第二十四話
アマネの合図でヒイロも一緒に走り出す。かまいたちが次々と飛来してくるが、どれも二人がいた場所をえぐるのみ。不規則に避け、ときにフドーで瓦礫を飛ばして注意をひきつけてチャンスが来るのを待った。
(とはいえ、あまり時間をかけられない。暴走するまで魔力を欲しているということは、命の危機に瀕しているということ)
クオンを助けるにはアマネの魔力を分ければいい。しかし消耗していて満足に供給できない上に、暴走した状態で分けようと接触しようものなら主の状態関係なく持っていかれてしまう。それで主が倒れてしまっては意味がない。
駆け回りながら立ち回る位置を確認するため、視線を走らせたアマネは周囲の惨状を改めて認識して唇を噛んだ。校舎全体が揺れ、床が割れてどんどん被害が大きくなっていく。ふと、アマネの脳裏に疑問がよぎった。
(これだけの騒ぎになっていて、なぜ誰も来ないの? 放課後で人が少ないとはいえ避難しているようには感じられないし、やけに静かなのはおかしい)
少なくとも教師は何人か残っているはずだ。それに自分の学校が壊されていくのに理事長が出てこないのも。
(あの理事長なら、高みの見物でもしていそうね)
ことが落ち着いたら、こうなることを分かっていたのか問い詰めなければ。
言い逃れはさせまいと決めたアマネは一歩踏み出した瞬間、がくんと膝が沈んで我に返った。瓦礫を踏んでバランスを崩したのだと察するが、体勢を立て直そうにも足を思うように動かせない。
「バカ、よそ見するな!」
片腕で体を支えられて転倒は免れた。ヒイロが隣にいてくれて助かったが、それを口にしてしまっては遠ざけてきた意味がない。なにより恥ずかしくて、言えない。
「バ、バカバカ言わないでくれるかしら」
「はぁ? 危なっかしいお前が悪いんだろうが。このまま走るぞ」
「え、ちょっ」
新たなかまいたちが飛んできたため、ヒイロに担がれる状態でかまいたちを避けることになってしまった。羞恥に顔を赤くするも、迫り来るかまいたちを前に頭を切り替える。
(体力と魔力の回復に専念できると思えばいいのよ。あとは)
クオンはこちらに注目しているのでうつむいた姿勢になっているが、痣の位置はまだ高い。なんとかして低い位置になるようにしなくてはならない。
(翼を封じて飛べなくさせているうちになんとかしないと)
空中に逃げられてしまったら痣を消すのが難しくなる上に、叩き落すまでに被害がさらに拡大してしまう。
(手荒になるけれど、フウバクを使えば強制的に下を向かせられる。もう少しで必要な魔力分が回復するから……)
「ヒイロ、もう少しこのまま逃げていられる?」
「このまま抱えてか? まぁ、いい修行にはなるだっ、いってぇな。急に背中を叩くな」
「そういう言い方をするあんたが悪い。また叩いたらクオンをフウバクで引き倒すから、その場で踏ん張って」
「分かった、任せたぞ」
狙うはかまいたちが途切れた瞬間。息を吐き続けることができないように、次のかまいたちを放つまでの隙を待つ。
ヒイロの背を支えに身を起こし、クオンを見据えていたアマネはクオンの動きに変化があったのを見逃さずにヒイロの背を叩いた。
「風の緒よ、彼の者を捉えよーーフウバク!」
詠唱しながら片手を伸ばし、手を筒状の形にする。すると手の中を通った風が細く伸びてクオンに向かい、くちばしに何重にも巻きついた。
あとは思いっきり下方に引くだけ。風の縄を両手で持って力を入れたそのとき、勢いよく引っ張られた。くちばしを封じられたクオンが首を振って暴れ出したのだ。地団太を踏み、縦横無尽に頭を動かして抵抗してくるのを、アマネは放さないよう風の縄にしがみついて耐える。
「一回放せアマネ。これじゃ無理だ」
「でも、くぅっ」
「しまっ、アマネ!」
刹那の緩みが隙となり、アマネは風の縄を手にしたまま宙に投げ出された。勢いよく上昇したと思ったら横に振られ、状況をなんとかしなければと目を開けた瞬間、視界の隅にヒイロの姿が迫った。
「うぐ……っ」
二人は衝突し、アマネはわき腹周辺に受けた衝撃に顔をしかめた。ぶつかったことで慣性を失い、床に転がる。
「い……っ」
膝が熱を帯びているのを感じた。転がったときにすりむいたのかもしれない。
それでもアマネは風の縄を放すわけにはいかなかった。放せば魔法は解けてしまい、再びフウバクを発動させるには魔力の回復を待たなければならないからだ。
グオゥ、とくぐもった泣き声がして顔を上げる。ヒイロは少し離れたところで片肘をつき、立ち上がろうとしているところだった。そこへクオンが近づいていった。
先に邪魔者を排除しようとしている。
(クオンにそんなことさせ、ない!)
すぐさま立ち上がり、怪我で動かしにくい足を叱咤してヒイロとは反対方向に走り出す。
しかしすぐに淵の近くまで来てしまった。十分に離れきれていない上に、アマネに引っ張られながらもクオンはまだヒイロを狙っている。
アマネは迷わなかった。速度を落とさず、屋上の淵を蹴る。
体重を利用してクオンの体勢を低くさせるのだ。風の縄が屋上の淵で曲がり、アマネは宙吊りになる。片腕を壁にぶつけたものの、狙い通り、クオンが倒れ込む振動が風の縄越しに伝わってきた。
「猛るは浄火、終始を告げよ――ビャッカ!」
アイカの詠唱が聞こえ、アマネは淵に片腕を乗せて体を持ち上げて覗く。
白く燃え上がる火球がクオンに向かって飛んでいった。アイカが放ってきた今までのタマヒより大きい分、速度が落ちているが、クオンは頭をぶつけた衝撃でしばらく動けないようだから、はずしはしないだろう。
まだ原型を留めている階段室の上にアイカは立ち、愛用の杖の先端から火の粉がこぼれている。肩に乗っているヒナタは尾に炎をまとっているようで、協力して合わせ魔法を発動させたらしい。
ビャッカはクオンのうなじをえぐるように通り過ぎ、空中で少しずつ小さくなって消えていった。淵に捕まるアマネからは見えないが、当たった部分の毛が焦げているので痣にも魔法が直撃したはずだ。
クオンは微動だにせず、荒々しい気配が消えている。
(成功、したみたいね。よかっ)
安堵した瞬間、がくんと体が沈んだ。手にしていた風の縄も役目を終えて消えてしまい、支えを失ってしまう。使える魔力は尽きたため、アマネはどこかに捕まらなければと手を伸ばす。
(くっ、クオンはまだおとなしくなっただけ。落ちるわけには!)
「アマネ!」
手首をつかまれ、全体重が集中した肩が軋んだ。一瞬痛みにしかめるも、息を切らしているヒイロを見上げる。
「ヒイロ、クオンの様子は?」
「ばっ、お前こんなときぐらい自分の心配をしろ! 使い魔ならそこで寝て」
咆哮に言葉がかき消された。耳を疑うアマネに、後方を振り返ったヒイロの呟きが事実を突きつける。
「うそだろ……気絶してただけかよ」
拘束魔法の痣をどうにかすれば暴れるのをやめると踏んでいたのだが、アイカの魔法では痣は消せなかったのだろうか。確認を取ろうにもぶら下がった状態では無理だ。クオンは暴走してからもかまいたちを放つのに魔力を消費している。一刻も早く、魔力を供給しなくてはならない。
揺れを感じ、クオンが動き出したのだと気づいたアマネは焦った。
クオンが魔力を欲しているのが鮮明に伝わってきた。同時に魔力の繋がりが回復したのを感じたが、拘束魔法の後遺症か、まだわずかにしか受け渡せられていない。このまま細々と供給していては時間がかかりすぎる。直接触れなければ、クオンが先に力尽きてしまう。
ひびが入った屋上の淵に圧力がかかれば崩れるかもしれない。今のアマネではヒイロたちどころか、自分一人すら護る魔法を発動できない。
「ヒイロ、手を離して!」
「誰が離すかよ。すぐ引き上げて」
「ダメよ、狙いは私って言ったでしょう。自分でどうにかするから」
アマネさえ離れればクオンもついてくる。翼の方のフウバクも解けてしまっているのなら、飛んでアマネの元に来るはずだ。
このままなにもできないまま巻き込んで、再び大切な人を失うのは、耐えられない。
「早く!」
急かすアマネの耳に爆発音が届いた。一つ二つと響き、クオンの唸り声が合間に聞こえてくる。
「まったく、あなたの使い魔はどれだけタフですの。ヒナタと引きつけておきますから、早く上がってきなさいよ! 火球よ、邪を燃やすつぶてと成せ――タマヒ!」
「こっちよ。もう少し遊んでもらうわ」
ビャッカで魔力を大量に消費したはずなのに、アイカとヒナタが動いてくれている。
(違うわアイカ。そんな危ないことしなくていい。ヒイロを連れて、ここから離れてくれれば)
「サンキュー、アイカ。ほらアマネ、もう片方の手も出せ」
「離してって言ってるでしょう。一緒にいたら危ないどころか」
「嫌だね。いい加減、その一人でどうにかしようとする癖を直せ。むかつくんだよ」
突然むかつくと言われた意味が分からず困惑するも、すぐに怒りが湧き上がる。
(巻き込みたくない。これ以上怪我させたくないって思うことのなにがむかつくのよ!)
最初から近づかないよう突き放したのに、構わず関わってこようとするヒイロ。こっちの思いも知らないで、と逆に苛立ってしまう。
(そうよ、放してと言っても聞かないんだもの、自分から手を解けば)
アマネはつかまれている手首に視線を向ける。最初からヒイロの手をつかむふりをして解けば、言い合いをしなくてよかったのだ。あいている片手をヒイロの手に伸ばす。届きそうになったところで手首を強く握られ、考えがばれたのかと心臓が跳ねた。恐る恐る見上げると、真剣な眼差しとかち合う。
「アマネ、クオンを武器化させるぞ。おとなしくさせるにはもうそれしかない」




