黒百合インタビュー
山形県の中央部に位置する山、月山。この山に、東北地方ではここでしか見られない花が咲いているという。“黒百合”だ。
黒百合はユリ科バイモ属の高山植物で、七月の初旬に花を咲かせる。
その花言葉は、“呪い”。
そんな不名誉な花言葉を付けられて、当の本人(いや、“人”ではなく、“花”。……本花と言うべきだろう)はどう思っているのだろうか。
直接本花に聞いてみることにした。
(取材・文/西條美穂)
*
東京都内から電車を乗り継ぎ約五時間。JR鶴岡駅からはバスに乗りさらに一時間半。ようやく月山八合目の登山口に辿り着いた。
昼過ぎ、晴天。初夏の陽に照らされながら、呼吸と歩調を一定のリズムに保つことを心がけながら歩いた。耳のつまり、息苦しさ自分が高所にいるのだと感じる。しかし、澄んだ空気は身体に優しかった。新鮮な酸素が肺を満たし、全身の血管を流れ、洗浄してくれているような錯覚を覚える。気分が良い。
二時間半。退屈には感じなかったが、それほどの時間が経っていた。見晴らしの良い頂上付近。ようやく、出会うことができた。黒百合だ。
スッ、と伸びた茎に、細長い葉が五枚。その茎の頂点では、うつむいたように花が咲いている。その様子を擬人化するならば、悲しげ、切なげ……。そんな風だ。
花弁は真黒ではなく、濃い茶と紫を混ぜたような色だ。反り返る花びらは六枚で花をなしている。その中に、すぼめた人間の指のように見える雄しべが六個。さらにその中に、三本の花柱がある。香りは……私個人の感想としては、あまり良い匂いとはいえない。
そんな思いを胸に秘め、私は辺りに人がいないことを確認すると、花に顔を近づけるようにしゃがんだ。
――……こんにちは。
花が私に気付くと、その時タイミング良く静かな風が吹いて、その花頭が揺れてまるで反応したように見えた。
花は私に語りかけるが、それに合わせて身体を動かすようなことはしない。
『……やぁ、こんにちは』
――話を聞きたいんですけれど、よろしいですか?
『……いいけど、まさか人間にこういった形で話しかけられることがあろうとはね。素直に驚いているよ』
同じ種類の花であっても、人のそれのように各々個性があって、口も聞いてくれない花もあったりするのだが、黒百合は落ち着きのある紳士のような口ぶり、低音を響かせたような声のイメージで、私の頭に話しかけていた。
この花にしよう。私は心を決めて、インタビューをはじめた。
――私は黒百合さんに会いたくて、今日ここまで来たのです。
『そう……。モノズキもいるんだね』
――“モノズキ”、といいますと……?
『知ってるよ。私が人間から、あまり良く思われていないことはね』
どきり、としながら、私は頭の中の口調のイメージに細心の注意を払って、話を続けた。
――……それは、どうして。
『私を見る人が言うんだよ。「キモチワルイ」だとか、「グロテスク」だとかね』
『「クサイ」、とか』と黒百合が続けると、私はまたもや図星といった風に、どきりとする。
――そのことについて、黒百合さんはどう思ってらっしゃるんですか?
『別に。なんとも思ってないさ。人間の美意識なんか、花である私には理解し得ないからね。人間が太古から次の世代へ、次の世代へと語り継いできた美という概念。……まるで洗脳の連鎖のようで、少し気味が悪いね。花である私達は言語を持たないし、文字も知らない。ボディランゲージでものを伝えるようなこともしない。……そんな私達のことを君たち人間は「下等だ」と、思うのかもしれないけれど、何をもって「下等」だとか「上等」だとか、決めつけているんだろう。私たちは、ただ純粋に生きているだけなんだよ。そして、あとは枯れるだけさ。そのことのどこが劣っているっていうんだい? ……別に怒ってるわけじゃあないんだよ。ただ、君たちは自分達でもっておこがましい、とは気付かないのかい? ……だとしたら、かわいそうだなぁとは思うよ。赤子のように、何事にも疑問を持って生きるべきだね。そして、知ったことを他人に認めてもらうことではなく、自らの中で、自らの力でもって答えを見つけることこそが重要なのだと、気付くべきだね。私はそう思う』
(――なるほど。)悟った花の言葉に、私は面食らった。
――……黒百合さんはご存知ないとは思うのですが、人間の文化には“花言葉”というものがありまして。
『花言葉?』
――はい。花の種類ごとに象徴的な意味を持たせる言葉で、例えばカーネーションっていう花なら「母の愛」っていう意味があって。だから、母の日……母の日っていうのは「母親に感謝しましょう」っていう意味の込められた日のことなんですけど。だから母の日には。カーネーションの花をあげる風習があるんです。
『なるほどね』そう一言置いてから、黒百合さんは続けた。
『まぁ、花は人間の贈り物になるために生きているわけではないけれどもね。君は知っているだろうけど、一応。全花類を代表して、言っておくよ』
もちろん。私はそう言って、話を続けた。
――黒百合さんにも“花言葉”があって……。
『おや。なんだろうね。まぁ、期待はしてないけれど。気になるよ。なんだい?』
私は喉のつまるような思いに一瞬囚われるものの、意を決して言った。
――……“呪い”、っていう意味なんです。
黒百合さんは乾いた声で笑った。
『アハハ。やっぱりそうか』
――……ごめんなさい。
『いや、君が気にするようなことじゃあないよ』
――でも、黒百合さんは気にしてはないと思うんですけれど、私も思うんです。“花言葉”なんて、どっかの誰かが決めてしまった意味で。だから花からしたら、そんなの知らないよ、って感じですよね。
『うん、そう。どっかの超越的な存在――君たちの言う“神”が決めたことでもなんでもなくってね。その“花言葉”ってのもどこかで勝手に、人間は決めた言葉なんだろうしね。私達はそんなことは気にしてないよ。ただ生まれてきたから、生きてるだけさ。晴れの日は光を浴びて、夜には寝て、雨の日は濡れることをよろこぶだけさ。……アッ、ごめん。ちょっといいかな』
ブゥンという羽音がしたと思うと、私の顔の横を蜂が飛んでいた。
私が身を引くと、蜂は花の中にその身を滑り込ませて、ごそごそとうごめく。……少しすると、蜂はそこから飛び出して、どこかへ飛んで行ってしまった。
『……すまない。受粉は死活問題だからね。優先させてもらったよ。えっと……どこまで話したかな』
私は再び近づいて、話しかける。
――花言葉なんか、気にしてない、って話です。
『そう。人間からどう思われようと、私や、私の他の花達もそうだと思うけれどね。みんな気にしてないよ。人間にどう思われようともね。私達は私達。私は私だ。毎日毎日生きているよろこびを感じながら、種を残し、次に生まれる花も私のように幸せに生きられるように願いながら、枯れるだけさ。“生きる”っていうことは純粋に、そうあるべきだと私は思うね。君たち人間が私を、黒百合を醜いと、クサイと思おうとね。私は私で生きるだけさ。すきに思うがいいよ」
私は花の想いに、励まされるような気持ちだった。
そろそろおいとましようと思いながら、最後に私は言った。
――今日はお話できて、うれしかったです。ありがとうございました。
『私もはじめてのことで楽しかったよ』
――最後に一つだけ……黒百合の花言葉には、「愛」っていう意味もあるんです。
『……そうか。そう聞くと……悪い気もしないな』
ふふふ……私たちは微笑みあうと、立ち上がって、私はその場を後にした。
花の生き方は、理想的だと私は思っている。強く、儚く、それ故に、美しい。
人間の作り出した造花は枯れることはないが、偽物でしかない。
プリザーブドフラワーは喋らない。
私は匂いを放つ、生きる花のように生きたい。そんな思いを強めながら、私は山を後にしたした。