表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第一章「学校転入編」
29/126

第二十九話

 がらがらと引き戸の音がしたので振り返ると、入口に二人立っていた。カチューシャを頭につけて、シフォンのトップスに短パン姿になった可愛らしいウタが、アマネに手を振りながら元気よく入ってくる。その後にシャツとズボンといったラフな格好をしたヒイロも続く。二人は私服で、制服ではなかったことで、アマネは今日が休日なのだと思い当たった。

「やっほー、アマネちゃん。もう起きてて大丈夫なの?」

「ええ、すぐにでも授業を受けたいくらいには」

「だ、ダメだよ。お医者さんの許可出てないんでしょう? それに三日も眠ってたのに」

 アマネは現在、学校とは別の白亜の建物にいた。騒動の後すぐに手当てを受けたのだが、アマネの負ったダメージは深刻で、気を失ってしまったこともあり病院へ搬送されていた。

 目覚めたときに知らない人に大勢囲まれていたので、なにが起こっているのか分からず混乱したものだ。そのあとで駆けつけたウタから三日も眠り続けていたと聞かされたときは心底驚いた。

 しばらくは身体を動かすことすら億劫で、恥ずかしながら看護師に食事を手伝ってもらっていた。回復が遅いのは受けた魔法による身体の損傷と、魔法を使うのに血反吐を吐くほど無茶したからだという。問診に素直に答えていたアマネは、目覚めたばかりだというのに医師に説教されてしまった。

 今も腕には点滴の針が打たれており、医師からベッドから出ることを禁止されている。トイレに行くときは看護師を呼ばなければいけないことになっていた。これは非常に不便で申し訳なく、今後できる限り無理をしないと心に決めたのであった。

「もうあれから一週間か、早いよねー。そういえばあの日のこと、変な噂として話題になるんだよね」

「劣等感を抱いたアイカに友人を傷つけられて、アマネが使い魔を暴走させたってやつか。アイカもその噂が嘘だって言えばいいのに、全て自分が悪いんだって言ってるから、余計に信じるやつが増えてくんだよな」

 他にも二人の話によると、損傷した屋上周辺はほとんど修復が終わっているとのことで、三階の教室でも問題なく授業を受けているのだという。やることが早いと感心していたアマネは、ヒイロの腕に目を止めた。

 袖の端から包帯が垣間見え、片手は全体を包帯に包まれて痛々しい。アマネの視線がどこに向いているのか気づいたヒイロは苦笑して片手を目の前でひらめかせた。

「ほとんど治ってるのに、大げさに巻かれてるだけだから気にするな。というかボロボロなのはお前の方なんだから、まず自分の回復に専念しろ」

 確かにアマネの頭や手足には包帯が巻かれていた。服で見えない肩にも巻かれていたりする。幸い骨折はしていないものの、見た目だけでも十分に重傷者だった。実際、まだ一言しか話していないというのに、体が疲労を訴えてきていた。

「そうだよ。顔色悪くなってる気がするし、やっぱりまだまだ寝てないと」

 不調を見抜かれてウタに背を支えられてしまっては、横にならざるを得ない。ウタの補佐でゆっくりとベッドに横たわったアマネは、ベッドの柔らかな感触にほっと息をついた。

「その様子だと、学校に戻ってくるのに時間がかかりそうだな」

「そうね……」

 理事長とのこともあって、早く復帰したい気持ちからくる溜息をつくと、ウタは話題を切り替えてきた。ウタなりの気遣いなのかもしれない。

「そうそう学校と言えば、ヒイロくんって同学年の子に人気だからさ、いろんな人から質問攻めにあってるんだよ」

「おい」

「学校の様子を知っておかないと、戻ってきたときが大変でしょ」

 ヒイロは眉根を寄せ、アマネは目を丸くしていた。

(同学年って、魔女騎士科以外持ってこと?)

 学科内では男女共によく話しかけられていたので好かれているのは知っていたが、他の学科もとは思いも寄らなかった。

「みんな仮契約したことについてばかりでね」

「ここでその話はやめろ」

「う、ごめんなさい……」

 ウタは肩を落として落ち込んだ。普段は人のことをべらべら話さないというのに、とアマネは珍しく感じる。なにかあったのだろうか。

「ウタ、ちょっと飲み物買ってきてくれないか」

「あ、うん。分かった」

 ヒイロの頼みにウタは頷き、アマネにちょっと行ってくるねと言い置いて病室を後にした。静かになった室内に、窓からの隙間風が吹きぬけ、カーテンを揺らした。




 二人きりになったヒイロはなにから話せばと考えていると、先にアマネが口を開いた。

「女の子に買いに行かせるなんて、男としてどうなの?」

「べ、別に普段は俺が行ってるよ。今回は」

「ふーん、そう。普段、買ってきてあげる女の子がいるのに、その子とじゃなくて私と仮契約したの」

 ヒイロは刺々しい言葉に二の句が継げなくなった。ウタが出ていった引き戸からヒイロの方へ向き直ったアマネは、うつむいて拳を握っている。

 耳にしたくない言葉を聞かされるんだろうな、とヒイロは悟った。

「ヒイロ……私との仮契約を解いてほしい」

「だよな。言うと思った……だから話を避けてたってのに」

 あーもう、と片手で顔を覆ったヒイロはアマネを見やる。うつむいていたはずのアマネは顔を上げ、返答を待っていた。真剣な顔をしているつもりなのかもしれないが、その目の色が悲しみに翳っている以上、応じるわけにはいかない。

「クオンはどうするんだ?」

 ベッドの横、アマネの手が届く壁際に、クオンは大剣の姿のまま立てかけられていた。ためしに軽く触れてみても騒動のときのような反発はなく、ただの武器のように静かだった。魔力を共有できれば回復が早まるかもしれないと思ったが、他者の魔力を受け付けなくなっている。

「このようすじゃ、まだ眠ってるようだけど?」

「それ、は……協力してもらったのに勝手で申し訳ないけど、クオンが目覚めてから解くことになるわ」

 自身を責め立て、アマネは苦々しげに顔を歪める。

(そんな顔が見たいために、一緒にクオンを鎮めたわけじゃない)

「また無茶して痛いのを我慢してしてる顔だな」

「え……」

 茫然と見つめてくるアマネに、ヒイロは畳みかける。

「なんでもかんでも自分のせいだと思うな。俺は俺の意志で仮契約を望んだ。仕方なくじゃない。アマネのパートナーになりたかったからだ。それに」

 仮契約をして光に包まれたとき、別の場所が見えた。目線は地を這っているかのように低く、見える範囲では地面が抉れ、折れた矢が地に生え、血に染まった凄惨な光景だった。

 ヒイロは誰かの視界を共有しているとすぐに理解した。かすむ視界は少し離れた正面に倒れている男を一瞬映し、転がって曇天の空を見上げていた。誰かは空に手を伸ばし、側にいられないことを何度も謝りながら力尽きていった。

 その後悔の念を自分のことのように感じ、どうしようもなく悲しかった。あの光景のおかげで、同じようにならないようにと最後までやりきることができた。

「そんな顔してるアマネを放っておいたら、俺が後悔するっての」

 誰かが教えてくれた後悔は、これからもそうならないための原動力になってくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ