第百十二話
(せめてミンがどうやって操っているのか分かれば……)
必死にこれまでのことを思い起こしている間にも、猫たちの苦しむ声が耳に届く。
(猫たちの目は、赤くなっていない。七つの大罪は魔力の影響で目が赤くなるようなことを言っていた。これだけの猫を操るには魔力を大量に割り当てないといけないから、得策ではないわよね。魔力を植え付けていないなら、なに?)
ミンの行動の中で、特徴的なことはなかったか。何度か見聞きしていることはあったのではないか。
必死に頭を回転させている間にも、多くの血が流れていく。
泣きそうな顔でユカリがミラに詰め寄る。
「お、お願いします。拘束を解かずとも、緩めてあげてください!」
「気持ちは分かるけど、できないわ。一匹でも逃がしたらどう転ぶか」
懇願されるも、ミラは小さく首を振る。
(ここに来たとき、猫たちは周囲から様子を窺うだけでなにもしてこなかった。小瓶を叩き落したのは、ミン。クオンを食べようとしたのも……動き出したのは……)
猫の動向に要点を絞って記憶を掘り起こしていく。
(ミン以外が動き出したのは……)
特徴的な鳴き声と、それに呼応した猫たちの声が耳奥に蘇る。
(そ、うだ……鳴き声!)
室内に灰をばら撒かれたときも、二度間合いを詰められたときも。そして今現在、ハジョウスイケツから脱しようともがくきっかけになったのも、ミンが鳴いた直後のことだ。
人の言葉を話せるというのに、なにかをさせるたびに猫の声で鳴いている。自分でなにかをしていたのは小瓶を叩き落すときぐらいだった。魔法を使う様子もない。
満身創痍なゼンがミンを縛る水の紐は握っているものの、びくともしていなかった。ミンはこちらが行き詰っている様子を楽しそうに眺めているようだったが、同時に苛立っているように見える。
(鳴かせないようにすれば、猫たちだけでも解放できるかもしれない)
ミンの口を封じればいい。水なら音を遮ることができる。
「ミラ」
呼びかけに応じて視線が向けられるのを感じる。アマネはミンを見据えたまま、口を開いた。
「ミンが鳴くことで猫たちは操られている可能性が高いわ」
「……なるほど、聞こえなくすればいいのね」
小さく笑みを浮かべ、杖を指揮者のように振るとぎしぎしとうるさかった周囲の音が一斉に静まった。
しかしミンに異変はない。ウタを拘束したときのように口を塞いでしまえばいいと思っていたアマネは困惑した。
「ミラ、なにをしたの?」
「なにって、指摘通りに聞こえなくしたのよ。みんなおとなしくなったし、アマネさんの推測は正しかったようね」
聞こえなくしたという言い方に引っかかり、やや置いてはっと近くの猫を見やる。目を閉じぐったりとしている猫に目を凝らすと、拘束している水の糸が途中で枝分かれして耳に向かって伸び、球体をかたどっていた。
「まさかとは思うけれど、この場にいる猫たち全部に耳栓を……?」
「ええ、だってあの司令塔の口を封じたら、情報を吐かせられないじゃない」
数的にミンを抑え込んだ方がよかったのではと思うのだが、魔法を行使しているミラの器用さには驚かされっぱなしだ。
「人を惑わせる灰も、対処法は確認済み。観念してあなたは何者なのか、七つの大罪についてもいろいろ教えてもらおうじゃない」
猫たちは無力化した。七つの大罪とはいえ、ゼンもひどい出血で動けないだろう。ハジョウスイケツを突破しない限り、ミンに手立てはない。
決着はついたも同然。これ以上、この場に長居する必要はない。
「まずは場所を移動しましょう。ウタを早く病院に」
「ふ…………あはぁはははははははははははは!」
突然響き渡る哄笑に、びくりと肩を揺らす。
振り返ると同時にかち合った瞳が、底知れぬ恐怖を呼び起こした。
「ああ、ああ、なんて、なんて愚かしいの。これほどまでにぬるく甘くなっていたなんて」
抑え込んでいたものが爆発したような、異様な気配が場を支配してアマネたちを呑み込む。目が離せず、一ミリも動けない。身体が完全にすくんでしまっていた。
勝利を確信した油断を心底後悔する。
瞳孔が針のように細くなり、ミンは首を傾げた。
「この程度で観念? そんな余地は与えては駄目。だってほらぁ」
片方の前足が一歩前に踏み出され、水の糸は蜘蛛の糸のようにあっさりと切れて落ちた。
「あらあらぁ、私が恐ろしい? でもまだまだよ」
絶対に解かれないようにしていたであろうに、一歩進むごとに水の糸が消滅していく。
水の糸という支えを失ってか、ゼンは横に倒れて動かなくなった。




