第百一話
(ずっと使っていないのなら、迷い込まないように閉鎖されているのかもしれない)
好奇心旺盛な子供なら、使われていない扉の奥が気になって入っていってしまうかもしれない。
(司書も使わないのなら扉を塞いであってもおかしくない。例えば……本棚で)
改めて注意深く風を巡らせてみると、一か所だけ不自然な本棚があった。建物の幅と本棚の横幅が合わせられなかったのか、本棚で隠し切れずに後ろの壁が見えてしまっている。
両サイドに拳ひとつ分の隙間があるのは、あとから埋めるように置かれたからではないだろうか。
本棚の後ろに風を滑り込ませてみると、そこだけ壁の造りが異なっていた。コンクリートの硬い壁とは違い、簡易的に木で作られていたのである。
「見つけたわ。本棚の後ろに木製の扉がある。おそらくこの先が屋根裏部屋に続いているはずよ」
「では速攻で乗り込もうではないか。悠長にはしていられん!」
「ちょっと待って、今中の確認を……」
風で扉の向こうへ潜り込むと、通路になっていた。少し歩いた先に上へと続く手すり付きの階段があり、ぐるりと登った先にはまた扉があった。
その奥からいくつもの鳴き声がする。
「これは、猫の声?」
屋根裏部屋は学園の実戦室ほどの広さで、街中の猫を一か所に集めたとでもいうように猫で埋め尽くされていた。各々好きな場所を陣取り気ままにくつろいでいるこの光景は、記憶に新しい。奥には部屋の三分の一を占めるくらい大きな機械が設置され、巨大な筒が天井に向けられていた。形的に天体望遠鏡ではないだろうか。
その近くに立つ、おぞましい魔力が二つフウソウによって確認できる。差はあれど、正体を現したフウが解放した魔力とよく似ていた。
「…………っ」
「どうしたアマネ。なにもなかったのか?」
風は形に触れ、音を運ぶ。細かな表情や色などは判別できないものの、相手が誰なのか探るには充分だった。
脳裏に不安を押し殺し微苦笑していたユカリの姿がよぎる。
「…………ゼンさんが、いるわ」
「は……? ゼンさんて、本当に?」
「間違いないわ。しかも、フウのときと同じ魔力がこぼれ出ている」
アマネの言葉にヒイロは言葉もなく息を詰めた。
(でもあの人は薬剤師なのに……もうひとつの魔力は、おそらくミン……あの子も使い魔の気配はしていなかった。普通の猫だったはずなのにどうして)
使い魔であれば独特の気配をしているので、普通の生き物と区別するのは簡単だ。カヴァイで初めて見かけたときも、普通の猫だと思っていた。
(今思えばあの値踏みされているような視線は、気のせいではなかったのかもしれないわ。私だけ帰るよう促したゼンさんの言葉が刺々しかったのも、私に対する敵意だったのかしら)
一人だけぼうっとしていたのは悪かったと思って素直に帰ったが、計画を悟られたくなかったが故の行動ともとれる。
「………………ん…………ネさん!」
「ユカリ?! なんでここに」
ヒイロの声にはっとして振り返ると、息を切らしながらユカリが駆けてくるところだった。足を止めると手を両膝につき、息を乱している。
「大丈夫か?」
「え、ええ……私は、大丈夫です。それと、ごめんなさい!」
「ごめんなさいって、なにがあったの? 学校でウタを診てもらってたはずじゃ」
顔を上げたユカリが泣きそうになっていた。まさかウタの身になにかあったのだろうかと不安が募る。
ずれた眼鏡もそのままに、ユカリが口を開く。
「少し目を離した間に、う、ウタさんがいなくなってしまったんです。立ち聞きなんて、してたから……!」
「全くだ、と言いたいところだが、関係者であれば気になるのも仕方あるまい。報告中の我が声が大きかったらしいからな。責めてやるなよ」
かなり甲高い声とともにユカリの首元からチウが姿を見せた。ミラに報告するために分裂していたときよりも半分以下のサイズになっている気がする。
「おお。戻ったか分身。その様子ではまたいくつか分かれたのか」
「ああ。この飛び出していった娘の監視とウタという娘の捜索のためにな。ミラも後から来るぞ」
報告を済ませると、分身は雫が水たまりに溶け込むように本体のチウの中へと飛び込みひとつとなった。
「ウタさんのこと頼まれていたのに、本当に、ごめんなさい」
ユカリが深々と頭を下げる。慌ててアマネは彼女の肩に手を置き、顔を上げるよう促した。




