第二十一話
気を失わないよう何度も呼びかけてくるウタに返事をしながら、アマネは体を支えられながらぼんやりと座り込んで目の前の光景を眺めていた。
負けずに向き合うことを決めたヒナタがアイカの方へ歩いていく。躍起になっているアイカからかばうように立つヒイロは説得しているようだったが、疲労しすぎてかけして遠くはないのに会話は聞こえない。赤髪が風に揺れる背を前に、アマネは目を細めた。
(この光景も、よく見たわ……前世の記憶を残した業ってやつかしら)
複数対一で魔女同士の派手なケンカになったときや、獣の群れに囲まれたとき、苦戦しているとどこからか現れては助けてくれた。
その背を見て安堵するようになったのは、いつからだったろうか。
気づけば親友と三人でいるのが当たり前になっていて、なにかをするのも一緒で、目で追うようになって。
一人じゃないからか回想にふけってしまっていたアマネは、拘束されてもまだ狙ってくるアイカに目をやった。意地でも魔法で止めをさしたいようだ。アマネにはもう動けないのに、倒れるまでアイカは勝ちを確信できないらしい。
(まぁ、あと一発当たったらさすがに気を失いそうだけれど)
もうそれでいいかと諦念していると、アイカが拘束を振り払い、杖を構えた。
「やめてアイカ!」
ウタの肩越しにアイカに飛びかかったヒナタが床に叩きつけられ、転がる様を目撃する。
横たわり動かなくなったヒナタが一瞬、クオンの姿と重なった。
「ダメよ、それ以上否定したら……っ」
ヒナタが消えてなくなってしまう。
「勝たなければ……」
「危ないアマネちゃん!」
かばうようにウタに抱きしめられ、アマネは目を見開いた。ウタを巻き込むわけにはいかないと、腕をつかむ。
抱きしめてくる腕をほどき立ち上がろうとしたそのとき、一瞬意識がとんだ。そしてその一瞬のうちに大量の魔力を失うことになってしまった。身体を支える力を失い、そのまま倒れてしまいそうになるが、 ウタが支えてくれたおかげで倒れずに済んだ。今度は喉を熱いものがせり上がってきた。突然のことに飲み下せず、むせた反動で口の端を伝って床に滴る。床に落ちたものを見れば、それは血だった。
「アマネちゃん!」
「アマネ!」
ウタは蒼白になり、ヒイロが駆け寄ってくる。しかしアマネが見ていたのは二人ではなく、アイカやヒナタでもなく、暗く狭い鳥籠の中でもがき苦しむクオンの姿だった。
「……クオン?」
呼びかけが届いたのかピタリと動きを止め、緩慢に首を巡らせたクオンのらんらんと光る双眸に射抜かれた。
ふいにびしりと亀裂が入る音がする。アイカの後方の床が瞬く間に膨れ上がったかと思うと、打ち破って巨大な影が現れた。高さが人間の三倍はあるということは分かるが、漆黒のもやをまとっているため、姿が判別できない。
(見えなくても分かる。あれは、クオンだ)
わずかに垣間見えたときにクオンと目が合ったが、あれはいつものクオンではなかった。例えると、理性のたががはずれてしまうほどに魔力に飢えた獣。
(授業のときや週に一度は供給していたのに、どうして)
拘束魔法のせいで直接触れないと魔力の供給ができないため、触れられるときはできるだけ触れていた。専門学校だから使い魔も参加する授業がちょくちょくあり、念話も必要ないほど会えていたし元気だったからなにも心配はしていなかったのに。
(レポート提出のときも、途中まで一緒にいてくれたけれど)
学校生活で疲れているアマネの負担にならないよう、我慢していたとでもいうのか。
(本気で隠そうと思えば、元は一つとはいえ隠し通せるでしょうね。だからって)
どうして見抜けなかったのかと責めずにはいられない。無理をさせてしまったことが悔しい。
気づけなかった罰が、魔力を大量に失い身体に支障をきたすということならば甘んじて受けよう。そして罰を受けながらクオンを鎮めなければならない。
後悔はその後だと胸に決め、アマネは傍らにいるヒイロを真っ直ぐ見つめた。
「ヒイロ。アイカたちを連れてすぐにここから離れて」
「なに言ってんだ、避難するならお前も一緒だろうが」
なに考えてんだと睨まれるが、アマネは小さく首を振る。
「あれはクオンなの。そして欲しているのは主である私の魔力。主である責任もあるし、私はここを離れるわけにはいかない」
「あれがクオンくん、なの?」
ウタは瞠目して巨大な影を見上げる。視線が合ったのかびくりと肩を揺らしたウタは、頭が取れそうなほど勢いよく横に振った。
「ダメダメダメ! いくら主だからってそんなの、アマネちゃんが狙われてるって分かってて、離れられるわけないよ。 あ、あのクオンくん、いつもと違うし」
「そう言うと思った。でも……邪魔をしようものなら、排除しにかかってくるわ」
あれは理性がとんだ獣。目的のためにどう判断してなにをしてくるか分からない。
「な、なんですのいったい!?」
振りかぶって突如出現したなにかにアイカは驚きの声を上げる。それを聞いてか、モヤの隙間から覗く双眸が下を向き、煌めいた。
「まずい。アイカ逃げて!」
「なっ、アイに命令しないでくださる?!」
「そんなこと言ってる場合? いいから早っ、げほっごほっ」
胸に激痛がはしり、口から赤い霧が四散する。
(魔力をごっそり持っていかれてる。少し休まないと……)
「アマネの言う通り、こっちに来いアイカ。そいつは危険だ!」
咳き込むアマネに代わってヒイロが催促するも、背を向けたままのアイカは微動だにしない。
「そんなこと、言われましても……」
巨大な影を見上げていたアイカは、震える声を絞り出した。
「足が、動きませんわ……」
咳をなんとか収めたアマネがはっとして見やると、アイカの足が震えていた。すくんでしまって逃げるに逃げられないのだ。
影は耳を塞ぎたくなるような雄叫びを上げ、片足を持ち上げた。
「まじかよ……っ」
ヒイロもアイカの様子に気づいたらしく、軽く舌打ちして駆け出した。
しかし駆けつけるよりも早く足と思われる影が容赦なく落ち、振動と大量の粉塵が巻き起こった。




