第十四話
(うーん、突っ込んでこないか)
両手で大剣を持ち、右側の下段斜め後方に構えて様子を見ていたヒイロは、表情を変えることなく相手を観察する。一般的な大きさの剣より一回り小さな剣を扱うのが得意で、小回りの利いた戦術を用いてくるはずだ。授業で一緒なこともあり、それなりに戦術も知っているが、試合で対立するのは初めてだったりする。それは相手も同じで、実力を知っているから油断できない。安易に近づけない。しかし動かなければ無駄に時間を過ごすだけだ。見学もいる中で、なにもしないわけにはいかない。
(ボールは五つ。小さいから、狙いはずして身体に当てそうなんだよなぁ)
制御装置がついているから斬ってしまうことはないとはいえ、当たれば痛いのでできればボールだけを狙いたい。
作戦を考えていると、先に痺れを切らしたのか向こうから攻めてきた。剣を振り上げ、正面から向かってくる。
(俺が斬り上げるのを避けてから振り下ろすのか?)
ここで焦っても、いい結果は生み出されない。焦らず慎重に、神経を研ぎ澄ませていく。相手の足音、素早さ、その視線の先。全てを見極めて、数ある選択肢の中から、これだと思うものを選択した。
(いや、左に飛んでの不意打ち!)
眼前にまで接近してきた相手が突然視界から消えた。しかしヒイロは慌てることなく落ち着いて左を向く。不意打ちが失敗して焦った相手はそのまま剣を振り下ろした。
「はぁっ」
焦った隙を見逃さず、すかさず身体を大きくひねって大剣を振り上げた。大剣は剣を弾き飛ばし、頭のボールを割った。宙を舞う剣は相手の後方に落下して金属音を立てる。
(大剣が届かないと思って反対側に飛んだんだろうが、甘いぜ)
相手は尻餅をつき、武器を失ったことで所定位置に戻ってからの試合再開となった。
今度は真正面からの実力勝負に出たらしい。
向かってきて剣が振り下ろされたので大剣で受け止める。弾いた勢いで斬りかかるもののかわされて、その隙に距離を詰められる。そのときにやられたのか、左下で破裂音がした。ちらりと見やると腰につけていたボールが一つやられている。
続いて頭のボールめがけて突き出された剣をのけぞってかわし、またもや降ってきた剣を弾き返す。のけぞったせいで体勢を崩し、ヒイロはしたたか背を打った。痛みに顔をしかめながら起き上がると、相手の口の端が吊り上がっている。
(この野郎。さっきの仕返しってか)
当たると痛いからできればボールだけ、という考えをかなぐり捨てた。大剣を支えに立ち上がり、今度はヒイロから攻め込んだ。
接近し間合いに入ったところで大剣を大きく振り上げる。相手はそれを待っていたかのように屈んでかわすが、もちろんわざとだ。隙ありと再び懐に入ってきたところで、思いっきり蹴りを食らわせた。
「ぐっ」
(逃がさねぇ、よ!)
呻いて後退する相手との距離を詰めるべく、蹴り上げた足を軸に一回転し、遠心力を利用して振り上げた。パパンッと連続して破裂音が耳に届く。相手の左側の腕と腰のボールが壊れたのだ。
(あと、二つ)
息を整えながら相手を一瞥すると、歯を食いしばってこちらを睨んでいた。
(おぉ、怒ってんな。分かりやすいのもどうかと思うぜ)
いつもより本格的な試合や、身体を動かす楽しさから、自然と笑みが浮かぶ。しかしそれが相手の癇に障ったらしく、瞬きした一瞬で眼前にまで迫ってきていた。
「うおっ」
補助魔法で足を速くしたのだと判断するよりも早く、大剣を盾にして後退する。しかしそのせいで相手の姿を見失ってしまった。一瞬の油断が敗北に繋がる。それを反省しながらも、神経を研ぎ澄まして相手の気配を探る。
「ここか!」
背後に気配を感じると同時に身をよじりながら大剣を振るった。
わき腹に打撃を受けたものの、ボールの犠牲が右側の腰の一つで済んだ。
(最初から補助魔法はかけてなかったのか。まぁ俺もだけど)
相手はこれまでの授業でも速さを生かしてかく乱し、攻め込むスタイル得意としていた。見ていたときはあれぐらい避けられるだろと思っていたが、実際に目の当たりにするとでは早さの感覚がまったく違っている。
(あとで油断してただろって兄貴に言われるなーこりゃ)
ちらりと見やると、キシナのにこにこ笑顔に薄ら寒いものを感じてすぐ対戦相手に視線を戻した。
(み、見るんじゃなかった。余所見も追加で、更に負けでもしたら説教じゃすまない……)
昔に課せられた過酷な修行スケジュールを思い出し、思わず身震いする。
「遅いくせによくかわしたな。でもどこまで持つかな」
相手の言う通り、ヒイロの方が剣を振るう速さが遅いので、どうしても後手になってしまう。自信満々な相手に言われずともそんなことは分かっている。
「へっ、後手なりのやり方を見せてやるよ」
「じゃあ見せてみろよ。この速さに追いつけるんならな!」
相手が闇雲に走り出した。ヒイロの周囲を行ったりきたり、接近したり離れたりと規則性のない動きで惑わせてくる。
ヒイロは動きを目で追うことはせず、目を閉じて足音に集中した。縦横無尽に駆ける音はどれも軽い。
(狙われるとすれば、大剣を下段に構えることでがら空きになる左腕のボール)
相手が近づいたところで腰を落とし、振るう予兆をあえて見せる。
背後でざっと足音が低くなる。攻撃するために踏み込む音を耳で捕らえた。
目を開けると、破裂音と一緒に視界の左隅に突き出された剣先が映った。大剣を抱え込むように動かし、ヒイロの身体と大剣の腹で相手を挟み込む。逃がさないよう勢いをつけたため、相手の腰にあったボールが破裂する。ついでに肩同士がぶつかり骨に響く。
「……捕まえたっと」
「くそっ、放せ!」
足音に注意しながら、片手で押さえ込むために腕に筋力増強の魔法をかけておいたのだ。相手がもがいても大剣はびくともしない。相手の最後のボールは、突き出された剣を持つ腕につけられ、目の前にある。
ヒイロは開いた左手でボールをつかむ。
「なっ、素手で」
「武器で壊せとは言ってないからな」
最後のボールを握り潰す。乾いた音が勝利を確定させる。
「そこまで。勝者、A組のヒイロ!」
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
向き合って礼を取り、やれやれと息をつく。試合中は忘れていたのに、歩き出した途端にわき腹がダメージを訴えてきた。
(あー、思った以上に割られたな。まあ制御装置ありきの作戦だったしな)
そっとわき腹に手を添えてさするも、すぐに痛みは治まりそうにない。痣になっていそうだと、人事のように思いながら友人の元に向かう。
実際、魔女とコンビを組んで行う戦いは制御装置なんてものはない。つけていたからわき腹は打撃程度で済んだが、本番だったら大怪我を負っていた。制御装置無しの試合だったら、あの時点で負けていただろう。命を駆けた戦いでもないのに苦戦していては、先が思いやられる。
(まだまだ力が足りない。もっと鍛錬しな……いと……?)
見学していた友人と目が合い、手を振られたので片手を挙げて返したヒイロは、どこからか視線を感じて肩越しに振り返った。
怒気に満ち満ちた赤茶の目に見つめられていた。いや、完全に睨みつけられている。アマネの背後が陽炎のように揺らめいている気がして、近づこうものなら胸倉をつかまれそうな雰囲気だ。
(え……俺、なにかしたか?)
皆目見当がつかないヒイロが首を傾げると、アマネの眉が跳ね上がった。冷や汗が浮かび、足早に友人の元へ逃げる。
「どうした? さすがのヒイロも疲れたか?」
「ああ、うん。まぁ」
鬼のような形相とはああいうものなのかと実感しながら、ヒイロは試合以上にうるさい鼓動を落ち着かせるのだった。




