第二十八話
(ウタは理事長に引き止められたと言っていた。そうでなくともこの騒動を知っていて、どこかで高みの見物でもしていたはず。でもって急いでいるのに遠回りなことをさせる嫌な性格からして、声をかけてくる可能性が高い)
途中の踊り場で折り返すと、階段の先にスーツ姿の男が立っていた。アマネ以外も理事長の存在に気がついたようだ。息を呑んだのを感じ、緩みかけていた緊張感が張り詰める。
全員が階段を降りきると、理事長はにこやかな笑みを浮かべた。
「みなさん、大変お疲れさまでした。さすがは我が校の生徒ですね。自分たちで解決してしまうとは」
感心されるも、それぞれ勝手な行動をして魔法制限の規則を破っていたため、素直に喜ぶことはできない。ちらりと後方を見やると、アイカが蒼白になって理事長から隠れるように縮こまっていた。
この騒動の発端なのだ。恐れるのも無理はない。アマネは視線を戻して理事長を睨みつけた。
(胡散臭い賛辞を送って、なんのつもり?)
一同の反応がいまいちなのを気にせず、理事長は続ける。
「校舎の損傷はこちらで修復しておきますから、お気になさらず。それにしても、見事な暴れっぷりでしたねぇ。制御装置がついているのにあそこまでやり合えるとは、将来が楽しみです。ねぇ、アマネさん、アイカさん」
名を呼ばれ、アイカがびくりと肩を揺らしたのが制服越しに伝わってくる。
「お二人だけじゃない。ウタさんが作った魔法具がなければ、ヒイロくんの活躍がなければ、解決は難しかったでしょうね」
(やっぱり、全部見ていたのね)
ウタが閉じ込められたことからはじまり、クオンを鎮静化できたことまですべて。その一部始終を悠々と見物して、一切手を出さなかったのだ。
「……とんだ悪趣味ね」
「できるだけ自身の力でがんばってほしいという、教師の思い故ですよ。命の危機となれば、さすがに助勢しましたとも」
どうだか、と吐き捨てようとして喉が引きつり、咳き込んだ。心配したウタに声をかけられ、なんとか平気とだけ返す。
「すみません理事長、お話は後でいいですか。こいつを医者に診せないといけないので」
「これは失礼しました。一階まで行けそうですか? 医者は手配してありますから」
二階へと続く階段に向かうとついてきた理事長だったが、上がってきた大人たちと合流すると先導するように戻っていった。ヘルメットをかぶり、動きやすい作業着を着ていたので建築業者だと思われた。
戻り際に医者は一階の医療室にいると告げていったので、理事長がいなくても問題ない。むしろいない方が、精神的負荷がないので助かった。
医療室が見えてくると、廊下に顔を出していた白衣の男性がアマネたちの姿を確認すると室内に一度戻り、同じ格好をしたもう一人の男性を連れて足早にやってきた。
「酷い怪我だ。すぐに手当てをしなければ。抱えていった方が早い。失礼するよ」
「え、は、ちょっ、まっ――――」
あっという間にお姫様抱っこされたアマネは、抵抗する力が残っているはずもなく、問答無用で医務室に連行された。
その場に残されて目をぱちくりさせているヒイロたちに、もう一人の医師が苦笑しながら声をかける。
「君たちは、まだ歩けそうだね。歩きながら、どこがどう痛いか教えてくれるかい?」
「あ……はい」
これまで何度か魔法を使ったケンカによる建物の被害や、怪我人が発生する事件はないわけではない。校舎内の様子に異変があれば感知できるよう、校舎に魔法を施し、できるだけ当事者の間で解決できるようサポートに努めてきていた。
おかげで多少大げさに衝突しても切磋琢磨し合えたことになり、優秀な生徒が育ち旅立っていった。
しかし今回の、使い魔が暴走する事態は完全に予想外なことだった。
騒動を振り返っていると、背後に気配が降り立った。眉根を寄せ、肩越しに振り返ると肩口で結われた灰色の髪が背に流れた。
後方一メートル先は暗闇でなにも見えない空間に、理事長は立っていた。呼び出した相手は暗闇の境目に立っているため、浮かび上がる白いスカートと細い足しか目視できない。
「暴走の件、私はなにも聞いてなかったんだが?」
普段の敬語を使う必要はなく、淡々としていた。
長い付き合いなのだから、理事長がどう判断し動くのか知っているはずなのだ。
そして理事長は予定通りに事が運ばないことを、酷く嫌悪する。
「だぁってー、入れておくだけってのも大変なんだよ?」
媚びるような幼い少女の声で返され、神経を逆なでされる。
「見た目相応の口調にして、ごまかせるとでも? 余計なことしてくれる」
詰問されているのに相手はまだ笑っていた。暗くとも様子は分かるだろうに、普段は指示されていることへの仕返しか。
「下手すれば使い魔が消えていた。力が欠けられては困ると、当事以上の力を持ってもらわないといけないと何度言えばわかる!」
「ええ、分かっているわ、ごめんなさい。……ちょっと家賃をもらったっていいじゃないと思ったのよ。まさかあんなことになるなんてね」
ガシャンという音と共に空の鳥籠が転がってきた。拘束魔法の刻印を消された今、閉じ込めるものはもういない。
「……あなたの復讐の相手は」
「そうかもしれない。でもね、私にだって譲れないものがある。じゃなきゃ」
相手が数歩前に出たので、理事長の視線は自然と下がる。
「身体の成長を止めてまで、あなたに協力なんてしない」
見上げてくる瞳の奥で、暗い炎が燃え上がっている。連れ添ってきた時間以上前から少女の抱えているものも知っていた理事長は、やるせない思いをしつつ、そうでしたねと返すしかなかった。




