第百十八話
背負われたウタはふぅと息をつき、心配して見つめるアマネと目が合うと目を泳がせた。固く口を結んできつく目を閉じる。
「ウ、ウタ? 本当に、まだ治ってないんだから無茶しないで」
「ううん、違うの……あのね……」
思わず声をかけたアマネに対し、緩慢に首を振ると自身の胸元を探り、恐る恐る目を開けて見つめてきた。その表情は強張っているが、瞳に意を決した強い輝きを湛えている。
「私のせいで壊すことになっちゃって、ごめんなさい」
一瞬なんのことを言ったのかと思ったが、すぐに前世でも使っていたあの杖のことだと悟った。風圧の棺フウバクカンでミンを拘束したのを最後に細かく砕け、自然に還るかのように風に運ばれていった。
「大丈夫、壊れてないわ。長い長い務めを果たして眠っただけ……」
(お疲れさま。前世でも、今の私たちを守ってくれてありがとう)
「それで、ね……まだ、魔法……使うんだよね?」
「……そうね、薬を溶かし込んだ雨を降らせて灰を中和しないと」
「待つさね、アマネまた雨を降らせるんさ?!」
割り込んできたラキの顔は険しく、ウタを背負っていなければ手が出そうなほどに焦りを滲ませていた。
「ラキ、あのときとは違うわ。ミラ……、先生もヒナタもいるから」
幼いころに起きた孤児院の火災で、アマネは勢いの止まない炎を止めるために雨を呼んだ。そのせいで体の成長がほぼ止まった状態になってしまった。
それは取り残されたラキを助けるための行動だったため、彼の心に重くのしかかっているのかもしれない。
「だから大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
「……分かった、さね。ヒイロ、アマネになんかあったら承知しないさ」
「おう」
「……まったく、ラキのせいで話が逸れちゃったわ。ウタ、お待たせ」
声をかけると目を丸くしていたウタははっとして、握った手を差し出してきた。
「か、勝手だって、押し付けだって分かってるの……気に食わないかもしれないけど、これ……」
開かれた手の中にあったのは、一本のペンだった。青緑を基調としていて、先端に向かって金色で螺旋状の渦を巻いている。
手に取ったアマネは、微かに宿る魔力に気づいた。
「これ、ペンじゃない……? もしかして……」
アマネの魔力に反応したのか、先端が伸びはじめた。軽く魔力を込めながら先端が上になるよう持ち直し、手首を捻るようにして軽く振ると一瞬で倍の長さに伸びる。
指揮棒のようになったそれは、アマネの魔力をしなやかに受け止め内包していた。
「あの杖、アマネちゃんには大きすぎる気がして……その……」
確かにあの杖は前世で、十八歳という年相応の身長に合わせて作られたものだったため、今のアマネが持つには少し大きかった。理事長によって目の前に出されたときは驚きとかつての相棒という頼もしさが勝って、アマネ自身は杖の大きさが合っていないことはしかたないと気にしないようにしていた。
それをウタは、修理を受け合った際に気にかけてくれたのだろう。修理だけでも手一杯なはずなのに、同時に新しい魔道具を作ってくれていのだ。
「ウタ……ほんとに、貴女って人は……!」
ここまでしてくれる友人を、アマネは誇りに思った。そしてその想いに十分に応えたいと、胸中に炎が灯る。
「ありがとう。私、ウタの分まで頑張るから」
「……っ、うん」
ウタは瞳を潤ませながらも頷く。
一足先に病院へ向かった一同が退室するのを見送ったアマネは、この場に残ったヒイロとミラ、ヒナタを見やった。
「この薬を溶かした雨を、この場で降らせたい。力を貸して」
「ふぅ……まさか天気を操る事態になるとわねぇ」
少し疲れたようにミラがこぼす。高火力の魔法を使って間もないし、アマネもかなり消耗している。複数の魔法で雨を降らせるためにも呼吸を合わせる必要がある。
チャンスは一度しかないだろう。
「ミラ、先生……いけそうですか」
「あらあら、さっきまでのように呼び捨てでも構わないのよ? これからすることに関しては、先輩なんだから」
(ちょっ、この場にはヒイロがいるのに……!)
前世のことをヒイロは知らないことを知らないのか、わざとなのか。とにかくその話はするなという意味を込めて睨みつけると、小さく笑われた。




