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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第一章「学校転入編」
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第十九話

 放課後、アマネはウタを心配していた女子生徒を見つけて声をかけたが、ウタは戻ってきてはいなかった。教師に相談しようとしたが、大事になるのは避けたいと言われてしまった。

 そこで寮での捜索は女子生徒に任せ、アマネは各教室を覗いて回ることになった。使われていない部屋は鍵がかかっており、それ以外の教室は教師か生徒の誰かしらが自習目的で使っていた。もしかしたらウタのことを知っているかもしれない、と使っていた人に訊ねても手がかりになる情報はなく、焦りばかり募っていく。

 それでも諦めることなく捜し続け、気づけばアマネは玄関の近くまで来ていた。校内で走るのは厳禁なので早足で歩いていただけなのだが、不安や精神的ストレスからか息が上がり、足が重くなっていく。

(ほんと、どこに行っちゃったのよ。お願いだから、無事で……)

「……無事で?」

 思ったことに引っかかり、無事ではないかもしれないという直感に気づいて青ざめた。

 これだけ捜しても見つからないのなら、ウタの身になにか起こってしまった可能性が極めて高くなる。偶然が重なってどこかに閉じ込められたとか、寝過ごしてしまった程度のことではなく、怪我などをしてしまい身動きが取れなくなっているといった危険な状態に陥っているとすれば、一刻でも早く居場所を突き止めければいけない。

 大事になってもいいから、教師に頼むなり校内放送で呼びかけてもらうなりしてもらった方が早いのではないか、と職員室に向かおうと振り返ったそのとき、物陰から緩やかに巻かれた金髪が立ちはだかった。

「ごきげんよう、アマネさん」

 悠々と現れたアイカは口の端を吊り上げていた。自信に満ちたいつもの笑みとはどこか違うような違和感を覚えたが、一刻も早くウタの無事を確認したくてそれ以上気にかけてはいられなかった。

「……悪いけれど、今急いでるの。後に」

「こちらとて大事な用なのですのよ。同学年の女子の中で一番上はアイ。赤茶ごときに負け続けるわけにはいきませんの」

「そんなのあなたの都合であって、私には関係ない」

 勝手に話し出したアイカを無視して横を通り過ぎようとしたとき、低い声が耳朶に忍び込んだ。

「アイの申し出を受け入れてくだされば、捜し人が見つかるかもしれませんわよ」

 聞き捨てならない言葉に目を見開きアイカを見やると、反応を楽しむかのように笑みが深くなった。

「……申し出って、なに」

 自分自身でも信じられないほどの低い声で、アイカに尋ねる。

 ウタがいなくなったことにアイカが関わっている。そう悟ったアマネは次の言葉を待ちながら様子を探った。いつも一緒にいて絡んでくる二人の女子生徒がいないのも、関係があるのだろうか。

「要望は今すぐあなたとの再戦を。親しい友人のためですもの、断る理由はありませんわよね?」

「あなた、ウタになにを!」

「そんな怖い顔してないでくださる? 屋上へ行きますわよ」

 ぽんと肩に手を置いたかと思ったらさっさと踵を返して歩き出すアイカの背を見据え、握り締めた拳が震える。

(無理にでも聞き出したいところだけれど、アイカに合わせてウタの居場所を突き止めるのが最善ね)

 収まりきらない怒気を呼気に変えて細く吐き出し、腕にはめたままの腕輪に触れる。アマネは先を行くアイカを追って階段を上っていった。

 上がりきると普段は鍵がかかっているはずの扉は開かれていた。扉についている小窓からアイカの後姿が見え、アマネも扉を押し開ける。吹き込む風に目を細めつつ踏み込んだ屋上は、校舎の壁と同じく床も真っ白だった。鉄柵で囲まれている以外、なにもない。

 傾く太陽によって空は赤く、雲は穏やかな風に乗って流れていく。何事もなければ寝転がって雲を眺めていたいほどの快晴だった。

 扉を閉めて対峙すると、アイカに愛用の金の杖を向けられた。

「応じてくれて嬉しいですわ。さぁ覚悟なさい」

「待って。ウタはどこにいるの。無事を確認できなければ私はあなたと戦わない」

 なにより許可なしでの魔法使用は禁止されている。それはアイカも分かっているはずなのに、ためらう様子がないのはなぜなのか。

 アマネがまだ別のことを気にしたことでアイカの表情が歪んだ。悲しんでいるような、怒っているような顔でアマネを睨みつける。

「目の前にいるアイよりお友達を心配するんですのね。アイと試合をしてもらわなければ、話せませんわ……火球よ、邪を燃やすつぶてと成せ――タマヒ!」

 詠唱と共に火の玉が打ち出され、アマネは右に左によける。はずれた火の玉が床や出入り口に直撃してはぜるが、魔法専門学校というだけあってまったくの無傷だった。

 ボールを奪う試合をしたときよりも玉数が多く、かわしきれなかったいくつかがアマネの腕や足をかすめる。

「くっ」

 アマネが火傷の痛みにしかめた一瞬、動きが止まる。その隙にアイカはかかげた杖を振り下ろした。

「閃け刹那の花火――セイデン!」

「つっ……!」

 突然、左肩に衝撃がはしり、身体が強張った。力が入らずがくりと膝を着き、肩を見やるといつの間にか白いシールのようなものが貼られ、中心が少し焦げていた。

 魔法体得の授業で使われる的シールだ。発動させた魔法を決まった場所に当てる練習に使うタイプと、固定魔法が施されていて使えば必ずシールのところへ向かう応用タイプがある。

「……さっき肩に手を置いたのは」

「ええ、雷系統魔法は少しばかり苦手でしたから、あなたが鈍感で助かりましたわ。火球よ、邪を燃やすつぶてと成せ――タマヒ!」

 体勢を立て直す暇を与えることなく再び火の玉が放たれる。シールをはがして捨てることはできたが、セイデンを受けた痺れのせいで立ち上がれない。

(ウタの状況が分からない今、反撃するわけにもいかない)

「――クーヘキ!」

 両手を前に伸ばして重ね合わせると、その向こうから飛んでくる火の玉がわずかに歪んだ。火の玉はアマネの手のひらを境に発生した空気の壁に阻まれ鎮火する。

 すべての玉を防いだ壁は、両手を下ろすと同時に掻き消えた。アマネは息をついて腕輪を一瞥する。

(片手より、両手の方が安定するわね。ウタに感謝しなくちゃ)

 杖だったら連続攻撃に耐えられず、打ち破られていただろう。とっさに魔法を発動させたのに腕輪に異変はなく、まだまだいけそうだった。

「まだそんな魔法を隠し持っていたのね。では、これはどうかわすのかしら………」

 悟らせないためか、詠唱を口の中で唱えて杖を縦や横に振るっている。痺れが緩和されてなんとか立てるようになったアマネは、いつでも避けられるように警戒した。

(詠唱がやけに長いわね。授業では詠唱が長い魔法は習っていないはずだけれど)

 注視しているとアイカの額に汗が浮かんでいるのが見えた。油断ならないと息を整えていると、アイカの視線とかち合った。

「火球よ、邪を燃やすつぶてと成せ――タマヒ!」

 先程の倍以上の火球が出現し、一斉に放たれた。さながら火の壁のごとく迫り来る火球は、横に大きく避けないとかわせない。力が入らず震える足を動かし、なんとか範囲外に転がり出たアマネが顔を上げた瞬間、手を伸ばせば届く距離に電気をまとった火球が視界に入った。

「っ、クーヘ」

 爆発音に詠唱がかき消された。

 空気の壁は間に合わず、火球に吹っ飛ばされて階段室の壁に叩きつけられた。

「……っ、……か……っは」

 閃光により視界が白く焼け、ゼロ距離での爆音で耳が痛い。そのまま壁伝いに崩れ落ちたアマネは胸元を押さえる。

 数秒間、息がうまくできなかった。壁に打ちつけられたというのに背に痛みの感覚がなく、とっさに交差させてかばった両腕の方がひりひりとダメージを訴えている。

 しかし頭だけは冷静で、呼吸を必死に繰り返しながら今の魔法を分析していた。

(タマヒと、セイデンを掛け合わせた魔法……だからタマヒ単体以上の威力で打ち出せた)

 アイカが大量の汗をかいていた理由はタマヒを一度に多数発動させたからだけではなく、異なる系統魔法を組み合わせ、魔力を大量消費したためだった。しかもタマヒの壁を避けることを想定して、狙ってきた。二つの異なる魔法を一つにする難しさを知っているアマネは、アイカがここまでやれるとは思ってもいなかったので認識を改めざるを得なかった。

(自慢と嫌味ばかりで、ちょっと魔力を多く持っているだけと思っていたけれど)

 思い返せば、次の授業までには同じ魔法でも目に見えて上達していた。影でそれ相応の努力をしていたのだろう。

 やるじゃない、と口の端が吊り上がる。

「なに笑っていますの」

「こんなことのために、才能を無駄づかいしなくてもと思っただけよ」

「こん……っ、それだけ魔法を受けておいて、よく言えたものですわね。それとも友人のことなんて、どうでもよくなったのかしら。薄情なこと」

 短時間に何度も魔法を使ったので、さすがのアイカも息が上がってきているようだ。しかし挑発してきたところを見ると、まだこの試合は終わってはいないらしい。

 アマネは壁を支えに立ち上がり、アイカを見据える。

 同じ学科の者同士、同じ能力で競い合おうと努力するのはいいことだ。前世では同格の相手も挑戦してくる相手にも恵まれず、眺めるだけで羨ましく思っていた。

(こんな裏で仕掛けてきて、勝てたって)

 人質を取ってまでして勝てたという、後ろ暗い記憶しか残らないだろうに。

「あなたが、満足するまで付き合ってあげる。でもウタになにかしたら……許さないから」

 アマネの格好はボロボロだった。魔法に強い素材でできた制服は薄汚れて一部が焦げているだけだが、両腕両足にはタマヒによる火傷を負い、背をしたたか打ち付けたために呼吸をするだけで肺が痛む。全身が軋んで立ち上がるのがやっとの状態だ。セイデンによる痺れも完全に取れておらず、次の魔法が繰り出されても正面から受け止めるしかない。

(それでも、ウタが無事に戻るなら)

 刹那、脳裏に炎に包まれた街と地面に横たわる人影がよぎる。そのまま気が遠くなりかけたので首を振って振り払い、アイカの動きに集中した。

「まだ、立ち上がるなんてしつこいですわね! いいですわ、そこまでアイの魔法を受けたいのなら……ヒナタ!」

 名を呼ばれると同時にアイカの足元に赤毛の猫が降り立った。何度か授業で見かけてはいるが、分かりやすいアイカとは逆で、表情の動きが少なく感情が読みにくい。

「使い魔でも優れていることを証明して見せますわ。行きなさい、ヒナタ」

 金の杖で満身創痍のアマネを指し示すが、ヒナタはお座りの姿勢のまま動こうとしない。焦れるアイカが声を荒げる。

「どうして言うことを聞きませんの? アイの使い魔でしょう。ほら、あの女を倒すのですわ!」

 再度命令されて重い腰を上げたヒナタは、静観しているアマネの元に歩きだした。

 どう仕掛けてくるか分からないヒナタに対して緊張がはしる。獣らしく容赦がないのであれば、首を狙って飛びかってくるか、猫らしく急接近して足つたいに駆け上がり虚を突いてくるか。

 ごく間近まで来たヒナタが顔を上げ、目が合ったアマネは目をしばたたかせた。なりふり構わず格上に固執するアイカとは違う、強い意志が瞳の奥に宿っている。

 尾を一振りしたヒナタは、アマネに襲いかかることなくあっさりと背中を向けた。

「もう、十分よ。これ以上、どうするって言うの」

「十分? どこがですの。この女はまだ立ってる。まだあの口から謝られてもいませんし、土下座だってさせてませんわ!」

(え、謝るのと、土下座? なんのこと?)

 初耳なことに困惑するアマネをよそに、魔女見習いと使い魔のいがみ合いはエスカレートしていく。

「アイカだってたくさん魔法を使って限界のはず。力の差は十分に見せられた」

「まだよ。ヒナタが止めを刺してようやく、すべてにおいて上回ったことになりますの。だからやりなさい!」

「嫌よ。そんなことをして仮に上回れたとしても、ここだけでの話。自己満足でいいの?」

「うるさいですわ。主に口答えなんかして、使い魔という身分をわきまえなさい。すべての元凶を断ち切らなければ、アイは進めないのです!」

「お願い。今のアイカはとてもまずい。これ以上したら戻れなくなる。だからもう」

「人のことをまずいまずいと、いい加減にして! もういい。ヒナタにも、あなたにも邪魔はさせない。ヒイロくんも渡しませんわ!」

 会話に突然ヒイロまで出てきて混乱するアマネは、杖が動いたのを見てはっとした。怒りのままに杖を振り上げるアイカに手加減する様子は一切見受けられない。

(まさか、自分の使い魔ごと魔法を当てるっていうの!?)

 とっさにヒナタを腕の中に隠し、アイカを睨みつける。

 使えないからと、切り捨てるというのか。もう一人の自分を。大切な家族を。

 そこにある命を、物のように、扱うのか。

 まだ学生だから、命の尊さを実感したことがないから、仕方ないのかもしれない。それでも許せるものと、許せないものがある。命は一度消えたら元には戻らない。

 そう、――元には戻らないのだ。

「アイカぁっ!」

 抑えきれない激情に支配され、眉根が吊り上がる。うっすらと笑みを浮かべるアイカに重なって、町人に魔法を向ける親友の姿が重なった。

「そう、その表情ですわ。後悔しながら倒れなさい。火球よ、邪を燃やすつぶてと」

 バンッという音と共に複数の足音がなだれ込んできた。タマヒの詠唱は中断され、数拍の沈黙が久しく訪れる。

「なにやってんだアイカ!」

(この声は……)

 先程の音は扉を開ける音だったのだと、ヒイロの声を聞いて判明した。安堵から急激に身体が重くなり、意識が遠のいていく。

「アマネちゃん! アマネちゃん! しっかりして。お願い返事して!」

 しかし肩を揺さぶられて生じた痛みのおかげで、薄れていた意識が再び引き戻された。いつの間にかうつ伏せに倒れていたらしい。重い頭を動かして涙目になっているウタを確認したアマネは、無意識に力が抜けていくのを感じた。

「ウタ……無事だった、のね」

「ごめんね、私が閉じ込められたから、アマネちゃんが、こんな」

「いいの。ウタが無事なら、それで」

「とにかく保健室に行こう。肩に腕を……猫?」

 ウタがアマネの腕を持ち上げると、体の下からヒナタが這い出てきた。動けないアマネを見つめながら困惑しているヒナタは恐る恐る口を開く。

「どうして……かばったの」

「……さぁ。強いて言えば、あなたが使い魔だったから、かしら」

 理解できず首を傾げるヒナタに伝わるよう、アマネは喉に力を込める。

「あなたは、アイカの分身であり心の欠片。失ってはならないと思った。それに」

 使い魔が反対するということは、アイカ自身もどこかでそう思っているということだ。

「奥底まで知っているからこそ、心ゆくまでケンカができる。でもまだ、仲直りしてないんでしょう?」

 ケンカをしたら、仲直りするものだ。そうやって対立して、分かりあって、かけがえのないものになってゆく。

「……ありがとう。でもまだ言い足りないから、ケンカの続きをしてくるわ」

 勝気な笑みを見せるヒナタは、アイカの使い魔らしい。尾を一振りしたヒナタは、アイカの元へ歩を進めた。

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