第二十三話
「は? 拘束魔法? どういうことだよ」
ランシン専門学校に通うことになった理由の一つ。それがあったから魔力を供給するには直接触れなければいけないという、面倒なことになっていた。
(それに魔法の痣は首の後ろにあることは前に確認してる。せき止められた魔力の繋がりを元に戻せば、おそらく)
「とにかく、手はある。大丈夫だからみんなはここから」
「お断り、ですわ」
言い切る前にアイカが断言した。見やると眉根を寄せて腕を組み、いかにも不機嫌な顔をしている。
「なぜあなたの言うことを聞かなければいけませんの?」
またこれか、とアマネは溜息をつきたくなる。でも溜息をついたら口論になるのは分かりきっていたのでぐっとこらえ、努めて冷静に口を開く。
「命令してるつもりはない。ここにいたら危険だから言ってるの」
「あらそう。でもあなたを置いて逃げるなんてごめんですわ。アイにも責任はありますし、なにより」
ずいっと近づいてきたと思ったら指を指され、アマネは怪訝な表情を浮かべる。
「アイはあなたを超えるのです。これくらい、なんとかできなくてどうします」
呆気に取られるアマネを放置して、アイカとヒナタはそれぞれクオンと対峙した。
「俺も同意見だからな。一人でなんでも背負うなよ。あとウタ」
「はっ、はい!」
突然ヒイロに声をかけられ、アマネのすぐ後ろでうつむいていたウタが驚いて顔を上げる。どこか元気のないウタに、ヒイロは真剣な眼差しを向ける。
「悪いが俺の武器取ってきてもらえるか? 教室に立てかけてあるはずだ。お前にしか頼めない」
代わりのいない役目を示されたウタはぱぁっと表情を明るくし、すぐさま真面目な顔つきになった。
「わ、分かった、すぐ持ってくるから。みんな無茶しないでね!」
踵を返し、階段を駆け下りていくウタを肩越しに見送ったアマネはちらりとヒイロに目をやる。
(ほんと、周りをよく見ているというか、気配りがうまいというか)
この中で戦えないのはウタだけだった。なにもできないと気分が沈んでいたのは感じていて、それを理由にこの場から離れさせることも一瞬考えたが、傷つけたくないのでどうしようかと思っていたところだった。それをヒイロはできることがあるのだと掲示して、傷つけることなく離れさせることに成功させた。
「なんだよ」
「あなたの重い大剣を、女の子であるウタに運ばせるなんてひどいわね」
「戦えないからって下げられるよりはいいだろ。できることがなにもないなんて無力感は、味あわせたくないしな」
どういうことだと目を眇めると、ヒイロは肩をすくめるだけで答えなかった。
どぉんと重たい空気の振動が伝わってきた。もうクーヘキが持たない。
(少しは魔力が回復できたわね。あとは体がいつまで動けるか)
アイカとの戦闘が思っていたより響いている。意識して足に力を入れなければ、座り込んでしまいそうだ。腕だって重い。重力に逆らって持ち上げるのも一苦労だ。だがアマネは弱音を吐くつもりはない。
(今もクオンは苦しんでいる)
クオンを警戒するアイカの隣に立ち並ぶと、軽く袖を引かれた。顔を上げるとアイカが目を泳がせている。
「その、これで許されるなんて思ってませんから」
「なにを言うかと思えば……」
打って変わって弱々しい態度を取るアイカに拍子抜けしたアマネだったが、いいことを思いつき一つ頷く。
「そうね、ウタが巻き込まれるわ、体のあちこちは痛いしで、許さないわ」
ウタは怖い思いをしたのに、足枷になってしまったことを責めていた。アマネ自身だってほぼ一方的にやられて痛かった。
でも、アイカはアマネに言ったのだ。アマネを超えるのだと。前世でも唯一対等な魔女だった親友からですら言われなかった言葉。宿敵として見てもらえなければ言ってもらえないその言葉を、前世では抜きん出ていてまともに相手にされず、ひそかに欲していたその言葉をもらえた。
それだけで体が痛くて疲れた分はいいかな、と思ってしまうほどに嬉しく、欲していた言葉。
空気の壁を前に暴れるクオンを見上げたまま、フーゴと新たな風の防御魔法を口にする。全員が身を護ってくれる風の膜に包まれたのを確認したアマネは、口元に弧を描きアイカを真っ直ぐ見つめた。
「許さない。私を超えてみせるまで、絶対に」
はっと見下ろしてくるアイカを無視して飛び出したアマネは、タイミングよく打ち破られたクーヘキの残骸をかき分けて腕を振るった。
「風の緒よ、彼の者を捉えよーーフウバク!」
消えるだけだったクーヘキの残骸が再びアマネの両手に集結し、いくつもの細長い紐状に変化して伸びた。瞬く間に両翼を拘束し、動きが封じられたクオンが咆哮する。
突如出現したかまいたちがアマネめがけて放たれる。アマネが魔法で対抗しようとする前に火球がぶつけられ、火の粉を散らしながら相殺された。
「もうっ、危なっかしいったらありませんわ!」
「ったく、いきなり飛び出すなアマネ。で、なにをどうするのか説明しろ」
当たり前のように憤り横に並ぶ二人に、アマネはなんともいえない居心地になる。不愉快ではないのだが、むずがゆくてどう対処したらいいのかと困惑してしまう。
アマネはとりあえず、聞かれたことを答えることにした。
「クオンには拘束魔法がかけられているのだけれど、その印が痣になって首の後ろにあるの。それを消すことができればおとなしくなる、はず」
「なるほど。だから動きを封じたのか」
「その様子ですと、まだまだ魔法を隠してそうね。あなたならぱぱっとやれてしまうのではなくて?」
嫌味を含めてきたアイカに対し、再び襲ってきたかまいたちを避けながら言い返す。
「誰かさんのせいでボロボロだから、ぱぱっとは難しいわね」
予想通りぐっと詰まったアイカは沈黙する。代わりに後方にいたヒイロが呆れながら口を挟んできた。
「で、作戦は? いつまでも逃げ回ってるわけにはいかないだろ」
「消したところでおとなしくなるのかも、消せるのかも確証はないわ。それでも協力してくれるなら」
アマネは二人が避難しないと分かってから考えていた作戦の内容を話した。
「そんな大事なこと、アイに任せるというの?」
「ええ、私がしたいところだけれど、前に試したときに無理だった。別の魔女ならいけるかもしれない。できないなら別の方法を」
「誰ができないと言いまして? やりますわ。ヒナタもいるもの、失敗なんてしない」
「そう。じゃあ遠慮なくやって。ヒイロは」
「俺はアマネの傍にいるからな。ウタが戻るまで待機してなくても、自分に補助魔法かけられる。それに、アマネがこけたときに拾ってやらないとな」
「クオンの魔法が当たっても知らないわよ」
「大丈夫だろ。アマネがかけてくれた魔法が護ってくれる」
「フーゴは威力を軽減するだけで万能じゃない。怪我してからじゃ遅いわ」
「またやけに遠ざけようとしてくれるよな。お前らが動いて男の俺がなにもしないなんて、ありえないだろ」
後で笑いものにする気かと問われたアマネは、根負けしてウタが戻ったら優先的に護衛するという条件で隣にいることを許可した。
話が待ち待ったところでアイカとヒナタが離れた。別行動を取るアイカたちにクオンの気が向きそうになるのを防ぐべく、足元に転がっていた小さな瓦礫を拾って投げた。
「私はこっちよクオン。フドー!」
投げられた勢いに加えて浮力を得た瓦礫は荒れる風に負けず、真っ直ぐ飛んでいった。近くに来たのを察知したクオンがかまいたちで瓦礫を叩き落とし、アマネたちを見下ろす。
「走って!」




