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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第三章「薬剤師編」
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第百六話

 ウタが離れていったのも、これまで作り手がかけてくれた時間と努力を考えず消費し続けてきた罰だ。

「……う」

「…………?」

 ウタがなにかを呟いたようだった。しかしうまく聞き取れず、次は聞き漏らすまいと耳をすませる。

「……がう……ち、がう……違う違う違う違わないっ、違う!」

 突然声を荒げ、頭を抱え激しく首を振りはじめたウタは、その場にしゃがみこんでしまった。それでもまだ違う違わないという言葉を繰り返している。

(なにが、違うの? なにに苦しんでいるのウタ)

「ウタ、大丈」

「アマネちゃん!」

 荒々しく呼ばれ、心配で駆け寄ろうとしていた足を止められる。ゆっくりと顔を上げたウタは涙を溜めたまま笑った。

「その杖を、壊して?」

「そ、れは」

 それでウタが少しでも楽になるのなら、喜んで手放そう。しかし今使える魔道具を失うということは、この事件を終わらせることができなくなる。ヒイロとクオンだけでアマネたちを守りながらなんて、とても対応できない。

 迷いを見せるアマネの反応にウタは顔を歪めた。

「お願い、壊して。じゃないと……アマネちゃんが」

 ヌァーンと特徴的な猫の鳴き声が、ウタの言葉をかき消して響き渡った。

 応じるように周囲の猫も一斉に鳴き、ミンがウタの前に出た瞬間、ぶわりと生暖かい空気が押し寄せてきた。

 視界がピンク色に染まる。甘ったるい臭いが脳を揺さぶり、あの灰を撒かれたのだと気づいたときには激しい頭痛と吐き気で立っていられなくなっていた。

「や、べ……」

「気持ち、悪い……」

 ヒイロも大剣を支えに片膝をつき、苦しそうだった。ユカリも座り込んでしまい、青ざめながらも口元を片手で押さえている。肩にいるクオンも小刻みに震え、声も出せないようだった。

「くっ、みなしっかりせんか!」

 影響を受けていないのは灰を吸収して真っ赤に染まったチウだけ。敵の動向を警戒していたはずなのに、ウタを保護することでいっぱいいっぱいになってしまっていた。

(まずいわ……みんなを守らないと……魔法、を……)

 頭を揺さぶられ続けているような感覚が治まらず、思考が上手くまとまらない。

 ぎらぎらといくつもの目がアマネたちを見据えている。

「ああ、かわいそうに。ここまで来たのになにもできない。お友達すらも助けられない」

 初めて聞く声だった。声音が高いから女性だろうが、いつまでたっても来ないミラのものでもない。

「外ではみんな自由に言い争っている。醜く抗っている者もいるようだけれど」

(誰……なの)

 すぐ近くで、正面から聞こえる。首に力を入れ重い頭をなんとか持ち上げたアマネは、目と鼻の先まで来ていた赤い瞳と目が合って息を詰めた。

「さぁ貴女たちも抑え込んでいたものを開放して。自由に楽になりなさいな」

 流暢に人間の言葉が、白い体毛に覆われた口から流れ出ている。

「自由に……楽に……」

 気にするところではないと分かっているはずなのに、言葉に背を押されて心の奥底にしまい込んでいたものが揺らぐ。

「そう。蓋を開けて、封印を解き放ち、すべてをぶちまけなさい。貴女を縛るものはなにもない」

 誘惑の声を振り払いたくて目を閉じたのに、思い出してしまう。

 いまだに夢で見る、あの光景。あの魂にこびりついて消えない色と鉄の臭いを、大切なものを失った慟哭を、憤怒を、すべて吐き出してしまえば、楽になれるのだろうか。

「ああ、かわいそうに。吐き出したあとは私が代わりにしてあげる。辛いことも悲しいことも全」

 ドン、と鈍い音と衝撃が落ちた。すぐ横に感じる体温が、安らぎを感じさせてくれる魔力が染み入る。

「ふざけんな……こいつが」

「…………ヒ、イロ」

「どれだけ努力してんのか、知らねぇくせに……!」

 眉を吊り上げたヒイロが、飛びすさったミンを睥睨している。目の前に突き立てられた大剣は、アマネを守る盾のようで。磨き続けられてきた刀身が鏡のように反射して酷い顔をしているアマネを映し出していた。

(あの時の私は確かに今も哭いているのかもしれない。それを忘れないために刻み込んだのよ。もう繰り返さないように)

 浅くなっていた呼吸を整える。杖に魔力を込めた際に違和感を覚えて見やると、中央が黒く変色し、弱々しくまとう風の流れを乱していた。

(あそこは、ウタに直してもらったところ……)

 ふいにウタの杖を壊してという言葉が浮かび上がり、なにを言わんとしていたのかを理解した。

 アマネは杖を振り上げ。口の端を吊り上げる。

(ああ、ウタはやっぱり、ウタだったわ)

 誰よりも魔道具に真剣で、人のことを想う加工技師だ。

 大剣に向かって力任せに薙ぎ払う。ぶつかった瞬間衝撃で手を放しそうになったが振りぬいてみせる。

 杖の頭の半分がきれいに切れて猫たちの方まで飛んでいった。手元に残った杖から黒ずんだ部分が零れ落ちる。杖は一部が破壊されたというのに風の勢いを取り戻しはじめた。

「風よ、汚れし大気を押し込めよ――フーヘキ!」

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