第十二話
「聞いたよー! 魔法具壊れちゃったんだって?」
「別の学科で、別の場所で授業をしていたあなたが、なぜ知っているの」
「んー、勘? もしくは風のウワサってやつかなー」
えへへとなぜか照れているウタは、部屋の片隅にあった丸イスを持ってきて腰かける。
期待の眼差しを背にひしひしと受け、肩越しに振り向いたアマネは溜息をついた。
寮の食堂で夕食を取ってさっさと寮の自室に戻り、明日の授業の予習をしていていると扉がノックされた。在校生の中で訪ねてくるのは一人しかいない。用件も大方分かっていたので無視していたのだが、ノック音が激しくなりうるさくてかなわないので扉を開けた。
開けてしまった。
案の定、来客はウタで、不機嫌丸出しなアマネの顔が間近に迫ったにも関わらず、おじゃましますと入ってきた。また新しい魔法具を作ってきたから今度試そうよ、という用件だろう。適当に相手をして返事をしていればそのうち帰っていくと考え、予習を再開した。
「アマネちゃん、けっこう有名になりつつあるんだよ? 赤茶が赤に圧勝したとか、数年ぶりに金色の使い魔が出たとかって」
それは確かに自分のことだが、名前まで知られていないからと色で呼ばれるのは正直不愉快だ。赤茶だからなんだと、比べることがそんなに楽しいのかと詰め寄りたくなる。
「現魔女にも茶色でも優秀な人はいるでしょう。それに色は秘められた力の量であって、その人の実力とは限らないし、見た目がすべてでもない」
「まぁ、そうなんだけど」
機嫌が更に悪くなったことを察知したウタは、気まずそうに首の後ろに手を回す。
重々しい沈黙が流れ、ウタも口を閉ざしてしまった。これでは予習に集中することができない。
「……で、今度はどんな魔法具を作ってきたの?」
しかたなく声をかけるとパァッとウタの表情が満開になった。やはり明るい表情でいた方が似合っていると思う反面、スイッチを入れすぎてしまったと少し後悔する。
「あのね、今回はね……――」
新しい魔法具の力説と次の魔法具の考案や要望、使ったときの感想から最近の調子などの質問攻めにつき合わされ、就寝時間まで開放されることはなかった。
学生寮は学校から道をはさんだ反対側に建っていることもあって、互いの建物がよく見える。忘れ物があってもすぐ取りにいけるから助かる、とウタが言っていたのをなんとなく思い出しながら歩いていくと、正門にミラがいた。白衣の女性教師といえば一人しかおらず、遠くからでも目立つ。登校してきた生徒たちとにこやかにあいさつを交わしていた。誰に対しても微笑みかけ、偉ぶらず優しいミラは教師や生徒、男女問わずに人気があった。
「おはようございます」
「あら、おはようアマネさん」
学校がある日は教師の誰かしらが正門に立っている。これには制服の着こなしチェックはもちろん、あいさつすることで登校してきた生徒の体調は大丈夫かも見ているのだとキシナが教えてくれた。昔、大事なテストだからと四十度越えの熱があるのに登校した生徒がいて、朝のホームルーム中に倒れたことでやっと発覚したという事件があったからできたのだとか。
そのまま正門を通り過ぎようとしたところでミラの声が耳に滑り込んできた。
「今日は共同授業があるから、楽しみにしていて」
ばっと振り返るとミラは別の生徒とあいさつしていた。こちらを振り返る様子はない。耳打ちされたことに訝りながらも、アマネは教室へ向かって歩を進めた。
「おはようございます。今日も全員出席でなによりです」
自分のことのように嬉しそうな顔していたキシナは出席簿を閉じ、連絡事項があります、と生徒全員を見渡した。
「女子生徒の皆さんは、授業がはじまるまでに使い魔を召喚しておいてください。無理はしない程度に、午後まで維持することを目指してがんばって」
ホームルームの後、言われるがまま女子生徒たちは授業がはじまるまでに使い魔を召喚していく。
アマネも瞑目し、クオンへ意識を向ける。
《クオン、出てこられそう?》
「実はもういるんだな、これが」
肉声でしかもごく至近距離で聞こえて目を開くと、机上に座って見上げてくる瞳と目が合った。
(前にもこんなことあったわよね……)
クオンが捕まっているからなのか、学校のどこかにいるというあやふやな感知になってしまい、ごく近くにいても気づかない。
《今度はよぉ、気づいたらカバンの中にいたんだよな》
《さっき荷物の整理したときはいなかったけど》
《びっくりさせようと思って、隠れてた》
「あ、そう」
いたずら大成功といわんばかりのドヤ顔になんとなくイラついたアマネは、クオンの頭をわしづかみにした。ついでに手を軽く開閉させる。
《どわーっ、悪かった! 悪かったからそれやめろ!》
腹いせに羽毛のもふもふを楽しんだアマネは、毛艶が戻ったのを確認して開放する。渋い顔で羽毛の乱れを直すクオンを眺めている間に予鈴が鳴り、授業がはじまった。
キシナが教室に戻ってきたので始業のあいさつをし、それぞれ教科書の指定されたページを開く。その左上には大きく、使い魔と魔法についてと書かれていた。
「女子生徒の皆さんはミラ先生からいろんな系統魔法を教わり、練習していると思います。上達すれば当人だけでなく、使い魔やいずれパートナーとなる騎士も使えるようになりますよ」
魔法を自在に操っているところを想像したのか、クラス内が浮き足立つ。実際に魔女と騎士のコンビが魔法を駆使して事件が解決する記事が多く、必ずと言っていいほど幼少時に一度は憧れるものだ。
憧れが確実に現実味を帯びてきているとあれば期待値は自然と高まる。
「男子女子、使い魔の皆さんの認識を共通するためにもう一度説明しますね」
キシナはすばやく丁寧に三つの単語を黒板に書き並べて振り返る。
「まず一言で魔法といっても、三種類に分けられます。まず騎士が使う補助魔法」
補助魔法は騎士でなくとも男性が使える魔法で、筋力増加や移動速度上昇など自身の能力を強化することができる。戦闘のときはもちろん、一般では重いものを運ぶときなどの重労働に不可欠となっていた。
「続いて、魔女が使う系統魔法。自然の力を借りることで発動できます」
ミラから習う魔法がこの魔法になる。火や草木、水や土など自然に通ずるもので、ろうそくに火をともしたり雨をよける膜を生成したり、電気を発生させたりと簡単な魔法が多い。なみに浮遊魔法フドーは風に属する。
生徒は満遍なく覚えて使ってみることで、自身の得意な系統魔法はなにかを探り、伸ばしていく。
「最後に魔女の国家資格獲得の条件の一つにもなっている固有魔法ですね」
簡単に言うと得意な系統魔法を磨き、その魔女特有の魔法と認められた魔法のことをいう。魔女の国家資格を持つ者は皆、一つは持っていて誇りとしている。そしてその名を元に魔女と騎士に共通の二つ名が命名される。
「系統魔法は使い魔、魔女と契約すれば騎士も使えるようになります。とはいえ騎士は魔女のように自在にではなく、武器に系統魔法を付与してもらって振うことができるという形ですが」
騎士が系統魔法を使えるようになるというよりは、魔法を借りられるようになると表現した方がいいのかもしれない。それも魔女の元から離れた魔法なので扱いが難しくなる。相方の魔女とケンカ中のまま仕事先で戦闘になった際、武器に付与された魔法が暴発してしまうということが実際に起きていて、ときどき記事になっては話題になっている。
ここで一人の男子生徒が手を挙げた。
「先生。魔女は逆に補助魔法が使えないんですよね? だったら騎士が魔女に補助魔法をかければ、もっと効率的な活動ができませんか?」
「いい質問ですね。しかし残念ながら、騎士が魔女に補助魔法をかけてあげることはできません」
確かに互いに得意な魔法をかければ、欠点が極端に少ない万能なコンビになれるだろう。
(でも昔から魔女は与える側だった。前世でもそう教えられた)
魔女が力を与え、騎士が振るい護る。約三百年前の前世では、魔女が村の外に出ることのない後方支援の役割で、騎士たちだけで主に夜盗討伐や狩りのために戦っていた。一対一で組んで隣で一緒に戦うなんてことはありえなかった。
異例だったのは前世で親友と対峙したとき。ほぼ一対一状態で、ヒイロたちとはかなりはなれたところでやりあったときくらいだ。隣り合ってはいなかったが、武器化したクオンを操り、当時のヒイロは戦った。魔力で繋がってはいたのだ。
「研究者の推測によりますと、魔女は自身が生成した魔力を吸収、放出することはできても、他人からの魔力を受け取ることはできないのだそうです。同じ血液型の人がいない、と言えば分かりやすいでしょうか」
キシナの例えになるほどと納得する生徒たち。
「……早く、分けてあげられる方法が見つかってほしいものです」
一瞬表情が翳ったように見えたが、呟きと共に消えていつものにこやかな顔になる。
「他に疑問点や確認したいことはありますか? ないようでしたら先に進みます」
その後順調に授業は進んだものの、授業が終わるころには早くも使い魔の実体化を維持できずに解いてしまう女子生徒が出はじめていた。




