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陽の騎士と天の魔女  作者: 風鈴
第一章「学校転入編」
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第十話

 目を開けると、室内は日の光により明るくなっていた。身体に対して大きすぎるベッドから身を起こし、まっすぐ洗面台へ向かう。顔を洗い、眠気の余韻を振り払ったアマネは壁にかけられているカレンダーを横目に今日の日付を確認した。

(今日で、入学から一週間……)

 早いようで長かった。いや、逆だったかもしれない。一週間の間でちょくちょくアイカの暇つぶしの自慢話やちょっとしたいびりにつき合わされ、創作意欲を燃え上がらせるウタが作ってきた新作魔法具の試し撃ちをしては破壊を繰り返した。そのおかげかアイカやクラスメイトに対しての接し方も慣れてきた。授業で知らない魔法を教えてもらっても、前世の記憶を有しているおかげですぐ使えるようになったし、それ以外でも魔法具がすぐに壊れてしまうことを除けば内容に困ることなく順調だ。

(放課後すぐにあの男のところに行かないと)

 クローゼットから制服を取り出してベッドに置き、寝間着に手をかける。

 近いようで遠いところにいるクオンへの魔力の供給が、一週間に一度。授業で使い魔と一緒に行動を共にする日があれば、そのときにも供給はしていた。魔力の浪費を抑えるために念話も最低限しかしていなかったのだが、かすかに繋がる魂の糸からクオンがだいぶ消耗していると伝わってくる。本心では今すぐにでもかけつけたいが、理事長が許さないだろう。

 早く放課後になりますようにと祈りながら、制服に着替え終えたアマネはカバンを片手に部屋を後にした。




 生徒たちが弁当を片手に廊下を行きかう昼休み。アマネは理事長室の扉の前にいた。

 授業中、念話をするのもためらうほどの状態に陥っていることを感知して、いてもたってもいられなかったのだった。

(週に一度という条件だけだったし、今は授業中ではなく昼休みだから大丈夫なはず)

 ノックすると、少し置いて理事長の声が返ってきた。失礼しますと形式的なあいさつをして中に入る。

 手前に応接用のソファと机、反対の壁側には資料が収められた棚が並び、余計なものは一切ないシンプルな部屋だった。理事長は奥にある大きな執務机のイスに腰かけていた。入ってきたのがアマネだと分かっているだろうに、理事長は振り返りもせず背を向け続けている。

「なにか御用ですか?」

「クオンのことに決まっているでしょう。今すぐ会わせて」

 執務机の前まで詰め寄ると、理事長は見下ろしていた紙面から顔を上げてやっと振り返った。穏やかな目線とかち合い、睨みつける。

「ああ、今日でもう一週間になるんですね。早いことです」

「あの子はどこ。急がないと」

「焦ってはいけません。お昼、まだでしょう? よかったら一緒にどうですか」

 笑みを崩さない理事長の胸倉をつかみ上げたい衝動に駆られる。しかしそんなことを本当にしたとしてクオンには会わせてくれないだろう。従うしか、ない。

「食べ終わったら、会わせてくれるんですよね?」

「ええ、もちろん」

 苛立ちを無理やり押さえ込み、アマネは応接用のソファで一緒に昼食をとることになったのだった。




 階段の影からこそこそと様子を伺う人影が二つ。前方の一人が金髪を揺らし、後方にいる男子生徒に振り返った。

「ほんとですわ。入っていくのをこの目で見たのですから」

「それで特待生ってことにはならないんじゃないか?」

「そっ、そうですけれど、教師ではなくわざわざ理事長に会いに行くなんて、なにかあるに決まってますわ」

 仲のいい友人と昼ご飯を食べ終えたころ、ヒイロのもとに血相を変えたアイカがやってきた。大変なものを見たといわれてついてきてしまったが、何事かと思えばアマネが一人で理事長室に入っていくのを見たのだという。

 アマネが来た日から彼女をかなり意識しているアイカは、時折反応が大げさなのではないかと思うこともあった。しかしウタが作った杖を制御装置ごと壊してしまったことと、習った魔法をすぐに使いこなしてしまうという話を女子生徒たちから耳にしていたのでさすがのヒイロも気になったのである。

(理事長についても、なにか分かるかもしれないしな)

 ここランシン専門学校の理事長は、魔女の国家資格化の発案者で、黄色の瞳を持つ長命な優男ということくらいしか知られていない。不思議なことに皆共通して理事長と呼び、教師ですら名前を知らないというのだ。何年か前に冒険心があり余っていた生徒が調査に乗り出し、理事長室に忍び込もうとして酷い目にあったという逸話もある。

「ここで見張っていなくても、あとで聞けばいいだろ」

「聞いたところで素直に答えると思いますの? 証拠がなければはぐらかされるに決まってますわ」

(ということは、その証人になってもらうために俺は呼ばれたってことか)

 それだけではない可能性もあるのだろうが、あえて横に置いておく。

「あっ、出てきましたわ!」

 その声で思考から戻ったヒイロも理事長室を見やる。すると開かれた扉からアマネが姿を見せ、閉めようとした際に頭をなでられていた。

「み、見ました? 親しくなければあんなこと……ヒイロくん?」

 訝るアイカの声は届かず、ヒイロは真顔のまま固まっていた。

 あの手は、大きさからも高さからも大人のもので、どう考えても理事長だろう。ヒイロが驚愕したのは、アマネがなでられていたことではない。頭をなでてくる手を振り払わないことに衝撃を受けていた。

(人に触られるのが嫌なんじゃないのかよ)

 脳裏に屋上でのことがよぎっていた。触らないでと全力で拒否してきた背がいまだに目に焼きついている。

「……くん。ヒイロくん。隠れないとまずいですわ!」

 揺さぶられてはっと我に返ったヒイロは、アマネがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。教室に戻るのだろう。教室に戻るには、階段の前を通らなければならない。ここにいたら確かに見つかってしまう。

 二人は慌てて階段の折り返しのところまで上り、身を隠す。アマネはヒイロたちに気づくことなく、教室へ入っていった。

「危なかったですわ。でもこれで、言い逃れはできませんわね」

 ふう、と息をつくアイカの隣でヒイロはまだ半分混乱していた。驚いた後に胸の辺りで生じてきたもやもや感の意味が分からない。

 昼休み終了のチャイムが鳴って授業がはじまるも、なかなか集中できなかった。

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