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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第一章「学校転入編」
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第十一話

 アマネの機嫌は最悪だった。理事長と一緒に昼食を取らざるを得なかったのは、クオンのためだからまだしかたがない。原因はその後、昼休み後の授業が終わるとアイカが他のクラスメイトがいる中で、昼間に理事長室へ行ったことを問いただしてきたのだ。

 しかも目撃したのはアイカだけではなく、ヒイロもだという。確認で声をかけられたヒイロを一瞥すれば、同意するように頷く。クラス内に動揺がはしり、アマネがどう答えるのか注目が集まった。

 次からは人が少ない放課後にしなければと心に決める。とはいえ昼休みに会いに行ったことは後悔していない。クオンは確かに衰弱していた。それどころか目の前にアマネがいるのに気づいたクオンは、辛いのにどうしたと気づかってきたのだ。胸がつぶれる思いがした。

 さて、どうしようかと頭を悩ませる。この場を回避しようにも、見間違いだといって逃げ切ることは無理そうだった。

(だったら……)

「そうね。理事長室に行ったけど、なに?」

 開き直るしかない。

「え、なにって、あなた」

 今まで絡まれては適当に返してきていたので、正直に答えるとは思わなかったのだろう。これ以上余計なことを言われる前に、面食らうアイカに畳みかける。

「確かに行った。自分から訪ねていったわ。でもあなたたちだって授業の質問などで先生の元へ訪れることがあるわよね。そしてそれをあなたにいちいち報告する義務なんてないでしょう」

「それは……そうでしょうけど」

「ではこの話は終わりということで」

 一方的に会話を断ち切って次の授業の準備をする。唸っているアイカもこれで諦めるだろう。次の授業は魔女専攻で実戦室での魔法実戦なので、現在使用している初心者用の杖の具合を見る。前に少しだけ使ったために、小さなひびが入っていた。念のため、授業で使うのは予備で持ってきている新品にした方がいいだろう。

 杖についている制御装置を見て、頭に触れられたときのことを思い出してしまった。

『そうそう、制御装置はああ見えて貴重なものだから、あまり壊さないように』

 用も済み退室しようとして呼び止められたため、振り返るまでに反応が遅れた。理事長のと思った瞬間、頭の上に手が置かれたことを知る。振り払おうとする前に手が離れていったので、なにもできずに終わった。クオンが持ち直してくれたことに安心して隙が生まれていたようだ。

 制御装置を付け替え、壁かけ時計を見やる。もうすぐ予鈴が鳴る時間だ。早めに移動しておいていいだろうと席を立つと、目の前にアイカが迫ってきた。真正面から見下ろされたアマネは目を細める。

「まだなにか?」

「確かに義務なんてないですわ。でもアイは納得がいかない。そして知りたいのですわ」

 言うだけ言ってアイカは、愛用の杖を手に取り巻きと共に教室を後にした。その背を冷め切った視線で見送る。

(知りたいからなに。教えたくもない、話したくもないことを無理やり聞き出して納得? 自己満足にもほどがあるわ)

 視線をはずし、ちらりとまだ教室内にいた女子生徒を見やる。目が合った女子生徒たちは気まずそうに顔を背け、教室から逃げるように出て行った。

 この一週間でなんとか最低限の受け応えができるくらいになれたと思ったのに、振り出しに戻ってしまっている。溜息をつきたかったが、雰囲気の悪さに拍車をかけるだけだったので、無言で実戦室へと向かった。

 女子生徒たちが立ち話で時間を潰していると、チャイムと同時にミラがやってきた。

「お待たせ。今日は前回予告した通り、教えた魔法の応用を体験してもらうための魔法実戦をしてもらうわよ」

 動きのある授業内容でも白衣とハイヒールブーツをはずさないミラは、バインダーを片手にコートの中央に立つ。

「今まで習ってきた魔法を、せっかくだからもっと自在に使えるようになってほしいの。そこで今回してもらうのは、魔女同士の対決」

 ミラの説明にどよめく女子生徒たち。いきなり戦えといわれて動揺しない者はそういないだろう。アマネも前世でのことがちらつき、眉をしかめる。

「あら、言い方がまずかったわね。えー、今回はお手合わせをしてほしいの。これは男子の方が好きかもしれないわね」

 この授業中、男子生徒は基礎鍛錬で自身の武器を使った戦い方の模索や筋力トレーニングをしている。確かに、試せる場を用意されたら男子生徒たちは特に喜ぶだろう。

「この部屋では三組まで同時にお手合わせできるのだけれど、最初は誰かにお手本となってもらいましょうか」

「ミラ先生。アイはアマネさんとのお手合わせを希望しますわ」

「は?」

 突然挙手したと思ったら名前を出され、アマネは思いっきり顔をしかめる。

「そう。じゃあアイカさんとアマネさん、それぞれ向かい合うように位置についてちょうだい」

 断る間もなく指定されてしまった。女子生徒たちの前へ移動するミラと入れ替わりに渋々前へ出る。向かい合う位置に立つと、自慢の金の杖を構え勝ち誇った顔のアイカの顔を見なければいけなくなった。

「アイが勝ったら、質問に教える。いいですわね!」

「なにを突然」

 まだ諦めていなかったのか。指定された理由も分かり、嫌気が差す。もうとっくに表情を取り繕う気はなくなっていた。不機嫌になったアマネの様子に、女子生徒たちが落ち着かなくなる。

「よく分からないけど、まぁいいわ」

 不穏な空気は首を傾げるだけでスルーされた。止めたりなだめたりする気はないらしい。ミラが軽く手を振ると、アマネとアイカそれぞれの背後に五枚の的が浮かび上がり、足元には同じく五個のボールが転がった。見分けがつくように赤と青で色分けされている。

「ルールは簡単。今まで習ってきた魔法、使える魔法でペイントボールを動かし、相手の陣地にある的すべてに当てたら勝ちというものよ。無制限に出てくるけど、自分のペイントボールを使うこと。相手に魔法をぶつけてはダメ。ぶつかりそうになっても私が防ぐから安心してね」

 最後に勝ち負けで成績が決まるわけじゃないわよ、と一言加えて質問はと訊ねられるが、特にないので黙している。

 内容はお手合わせというよりも遊びに近くて拍子抜けした。問題はアマネが使える魔法の回数が限られているということだ。対してアイカは無制限。負ける気はないので、どんな魔法を使って攻めてくるかによって、どんな魔法を使うかが決まってくる。

「圧倒的な勝利をお見せますわ!」

「ふふ、やる気満々ね。では、はじめ」

 合図と共にアイカが金の杖を振り下ろす。

「我が意に沿って飛びなさい――フドー!」

 一個の赤のペイントボールがピクリと反応し、重力を無視してふわりと浮かび上がる。アイカが杖をアマネに向けると、指し示された方向にペイントボールが飛んだ。

 しかしボールはすぐ勢いを失っていき、床に落ちてはぜた。赤色が広がり床を汚す。

「あ、あら。難しいわね」

 いきなり失敗して気恥ずかしくなったらしく、アイカは頬を赤くする。

(なるほど、魔法の持続力とコントロール力を強化するってことね)

 魔女の資格を得るならば、魔法を発動できるだけではダメだ。自在に操れなければならない。強化するにしてもただ同じことを繰り返すだけよりも、競い合う形にすればはかどるだろう。

 様子見でなにもしないでいたアマネは、視界に映ってしまうはぜた赤が気になってしまい、眉をひそめる。

(ああもう、ピンクだったらまだよかったのに)

 反射的に血を連想してしまい、同時に一番嫌な出来事がフラッシュバックする。どこを見ても赤く染まった町の中。頭がおかしくなりそうなほどに濃密な、血の臭い。

 ふいにびしゃっという音がして我に返る。赤い液体を塗りつぶすかのように青の液体が重なっていた。いつのまにか杖を持った腕が赤と青の重なった場所を示している。

 無意識に魔法を使ってしまったようだった。

(杖、は大丈夫みたいね。それにしても無意識に使ってしまうなんて)

 これでは夢遊病患者のようではないか。反射的に前世と結びつけてしまう癖をなんとかしなければと唇を噛む。

「わざわざ塗り重ねるなんて、いい度胸ですわ。覚悟なさい!」

 挑発されたと勘違いしたアイカが、次々と浮遊魔法フドーをそれぞれのペイントボールにかけて飛ばしてくる。どれも的に届かず地面に落ちてしまっていたが、回数を重ねるうちに少しずつ近づいてきていた。

(確実に飛距離が伸びてきている。成長が早いのはさすが朱色の瞳を持つ者、といったところかしら)

 感嘆していると、落下した赤のボールが割れることなく床を大きく跳ね、アマネ側の的にぶつかった。左端の的が、赤く染まる。

「ふ、ふふ。当ててやりましたわ!」

 落下している時点でフドーは完全に切れていて偶然と思われたが、先に的を当てられたという事実がアイカには嬉しいようだ。すごい、というクラスメイトの声を聞き、口の端を上げている。

「どうしたのかしら? いまさら謝ったってダメですわよ」

 最初の一回以降なにもしてこないアマネが怖気づいていると思ったのか、調子に乗って杖を振るう。赤のペイントボールがアマネとアイカのほぼ中間の位置で床を汚した。

(とにかく、お手合わせを終わらせないと)

 アイカが使っているフドーなら、何度か使っても杖は大丈夫だろう。しかし五つの的をひとつずつ撃ち抜けるかどうかは微妙なところだった。新品だったらいけただろうが、無意識に一度使ってしまっている。先に杖が壊れてしまう可能性があった。

(フドー以外の飛ばし方というと……風を操る魔法だけれど)

 窓があれば風を呼び込めるのだが、地下にある教室なので風の出入り口は扉しかない。仮に外から風を呼び寄せられてもそれで杖が消耗し、壊れてしまう。

(いや、一つだけある。それもうまくいけば一度にすべての的へ当てることができる)

 それには魔法の発動を悟られないようにする必要があった。急に動きを見せるとまず察知されるだろう。

 アマネは杖を短めに持ち直し、三歩先まで接近してきたペイントボールに杖先を向けた。

「……フドー」

 飛んできた赤のペイントボールと急上昇してきた青のペイントボールが真正面からぶつかってはじけ飛んだ。中身は床にぶちまけられ、まだら模様が描かれる。

「な、ぐ、偶然よ。我が意に沿って飛びなさい――フドー!」

 次もその次に魔法をかけられた赤いペイントボールも、アマネは同じように撃ち落としていく。かすかな亀裂音が耳に届き、眉がピクリと反応する。

(この一週間でだいぶ調整はできるようになった。とはいえあと一、二発しか持たない。一瞬でも隙ができれば)

 ペイントボールに向けている杖の先端の逆、持ち手の部分の先にはすでに圧縮された空気の玉が完成されていた。隙が生まれたら即、ガラス玉ほどの大きさのこれを解き放ち、アイカに向かって吹いた風にフドーで地面すれすれに浮かせた五つのペイントボールを送り込む。

 その間にまた飛ばされてきたペイントボールを、今までと同じように撃ち落す。びしりと先程よりも大きな悲鳴が、杖の限界を伝えてきていた。

(杖が持たない。強行突破するしか)

「もうっ、あと、少しですのに」

 悔しげにアイカが杖を下ろし、肩で息をする。魔法と成すのに必要なのは、こうであれという強い意志と、想像力。長い詠唱は必要ない。杖を持ち直したアマネはペイントボールの軌道を一瞬でイメージし、口で細く息を吸った。

「舞い飛べ――カザマイ!」

 解き放たれたカザタマが追い風となり吹き抜ける。突然の風に驚いたアイカは杖を持っていない方の片腕で顔をかばって耐える。

 風が収まるころ、アマネの持っている杖が軋んだ。カザタマとフドーを同時に発動させたため、とうとう杖が砕け散った。制御装置が床に落ち、硬質な音が室内に木霊する。

(ぎりぎりまで耐えてくれて、ありがとう)

 手のひらにわずかに残る破片を見る度に申し訳なく思う。この人生であと何回、壊さなければならないのだろう。壊さずにいられる杖はあるのだろうか。

「あらあらあら、たった数回で壊れてしまうとは雑な使い方をしたものよね。これで終わりですわ」

「ええ、終わったわね。お手合わせはアマネさんの勝ちよ」

 勝ちを確信してご満悦だったアイカだが、ミラの一言に驚愕して思わず物申す。

「どうしてですの。魔法具が壊れた時点で終了だとしても、的を一つ当てたアイの勝ちでしょう?」

「そう思うなら、自陣の的を見てみなさい」

「……え、いつのまに!?」

 アイカの背後にある的は、すべて青く染められていた。なにが起こったのかさっぱり分からないアイカの顔が、少し青ざめる。見学していた女子生徒たちも誰か分かった人がいないか顔を見合わせている。

 対して、作戦が成功したアマネはふぅと息をついていた。

 発生させた風で送り込んだ後、ペイントボールをフドーで上昇させて的に当てるのだが、 開放したカザタマは予想以上に勢いがあり、ぶっちゃけ本番の難易度にひやっとした。

(成り行きとはいえ、カザマイという新しい魔法ができたわけだけれど)

 カザタマとフドーを同時に使う新魔法カザマイ。繊細なコントロールが必要だし、練習で使った分だけ魔法具を壊しそうだった。魔女になるつもりはないし、使うのは今回きりになりそうだ。

「このお手合わせは、的五つを先に当てたアマネさんの勝ちね。とまぁこんな感じでやっていくわよ。最初のお手合わせでは勝ち負けよりも、標的に当てることを意識して。うまくいかないときは目の前の子や周囲の子のやり方を参考にしたりして、あれこれ工夫してみること」

 ミラの指示で組み合わせが決まっていき、それぞれお手合わせをはじめた。浮遊魔法フドーを中心に、おしゃべりすることなく真剣に取り組んでいる。

 そんな女子生徒たちを眺めて頷いたミラは、待機しているアマネとアイカに向き直った。隣に立つアマネを横目で睨みつけているアイカに対し、黙々と次の指示を待つアマネ。関心の差に苦笑を浮かべつつ、ミラは口を開いた。

「二人とも、すばらしいお手合わせでした。特にアイカさんの短時間で飛距離を伸ばした成長ぶりは目を見張るものがあったわ」

「そっ、そうですわね。これくらい当然ですわ」

「アマネさん、新しい魔法具を用意しましょうか?」

「いえ、予備がまだあるので大丈夫です」

「そう、それならよかったわ。二人はこの後、他の子たちの様子を見学して勉強ね。ずいぶん消耗しているから、もう一試合、なんてしちゃダメよ」

 ほっとした表情を見せたミラは、お手合わせ中の生徒の元へ向かっていった。アイカはよく一緒にいる女子生徒の様子を見に行き、残ったアマネはぼんやりと全体を眺めて時間を潰した。

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