第十三話
午後の授業のために移動を開始するころには、使い魔を維持できていたのはアマネとアイカ、あとはミラのクラスの女子生徒二人の四人だけとなっていた。その中でも二人の女子生徒の顔にははっきりと疲労が見え、限界が近そうだ。
廊下に出たアマネの肩に乗って楽をしているクオンが、女子生徒とその使い魔を見比べて息をつく。
《あーあー、無理しなくていいのによ。使い魔が申し訳なくなってるぜ》
《あの様子じゃあ、使い魔と意思疎通を取れてないわね。魔力の生成による維持に気がいっている》
前を歩く女子生徒たち実体化を保たせるため、減り続ける燃料を補給し続けている状態だ。使い魔には孤立した意志があれど、もう一人の自分。与えなければいけない存在なのではなく、同等の存在であり、魔力を与えるのではなく共有する間柄なのだと気づくことができれば長時間続けられるようになってくるのだが。
そういうことは教えられることはなく、当人たちが気づくしかない。
《オレっちたちだって最初は大変だったよなぁ。アマネなんか一分ももたずにへばっちゃってよ》
前世で初めて対面したときのことを思い出して忍び笑いするクオン。触発されて当時を思い出す羽目になってしまったアマネは、苦虫を数匹噛み潰したような顔になる。
アマネは魔力生成が人一倍下手だった。運動が好きなくせにすぐ疲れ、一緒に遊んでいても一番最初にくたびれていた。病弱だったというわけでもない。ただ無意識にできるはずの体力と魔力の使い方ができないでいた。
成長して魔法を教わっても、同年代の中でも成績は悪い。目立つほどに下手となれば足を引っ張ることもあり、必然的にバカにされるようになる。悔しくて一人練習していてもすぐに疲れてしまって続けられない。休憩しているところを通りかかられ、またからかわれる。
《まともに会話できるまでが長かった。しかも顔を垣間見る度に不機嫌だしよ。まぁ、他の奴らのねちっこい嫌味を聞いてたら、こんな性格に育っても無理はないよな》
《そんなに叩き落とされたい?》
アマネに凄まれて総毛立ったクオンは高速で首を横に振る。
(……こんな一面が私の中にあるってことなのよね。自分のことながら疑わしいけれど)
階段を下り終わって手前の第一実戦室の前にやってきた。一人の女子生徒がドアノブに手をかけ、扉を開けると同時に耳をつんざくような怒声が聞こえた。
「誰彼なしにおいしそう、まずそうなどと……本当にいい加減にしてくださる!?」
それは聞き慣れたアイカの声で、アマネは目をしばたたかせた。
(アイカと誰かがケンカしている?)
自慢とアマネに対する絡みが目立つものの、実は面倒見がいいアイカはクラスメイトと仲がよく、意見は言ってもケンカになることは見たことがない。逆に慕う者の方が多いくらいだ。
扉を開けたまま入ろうとしない女子生徒を押しのけて部屋に入ると、アイカが眉を吊り上げ、お座りしている使い魔のヒナタを睨んでいた。以前無茶をした経験からか、使い魔を長時間してきたアイカが疲弊している様子はなく逆に元気すぎるほどだった。
怒りをあらわにしているアイカに対し、ヒナタは動じることなく見上げていた。
「おいしそうだからおいしそう、まずいものはまずい。嘘はつきたくないわ」
「嘘をつけといっているのではなくて、その言い方をやめなさいと言っているのですわ!」
人目もはばからず、ものすごい剣幕だ。先に来ていた男女の生徒たちも遠巻きに様子を見ていることしかできていない。仮にアマネがいさめたとして、怒りの矛先がこちらに向くだろうことは容易に想像できた。
「だいたいお食事時でもないのに、はしたな」
「あ、あの……大きな声がしましたが、どうしました?」
いつの間にかやってきたキシナがアマネの背後に立っていた。
しかし教師とあろうものが、目に見えて狼狽しているのはよくないと思われる。
キシナに声をかけられたことで我に返り、周囲に大勢の同級生がいたことに気づいてアイカは気まずそうに口をつぐんだ。キシナの後に入ってきたミラがくすりと笑って首を傾げる。
「あらぁ、ケンカ? いいわね、どんどんなさい」
「……いえ。これ以上授業の邪魔をするのは、いけませんもの」
ヒナタを抱き上げ、お騒がせしましたとアイカが頭を下げたことでとりあえず騒ぎは収まった。同時に本鈴が鳴り、生徒たちは男女に別れて並ばされた。普段は女子生徒三十人で授業を受けているが、男子生徒も女子生徒も三十人ずついるので、実戦室がかなり狭く感じる。魔法や武器を振り回せば必ずといっていいほど誰かに当たる。そんな狭い空間でなにをするのだろうか。
「今日は見ての通り、男女共同の実戦授業です。なにをするかといいますと……まず先に広げましょうか。ミラ先生」
「はぁい」
部屋の隅に移動していたミラが、壁に指を押し込む。すると注意を促すアナウンスが入り、ミラが背にしている側の壁が立て半分に分かれて引っ込んでいった。壁の向こうには同じ造りの空間が広がっている。
「実はこの実戦室、大人数でも使えるよう、壁が収納できる仕組みになっているんですよ」
「でも先生の許可がないと勝手に触っちゃダメよ」
突然壁が動いたことに驚いていた生徒一同だったが、授業の説明がはじまり真剣な顔つきになる。
「今日は騎士対騎士、魔女と使い魔のコンビ同士での試合をしてもらいます。合同にしたのは他の生徒のやり方を学んだり、契約をする可能性がある相手のことを知るためです」
「気になる子の試合を見学、または気になるあの子にアピールしてゲットのチャンスでもあるわ」
ミラの一言に女子生徒側の空気が変わった気がした。さりげなく周囲を見てみると、どの女子生徒も目がぎらついている気がする。
「よっしゃあ、やったるぜ!」
やる気に満ちた声が上がった。男子生徒の方でも同じらしい。
試合は男女それぞれ同時に一試合ずつ行われる。その際どちらの試合を見学するも自由で、組み合わせはなぜか出席番号によるくじ引きで決められた。アマネの番号が呼ばれることはなく最初は見学になった。とはいっても、魔女と使い魔のコンビ同士での試合は、使い魔を維持できている者がアマネ含めて四人。二試合しかない上に、最初の試合はすでに疲労が見えはじめている二人だ。そう長い試合にはならないだろう。
「えー、男子の組み合わせは……Aの十三番とBの一番」
「あ、俺だ」
「おっ、ヒイロがんばれよ。B組に負けんな!」
クラスメイトに肩を組まれたヒイロはおうよ、と拳を握る。アマネはつい、大剣を手にコートへ向かう後姿を目で追う。
(ヒイロの試合……)
《もちろん見に行くんだろ?》
《あ、頭の中を読まないでクオン》
《読んでねぇよ。バレバレだっての》
慌てて周囲の様子を探るが、クラスメイトの応援に向かったり、どちらの試合を見に行こうか迷っていたりと、アマネを気にかけるものは一人もいなかった。
はじまっちまうぞとクオンに促され、見学している生徒たちの一番端になんとか場所を得ることができた。遠いが後姿は十分見える。
(こういうとき背が低いと損ね)
アマネが背の高い人を羨ましがっている間、ヒイロと対戦相手の頭や両腕、両腰にベルトが巻かれ、青のボールがつけられていた。あれをすべて破壊した方が勝ちというルールのようだ。
ヒイロの武器は全体が身長と同じくらいある大剣で、相手の男子生徒は腕の長さくらいの剣だ。大剣は重くて大振りになりやすいので、間合いの内側に入られないようにしなければいけない。
「直接戦うんでしょ。危なくないのかな……」
「大丈夫だって。騎士見習いも、制御装置ってのがあるんだ。ほら、剣と柄の境目のとこ」
不安な声を上げる女子生徒に、隣にいた男子生徒が自身の武器を持ち上げて見せる。言われた部分には確かに、青い石がはめられた銀のリングが取り付けられていた。
「騎士用の装置はつけてると刃の部分が薄い膜に覆われて、直接当たらないようになってるんだ。だからまぁ、打撲はあっても切り傷はできないし、血も出ないから大丈夫」
魔女のは赤い石なんだってな、と言われたので教えてもらった女子生徒は照れながらも愛用の魔法具を見せていた。
「ボールをすべて破壊、もしくは降参した時点で試合は終了です。真剣かつ思いっきりやるように。では、はじめ!」
審判を勤めるキシナが開始を告げる。しかしヒイロも対戦相手も一歩も動かず対峙していた。




