第百話
小さな伝達者を目で追っていたヒイロが目を輝かせる。
「すげぇ、分身できるのか」
「おおともよ。そこのひよこには真似できまい」
「オレっちは人を乗せて飛べるんだ。そこのネズ公には真似できねーだろうな」
チウもクオンも互いに負けじと胸を張りあう。前世で突っかかってきた魔女を相手したときの光景が脳裏をよぎり、アマネは苦笑した。
「張り合わないの。図書館へ急ぎましょう。ヒイロは言ったことある?」
「ああ、小さいころキーちゃんがよく連れて行ってくれたからな。案内する」
ここからはヒイロが先頭となり、一同は図書館へ急いだ。住宅街に人の姿はほとんどなく静かで、時折どこからか聞こえる喧噪が不気味で事態の深刻さを表している。
(住人はほとんど家の中に避難しているようね。騒ぎが少ないのも、アイカたちのおかげね)
たった二人で止めようとしていたあのときとは違い、頼もしい仲間がいる。
(昔はヒイロとシオンたちがいてくれれば、それ以外は別にって感じだったからなぁ)
入学してから親しくなった者たちの顔が次々と浮かび上がる。
(ウタ……目を覚ましたかしら。あんな目にあわせた犯人を絶対に許さない)
住宅街を抜けまばらになっていく建物を横切っていった先に、図書館はそびえ立っていた。一階が貸し出しスペースなのか、図書館は横に長い造りとなっていた。中央には目的地でもある釣り鐘の尖塔があり、その左右には丸く長い塔が併設されていた。何らかの目的でこのような形になったのだろう。白い壁には無数の窓が並んでいる。赤茶色の屋根と相まって、図書館というより大きな屋敷のような雰囲気を醸し出していた。しかしここは図書館で間違いない。図書館、と堂々と刻まれたプレートが門に取り付けられていたのだから。
出入り口になっているガラス戸は締め切られていて薄暗く、人影はない。
「アマネ、どうって入る?」
「我が扉の隙間から入って鍵を開けてやれんこともないぞ」
「侵入する前に敵が複数いる可能性も踏まえて、私が探ってみるわ」
「もしかしてフウソウか?」
すぐに思い当たったヒイロにこくりと頷く。
以前、アイカを探すときに使用した魔法フウソウを使えば、危険に身をさらすことなく様子を窺える。
数歩下がって杖を取り出し、両手で握り胸の前で構える。
「風よ、自由に駆け巡り我が目と耳となれ――フウソウ」
アマネの意と魔力を受けて、風が図書館内に滑り込む。受付カウンターや各階を風が巡るが、ジャンルごとに埋め尽くされた本棚ばかりで誰の姿もない。
(見張りや潜伏者の一人もいないなんて……ネズミの仕業ではない、ということなのかしら。それとも、よほど自信があるか)
アイカを探しに別荘へ行ったときは、道中複数のネズミに襲われた。戦い慣れしていない仲間もいて少々危うかったが、力を合わせて突破した。
今回も戦闘はあるだろうという心積りをしていたのだが、無駄に魔力を浪費しなくて済みそうだ。
(次は、気になっていたあの釣り鐘の尖塔ね)
風が階段を駆け上がっていくとあっという間に頂上へ辿り着いた。しかし、人の姿も元凶である灰もない。外に出られた風は次のどこへ行けばいいのか迷っているようだった。
(建物内はあらかた探した……いえ、ヒイロの言っていたイベント会場らしき場所がまだね。どこにあるのかしら)
「どうよアマネ。眉間にしわが寄ってるが、犯人の野郎は見つかったか?」
「クオン……それが、どこにもいないの。屋根裏部屋も見つからなくて」
屋根裏部屋へ続く階段や扉は見当たらなかった。どんな隙間も入り込める風が見逃すはずがない。風向き的に図書館以上に高い建物はなく、ヒイロの記憶違いとも思えなかった。
「うーん、キーちゃんに聞いてみるか? 当時のことは当人に聞いた方がいいだろ」
「そうした方が確実なのだろうけれど、時間が惜しいわね……」
「我がまた分身して……と言いたいところだが、我が知らぬ者を探すのは時間がかかってしまう」
クオンを飛ばしてもいいが、キシナは本性の姿を知らないので驚かせてしまうだろう。この図書館に当時の記録が残っていればいいのだが、さすがに風だけで文字は読み取れないので、中に入る必要がでてくる。
(……待って、当時ということは)
「ヒイロ、キシナ先生が幼少期にってことは、もうずいぶんとイベントをしていないってことかしら」
「……あー、ああ。やってなかったはずだ。その話を聞いたときに俺も行きたいって言ったんだが、もう何年もやってないんだって申し訳なさそうにしてたっけか」
「もう何年も…………もしかしたら」
ひとつの可能性に思い当たり、再び風を巡らせた。




