第二十話
まさかヒイロに割り込まれるとは思っていなかったアイカは、ひどく狼狽していた。言い訳を探そうにも頭が回らず、ヒイロの厳しい表情が胸を締めつける。
「なにがどうなってる。説明しろ」
「ひ、ヒイロくん、その、これはアマネさんが突然」
「嘘つくな。お前が閉じ込めさせたウタを助けたんだ。人質を材料に脅して一方的に痛めつけてたんだろ」
「そ、それは」
「ここに来るまでなにかの間違いだと信じてた。だけど、お前がそんな卑怯な奴だとは思わなかっ」
「それは違うわ!」
アマネのところにいたはずのヒナタが飛び出し、ヒイロの前に立ちはだかる。冷たい視線に見下ろされても、ヒナタは怯むことなく真っ直ぐ見上げた。
「閉じ込めさせたんじゃない。勝手に動かれて、そうせざるを得なくなってしまっただけ。アイカは」
「いいえ、悪いのはアイ。溜息と愚痴ばかりであの子たちを不安にさせて、行動させてしまったアイが悪いの。アイが言外に命令したようなものですわ」
座学も実技も成績が下降気味だった。持ち直そうと勉強と鍛錬の時間を増やしたが、費やしただけの結果が現れず苛立っていた。いつからかアイカよりもアマネがという会話が耳につくようになり、不機嫌な日が多くなっていった。励まそうと声をかけてくれた友人に対してアイカはそっけない返事だけで、まともに相手にしない。
愛想をつかされてもおかしくないのに、二人はずっとアイカのことを思ってくれていたのだ。
昼休みに買出しへ行ってくれていたはずの二人が、三人分の弁当を席に置くや否や、来てほしいというのでついていった。階段裏の暗がりで、アイカは二人から告げられた内容に耳を疑った。
『この中に、閉じ込めたというのですか?』
ただ事ではない報告に心臓が早鐘を打っている。聞き間違いだと願ったが、目の前の友人は大きく頷いてみせた。
『ええ、これでアマネも言うことを聞かざるを得ないし、じっくりアイカさんの実力を思い知らせてやることもできる』
『そうよぉ。私たちの一番はアイカさんだものぉ。あのままいい気にさせてはおけない』
意気込む二人から視線をそらしたアイカは、真横にある扉を見やってつばを吞み込む。
(あのウタとかいう子が、監禁……これを話せば、少しはまともに見てもらえる?)
入学した日に騒動を起こし、面倒な子だと思っていた。すました顔が気に食わなくてからかったときは、生意気にも睨みつけてきてきたが別のところに意識が向いていると気づき、ずいぶんと余裕じゃないの、と腹が立った。
その余裕は魔法の授業のときも健在で、何度もあっさりと打ち負かされた。
アイカの中でアマネの存在がどんどん大きくなっていき、実力を比較されて惨めな気分を味わった。アイカの方が声をかけているのに、大好きなヒイロはアマネばかり見ていて悔しかった。いつもどこか余裕なアマネを、崩してみたかった。
その機会が、やっと訪れたのだ。
『……ありがとう、二人とも。やるなら人の少ない放課後にしませんとね。それまで彼女は?』
『はい、大丈夫です。まだしばらくは気絶してるでしょうし、カギは外からしか閉めれませんから』
『そう。では、買ってきてくれたお弁当食べますわよ。時間は有効に使わなくては』
あれほどうるさかった動悸は治まり、アイカは軽快な足取りで友人二人を引き連れて教室に戻った。
座り込みウタに支えられているアマネは見るからに弱っていた。しかしその瞳に宿る意志までは屈していないようだった。あれだけ魔法を受けて、痛みに襲われたのに、アマネは怒りを見せただけだった。それも一瞬だけで、元の普段のすました顔に戻っているのが口惜しい。中断させられて、観念しないといけないのだろうが、それでもまだ足りないと思うもう一人のアイカがいる。
「で、実際にアマネを傷つけて、満足できたのか?」
ヒイロが静かに問い詰めてくる。久しぶりに真っ直ぐ見てくれたような気がする。しかしもう、笑いかけてくれることはないだろう。
そんなにアマネがいいのだろうか。こんなにも大好きなのに、アイカではダメなのか。
二人がウタを閉じ込めたとき、その必要はないとでも言えばよかったのだろうか。
そして追い越せない焦りと苛立ちをずっと抱えたまま、あがき続ければよかったのだろうか。
今更振り返っても、別の選択肢を考えてももう、戻れない。進むしかない。
「……いいえ、まだ足りませんわね。巻き込まれたくなかったらそこ、どいてくださる?」
こんな騒ぎを起こしておいて、ただでは済まないのは分かっている。ならばせめて、やり通さなければ。中途半端に終わりたくない。
ゆっくりとアマネの元に向かいながら、金の杖を構える。それを見たヒイロは立ちはだかり、両手を広げた。
「どかねぇし、もうやめろ。これ以上やって、なにになるってんだよ。退学にされるぞ」
(お願い、どいてちょうだい。軽蔑されたとしても、傷つけたくありませんわ)
「退学は避けられないでしょうね。だからやれるうちにやらなければ」
熱気が杖の先端に集まっていく。これが最後の魔法になるだろう。
「やめてアイカ!」
悲痛な叫び声と共にアイカに飛びついたヒナタは、杖を持つ腕に牙を立てた。
「痛った、なにするのよ! ほんと、アイの気持ちも分からない使い魔ね!」
反射的に腕をなぎ払い、振り落とされたヒナタは床に転がりぐったりと動かなくなった。
驚いて集中力が欠けたため、集中していた熱気が拡散してしまっている。もう一度と意識を向けるが、出血するほど強く噛まれたせいもあって魔法にならない。
アイカはそれでも諦めず、忌々しげに舌打ちしながら向かおうとしたが、ヒイロに両腕を取られて後ろ手に拘束されてしまった。
「は、放しなさい!」
「自分の使い魔にまで暴力を振るいやがって……いい加減、頭冷やせ!」
「十分冷めてますわ。学校は退学、魔法具も取り上げられるでしょうね。ならばせめて、勝たなければ……」
なにも得ないまま唯一得意な魔法を取られてしまったら、空っぽになってしまう。
なにもない、冷たい暗闇にうずくまる自身を想像してしまったアイカは、蒼白になって拘束から逃れようともがく。
「お願い、アイの邪魔をしな……」
なんとしてでも勝ちを得たい。そのことで頭がいっぱいになっていたアイカだが、アマネへ視線を向けた瞬間赤いものが映り、思考が停止した。




