しい人に大丈夫だと言われればとりあえず信じるしかないだろう。

 そして病状を聞いたことで、最初に出会ってからずっとトウカに感じていた違和感の正体が魔力の欠損だと分かった。

(歩けなくなるほど魔力の量だったということは、キシナ先生と同じくトウカさんの目の色も赤か、それ以上ってことよね。しかも突然倒れたということは、一度に体外へ消えたということ。消えた分の魔力はどこへ行ったの?)

 使ったわけでもないのに魔力が突然なくなるとは思えない。そんなことがあれば八年前に大騒ぎになっていただろう。トウカだけの病気なのか、他の魔女、いや魔力を持つすべての者に起こりうることなのか。病気と言い表しているものの、本当に病気なのだろうか。

(なにかきっかけか、原因が必ずあるはず。当時の事を聞きたいけれど、今すぐは無理ね)

 考え込んでいたアマネは、ズズッという音で思考の淵から帰ってきた。ヒイロが紙パックの中身を飲み干したらしい。アマネが思考を巡らせていたように、ヒイロも考えていたらしく、顔を上げたところからして少し落ち着いたようだった。

「俺は……資格を返上するべきじゃないと思う」

 キシナが死ぬかもしれないと言っていたのに、ヒイロが継続側の意見だとは思いもよらなかった。そして継続を選んだヒイロに衝撃を受け、せり上がる怒気が声に混じって震えた。

「ヒイロは、命より資格を取るって言うの?」

「そうじゃない。生きてなきゃ契約がどうこうどころじゃないのは、分かってる。……でも、俺にとってあの二人は小さい頃からの憧れなんだ。互いを思いやって助け合う二人を見てきた。勝手だけど、俺は返上しないでほしい」

 持つ手に力が入れられ、紙パックが潰される。再びうなだれたヒイロはうめくように言葉を吐いた。

「きっとなにか、回復に向かう方法があるはずなんだ。二人はまだ若いのに、こんな、終わり方があるかよ……」

 アマネは怒りなど霧散し、痛々しい姿に胸を突かれた。気づけば手を伸ばし、ヒイロの頭を抱きしめている。

 たびたびアマネが仮契約の解除を口にしていたときも、表面上は平気なふりをして、本当は辛く苦しい思いをさせていたのかもしれない。いや、させていたのだろう。アマネだって分かっていたのに無視していた。

 そのことと現状が重なり、アマネは目頭が熱くなって抱きしめずにはいられなかった。

 身長差があるので、ヒイロがかなり前傾姿勢になってしまっているが、されるがままになっていた。声はかけない方がいいだろうと、アマネは沈黙する。

 辛い思いはできるだけさせたくないと思っておきながら、逆のことをせざるを得ない自身が恨めしい。

 そしてもしトウカたちと同じことが自分たちに起こったら、アマネは迷わず返上を選ぶだろう。

(ごめんなさい、ごめんなさいヒイロ)

 心のうちで何度も謝りながら、アマネはしばらくヒイロを抱きしめ続けた。

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