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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第一・五章「魔女の岐路編」
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第三十一話

 外に出た途端穏やかな風が横切り、アマネはなびく空色の髪を後ろ手に押さえた。

 青々と茂る芝生の向こうに、心地よさそうな日陰を作っている木を見つけ、近寄って先客がいないことを確かめてから座り込んだ。体を幹に預け、ぼんやりと目の前の光景を眺める。

「中庭に出てみたけど…………やっぱり暇ね」

 行き交う人々はほとんど老人だったが、病人とは思えないほど誰もがにこやかだった。この病院の医師や看護師が皆いい人たちだからだ。患者のことを一番に考え、いつも一生懸命なのが、数日入院しているアマネにも十分伝わるほどに。

患者共通の薄青の病衣は通気性がよく、動きやすくて着心地がとてもいい。この病衣は昔、生地の荒い粗末な病衣に心を痛めた看護師がいて、あちこち駆け回って訴えたことで作り直されたのだという。

 なぜそのことを知っているのかというと、担当の看護師に聞いたからだ。アマネは自身の使い魔クオンが暴走してしまった騒動が原因で入院しているのだが、目覚めてからしばらくは体が言うことを聞かず、食事や着替えなど看護師のお世話になりっぱなしだった。そのあいだ無言と言うわけにもいかず、気まずいのは嫌だったこともあってなにかと話題をひねり出しては口を動かしていた。

 おかげでその看護師とはずいぶんと仲良くなった。本当はまだベッドで横になっていないといけないのだが、仲良くなった看護師に無理をお願いして、現在こっそり病院の中庭までならと出させてもらった。

病室で横になっていても特にすることがなく、とにかく暇でしかたがなかったのだ。看護師にずっと付きっきりでいてもらうわけにはいかないし、同級生の見舞いは毎日ではない。唯一いつでも話し相手になってくれるクオンは今、騒動のときに大剣の姿になったまま眠りについていた。

 暴走してしまった反動が大きいからなのか、主であるアマネが回復しきっていないからなのか、原因は分からない。ただアマネもクオンも騒動で傷つき、かなりの魔力を消耗していた。

 大剣のままでは大きいし重いので病室に置いてきてしまったが、主と使い魔はいつも繋がっている。瞑目して意識を向ければ目の前にいるかのように姿が映る。

 本来なら。

(そこにいる、というのは分かる。でも)

 魔力の繋がりを辿って側に行っても、深い眠りについているのか、周囲は暗闇で、気配はすぐそこにいるのに見えない。声をかけても反応はない。このまま闇に消えてしまうのではないかという不安が夢に現れ、夜に何度も目が覚めては壁に立てかけてある大剣を確認して息をついていた。そのせいもあってか、予想より回復が遅れているとこぼしていたのを、病室から抜け出したときに耳にした。

 早く元気にならなければと焦ってしまう。安静にすることが第一なのに、横になっても休まる気がしない。なにかしていないと悪い方向に思考が傾いてしまって、余裕がない自身に嫌気が差していた。

 ふいに芝生の間に作られた道を誰かが駆け足で横切った。いつの間にかうつむいていた顔を上げると、白いシャツの男性の背が映った。病衣ではないので誰かの見舞いだろうが、黄色がかった薄茶の短髪に見覚えがあるような気がして目で追った。

 男性の向かう先にはベンチに腰掛ける女性がいた。病衣を着ているので患者だと一目で分かる。女性は駆けてくる男性に気づき、小さく手を振った状態で固まった。

 男性が盛大にこけたのだ。女性の手前で突っ伏した男性は、両手を持ち上げて小さな竹籠を巻き込まないようにと、とっさに守ったようだ。

(い、痛そう……顔を擦ったんじゃないかしら)

「あーあ、なにやってんだか」

 間近で声が聞こえて顔を巡らせると、赤髪の少年が呆れた様子で転倒した男性を見やりながら近づいてきた。今日もシャツとズボン姿だが、前に来たときとは少し違うデザインのもののようだ。

「ヒイロ」

 同学年で人気のクラスメイトであり、騒動のときに魔女と騎士の仮契約をした相手だ。人のことばかりで自身の身を振り返らない、一度決めたら頑固で何度言い合いになったことか。そしてアマネは前世の記憶を持つがゆえに避けていたはずが、偶然か必然か、前世でも同じ名前、容姿の騎士と仮契約していた。

 名を呼ばれたヒイロは、半目になって目の前にしゃがみ込んだ。

「看護師さんに聞いたぞ。まだあまり動かない方がいいのにって。少し顔が青いんじゃないか?」

 看護師に居場所を聞いたついでに、連れ戻してほしいと頼まれたのだろうか。いや、学校でも周囲をよく見ているヒイロなら言わずとも察した可能性が大きい。

(さっき来たばかりだもの。戻りたくない)

 眉根を寄せながら伸ばされた手を払い、アマネは反抗しようと軽く睨み返した。

「寝てばかりじゃ、立って歩くのにも億劫になるわ。それに私は風に触れていた方が楽なの」

「だったら病室で窓を開けておけばいいだろ?」

「あんな小窓じゃ意味ない」

 戻らないという意志を暗に示すと溜息をつかれてしまった。ヒイロはなぜかはいはい、と返事をすると、隣に腰を落とした。

(……なんで隣に座るのよ)

 声に出そうになったが思い止まってそっぽを向く。

 しばらく無言の時が流れた。そよ風に労わられるようになでられ、葉擦れの音や小鳥のさえずりが耳に心地いい。意識が沈みかけたとき、隣で身じろいだのを感じた。

「仮契約のことなんだけど、さ」

 アマネはいつの間にか閉じていたまぶたを開いた。顔を上げると、反応がないことを訝って振り向いたのだろう、ヒイロのバツの悪そうな表情が視界に入った。

「悪い。寝てたか」

「ん……大丈夫。仮契約がなに? 解いてくれるの?」

「誰が解くか」

 一蹴したヒイロは急に真剣な顔つきになった。

「騒動の後、アマネ気を失っただろ。入院も長引いてるみたいだし、俺の魔力をあげれば少しは早く退院できるんじゃ」

 ヒイロが突然真顔になったので、なにかと思って聞いていたアマネは脱力した。

「魔法の授業で教えられたこと、忘れたの? 魔女は他人の魔力を受け取ることはできない。できるのは仮契約と本契約の二回だけで、パートナーの魔力のみだって」

 契約以外のときは、パートナーでさえ受け渡しはできない。

「そう、だよなぁ」

 言ってみただけだとでもいうように息をついたヒイロは、遠くへ視線を滑らせた。倣った先にはすっ転んだ男性と、女性が仲良くベンチに腰掛けて話していた。

 男性の額がすりむいたのか赤くなっており、女性が眉尻を下げて心配している。対して男性は大丈夫だと苦笑しながら汚れたシャツを叩いていた。あの頼りなさそうな感じは間違いない。

「あの人……キシナ先生? じゃあ隣にいるのは……」

なんとなく察していると、ヒイロが頷いた。

「そ。キーちゃんのパートナー兼お嫁さん」

 そういえば以前、キシナからヒイロとはいとこ関係だといっていた。だからほぼ同時に現れたのかと納得していると目の前に手が伸ばされた。

「行くぞ」

「え、私も行くの?」

 いいからと問答無用で立ち上がらされたアマネは、にこやかに待つキシナたちの元へ連行された。近づくにつれ、隣の女性に目がいってしまう。言い表すとしたら、細面の美人といったところだろうか。肩下でウェーブがかった薄灰桃(ローズミスト)の髪がかわいらしい。優しげに細められた瞳が焦げ茶なのは、近くまで来て覚えた違和感と関係があるのだろうか。

(なにかこう、必要以上になくなってる、みたいな)

 医者ではないので病気が分かるわけではない。しかし魔女としてなにかが引っかかるのである。しっくりくる表現が見つからず内心もやもやしていると、ヒイロに軽く背を叩かれて我に返った。

「こんにちは。あなたがキシナの生徒さん?」

「はい。アマネといいます」

「初めまして。トウカよ。パートナーのキシナがいつもお世話になってます」

「うーん、確かに僕がお世話してるってわけじゃないけど」

 苦笑いするキシナに振り向いたトウカは目を丸くして首を傾げる。

「あら、キシナったらちょっと抜けてるんだもの。ちゃんと先生やらせてもらってるのは、生徒さんがいてくれるからでしょう?」

「えと、そんなことないです。キシナ先生の授業は分かりやすくて、丁寧なので助かってます」

「そう言ってくれると嬉しい。この人、ちゃんとできているか不安なのに、直接聞くが怖くてできずにいるの」

「俺も姉さんも、心配しすぎだって言ってるのにな」

「ははは、面目ない」

 トウカは困った人よねと笑みを浮かべ、まったくだとヒイロは腰に手を置き呆れる。申し訳なさそうに頭に手をやるキシナたちを目の当たりにして、懐かしさに胸が締めつけられた。

(この雰囲気、知ってる。前世で親友とヒイロと一緒にいたときも、こんな感じだった。心地よくて、このままでいられたらと……でもそれはあっけなく、目の前で壊れていった)

 戒めるために前世の記憶を残したというのに、同じ道を辿ってしまっている気がしてならない。

 現に周囲と関わらないようにと思うのに、学校で友人たちと会える日々は楽しいと思ってしまっている。その反面、いつまた壊れてしまうのかと恐れている。だからつい反射的に、ヒイロが仮契約を解除しないと分かっていても、解いてくれるのかと聞かずにはいられない。

 もう一人の自分の、一人にならなければという耳打ちが、うるさい。分かってると反論して、胸の奥底に押し込める。

「ごめんなさい、話が長引いてしまったみたい。大丈夫?」

「……え?」

 瞬きして現実に戻ってくると、心配そうに見上げてくるトウカと目が合った。そこでやっと自分に言われているのだとアマネは気づいた。

トウカの言葉で不調を察したヒイロが眉根を寄せる。

「アマネ。本調子じゃないんだから、そろそろ病室に戻れ」

「え、アマネくん大丈夫ですか?! 歩くのも辛いようでしたら僕が背負っ」

立ち上がったキシナは、本当に背負いかねない勢いだ。アマネは一歩後ずさってもろ手を挙げる。

「だ、大丈夫です。お気遣いなく。ちゃんと戻りますから、先生はトウカさんと一緒にいてください!」

 キシナの心遣いを全力で断ったおかげで、病室に戻らざるを得なくなってしまった。キシナたちに別れを告げてから、ヒイロが当たり前のように病室までついてきたが、文句を言う気力もなくしたアマネはおとなしくベッドに横になって眠ることにした。

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